第七話 先立つものは質屋にて!
俺とタキ、そして人間に扮したシエラは今、王都の御膝下にある市街地にやって来ていた。
魔王が普通に人間の町を闊歩しているのは滑稽だが、誰も俺の顔なんか知っている訳がないから問題ない。
「顔は知らなくてもその角は目立つのでは……」
タキは俺の頭をまじまじと見つめながら呟く。
「安心しろ。マグナ様は幻覚魔法が得意だから傍から見ればただの人間にしか見えない」
「そ、だからこんなに堂々としているって訳。魔力もしっかり抑えてあるし、今は普通の人間と変わらないのさ」
俺たちがタキを伴って人間の町にやってきたのには大きな理由がある。
話は3日前に遡る。
~3日前 魔王城前広場~
「であるからして、この城に湧き出た温泉はスゴイ! この計画は絶対成功する!」
おぉ!という歓声と共に幹部たちが俺に拍手を送る。
俺は温泉の効能を把握し、一層この計画への期待を高めていた。
その上で幹部たちの配下や魔界の民たちにもこの計画を浸透させようとここに出来るだけの人数を集めてもらった。
俺よりもタキの方が適任かとも思ったが、ブライ、ディアモンと共に間欠泉のお湯を何とかする突貫工事を行うために残ってくれたのでここは俺が説明するしかない。
「――っとまぁ、こんな計画なわけだ! 何か異論がある者はいるかね?」
ざわつく魔界の民たちだが、俺がかなり明るめに宣伝した効果からか皆の顔は朗らかだ。
誰も争いを望んではいないのだと安心いたのもつかの間――
賛成ムード一色の中で恐る恐る手を挙げる者がいた。
「あ、あのぉ……魔王様。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
手を挙げたのはこの国で財務や土地管理を担当しているインプ族の族長マールだ。
マールが手を挙げたという事は大体察しがつくが……
「魔界にそれだけの建造物を建設できる安全な土地は無いかと存じますが……」
「確かに魔界の土地の大半は魔物たちが生息している危険な場所だ。――かと言って皆の住む場所を潰すなどありえないから安心して欲しい!」
俺たちが住む魔界は毒沼や奈落谷などの険しい環境と危険な魔物が生息する地帯が大半を占めるため、魔界の民:魔族が安心して暮らしていける場所は極端に狭い。
そんな中でこの話をすれば自分たちが住処を追われるのではないかと考えてしまうのは当然である。
俺はそんな独裁者的な事はしたことないはずなのだが……親父はともかく爺さんがヤバい人だったらしいから仕方がない。
「建設場所はもう決めてある! 一番利便性がある場所にな!」
「ど、どちらにされるのですか?」
魔族たちは固唾を飲んで俺の発表を聞く。
「魔王城だよ!」
「「えぇぇ!」」」
周囲はどよめき、驚愕の声がそこらかしこから聞こえる。
さっき幹部たちに伝えた時もこんな反応だったな……まぁ、驚くよね。
若干一名には怖くて言えてないんだけど……
「今、聞きましたぞ。魔王様!」
俺は背筋がゾクッとし、後ろを振り返る。
そこには目が吊り上がったクレイアの姿があった。
「げっ! クレイア!」
「げっとは何ですか! 魔王様、魔王城を旅館に変えようとするなど言語道断! 私は絶対に許しませんよ! 民たちだって困惑しているではないですか!」
クレイアが目くじらを立てて俺に詰め寄って来るが、俺も引くわけには行かない。
今回の計画は魔族の皆に受け入れてもらわなければ、俺のスローライフもとい魔界の平和が保たれないのだ!
「他に場所があるのか? 少なくとも俺は誰かの住処を奪うような真似は魔王としてできない! それにこれは魔界を守るための計画だぞ! 魔界を守るために魔王城を使って何が悪い!」
俺はクレイアに反論し、逆に詰め寄った。
公衆の面前でクレイアに言い負かされてしまえば計画自体が頓挫する事になりかねない。
しかし、裏を返せばこれは好機だ。
魔族たちの前で計画を認めさせてしまえばあとはこっちのもの!
せっかくなら、魔族の皆も味方につけるとするか――
「この計画には魔界の未来が懸かってんだ! その為なら魔王城だろうが、何だろうが捨てるくらいの覚悟で挑まないでどうする!」
「し、しかしですね……」
クレイアがたじろぎ始めたのを良い事に、俺は群衆に向かって問いかける。
「皆に約束しよう! 俺は必ずこの計画を成功させて争わずにすべてを解決して見せると! そうすれば、勇者の来訪におびえる必要は無い!」
ワァッと歓声が上がり、魔族は俺の名前を叫ぶ。
俺は心地良くなり、腕を大きく広げた。
こういうところは魔王の血を引いているのかなと思うところであるが、今は身を委ねるとしよう。
「うむぅ……わ、分かりましたよ。しかし、問題はこれだけではございませんよ!」
「なぬ?」
俺は完全に決まったと思っていたところへ追撃され、情けない声で聴き返す。
「マール、重要な事がもう一つあるだろう?」
クレイアが促すとマールがおずおずとまた立ち上がる。
「た、大変申し上げにくいのですが魔王様――」
「なんだ? まだ何か問題が?」
なかなか言い出さないので俺がさらに促すと、マールはその重たい口を開いた。
「ただでさえ勇者襲撃の復興作業で魔界の財政はひっ迫しております……建設費をどうやって捻出されるおつもりですか?」
なるほど……金か!
「そうです魔王様! 少なくとも魔王城の貯蓄だけではとても足りませぬぞ! 一体どうするおつもりかお聞かせ願いたいものです!」
クレイアがしてやったりという顔を浮かべた。
しかぁし!
俺がその程度の質問を想定していなかったとでも思うかぁ!
秘策があるのだよ秘策が!
~3日後 人間界市街地~
――とまぁこういう経緯があって今に至るわけだ。
俺の秘策さえ上手く行けば、金など十分すぎる程手に入るはずだ!
俺は背負った荷物を横目で見ながらニヤリと笑った。
「それで、今はどこに向かっているんです?」
「あぁ、もうすぐ見えてくるはず……あぁ、あそこですラグナ様!」
シエラは通りの先の店を指さした。
俺たちは店の前まで辿り着き、看板をまじまじと見つめる。
「これってなんて書いてあるんですか? ここの世界の文字、まだ分からなくて……」
タキは先日よりこの世界の文字の勉強をしている。
転移した際の影響で言葉は通じているが文字はその限りではない。
それでも、温泉旅館を経営する上で大切だと猛勉強を始め、今ではある程度の読み書きができるようになっていた。
「うーん、そりゃぁ見慣れない単語だと思うぞ。 俺だってこの一件が無ければ無縁だったと思うし……」
「ここは一体、何の店なんですか?」
「――ここは質屋だ」
俺の回答にタキは驚く。
「し、質屋? 金策の為にお宝でも売りに来たんですか?」
「まぁ、そんなところさ。入ろうぜ!」
俺たちは店の戸を開けると中に入ると店の中には様々な商品が多く並んでいる。
しかし、俺は並んでいる商品には目もくれず、店主が座っているカウンターまで進み出た。
「いらっしゃいませ。何か御用ですか?」
俺は店主に軽く会釈すると背負っていた荷物を降ろす。
「この鎧と大剣、鑑定して欲しいんですが!」
そう言って俺がカウンターの上に乗せたのは代々と受け継いできた魔王の装備だった。