第二話 温泉噴き出て若女将!?
どうも~魔界温泉の第二話をお届けします。
若女将と出会った魔王は彼女のスキルに導かれ、旅館の魅力を知ることに。
そこで魔王が思いついた壮大な計画とは?
どうぞお楽しみくださいませ!
穴から噴き出した熱湯は轟々と音を立てながら吹き出し続けている。
そして目の前には見たこともない服を着た女性。
魔力が感じられないから普通の人間だろう。
「なんだこの状況は……混乱しかしない」
とりあえず大事になるのを避けるため、裏庭には結界を張って置いた。
これでしばらくは誰も気づかないはずである。
俺はいまだに処理が追い付いていない頭を冷静に保ちながら、とりあえず目の前で気を失っている人間を起こしてみることにした。
抱え起こしてみるとその服は上下で一繋ぎになっていることが分かった。
薄い黄色の生地に華やかな花柄が糸で縫われていてとても美しい。
この人間はなかなかの金持ちか高貴な身分なのだろう。
まだ若いためどこかの令嬢かとも思ったが、自分が知る限り人間の大国のどの姫君の顔とも一致しない。
俺が把握していない小国の姫であろうか?
そんな考えを巡らせているうちに人間の目がうっすらと開く。
「あ、あれ? 私……」
混乱しているのは俺だけではないようだ。
キョロキョロしている彼女の様子から魔界にいることも把握していないようで、ここにいるのは意図してのことではないようだが――
「おい人間、お前は何者だ? 何故ここにいる?」
「に、人間? 何を言って……って、え?」
俺の問いに促され、彼女は俺の顔をまじまじと見る。
その瞬間、彼女は硬直した。
「つつつ、角!? なんで角が……コ、コスプレ? というかここはどこなんですか?」
どうやら頭の角に驚いているらしい。
魔族を見たことが無いのか? 〝こすぷれ〟とは一体?
「ここは魔界にある魔王城だ。ただの人間であるお前が何故ここにいると聞いている。」
あぁ、この魔王たる威厳口調疲れるわ~!
人間と話すときは嘗められないようにこの口調にしているけど心底疲れるわぁ……
「ま、魔界!? 何を言ってるんですか? 魔族って、そんな……」
「落ち着け。どうやら何もわかっていないようだな。」
これ以上問い詰めても余計に彼女を混乱させるだけだと考えた俺は彼女から詳しく話を聞くことにした。
※
私は加賀見 瀧 21歳。
ある老舗旅館で見習いの女将として修業中だった。
でも、その旅館も不況から長い歴史に幕を下ろすことになってしまい、私は最後の大浴場掃除をしていたはず……
あ、そうそう落ちていた石鹸を踏んでしまい、湯船に転落したことは覚えてる。
――で、なんで今の状況に繋がるかがさっぱりわからないのですが!
見慣れない風景に背後に噴き出す間欠泉。
目の前には巨大な壁、窓や装飾があるところを見るとお城だろうか?
そして目の前には魔界とか言ってるコスプレイヤー。
これってもしかして夢?
もし夢じゃなかったら、かなり危険な状況なのではないのでしょうか?
「おい、落ち着け! 一体、お前は何者だ? どこから来た?」
頭を抱えてうずくまる私にコスプレイヤーがまた声をかけてきた。
ゲームでよく見る様なファンタジーな洋服と頭に光る黒い二本の角。
大剣を肩に担ぎ、足元には禍々しいという表現がぴったり似合いそうな悪趣味な甲冑のようなもの。
背はそれなりに高く、全体のイメージとしては草食系なちょびイケメンといったところなのだが今までの言動から、ヤバイ人なのではないかという疑念が消えない。
「あ、あの~……本当にここはどこなんでしょうか?」
他にどうしようもない私はおそるおそる質問してみた。
「魔界だと言っているだろうが。魔族を目の前にしても信じぬというのか?」
あぁ、ダメだ。
おそらくこの人は私とは別の次元を生きている人に違いないと確信した。
だって、魔界とか魔族とか現実の世界にありえないじゃないですか!
私が深いため息をつくとコスプレイヤーは困ったように頭をポリポリと掻く。
「どうも、会話が噛み合わぬな……お前、もしかして異世界からの転移者か?」
……ハイ?
異世界? 転移?
もしかしてこの人、本気で役にのめり込んでるパターンの人なの?
もしそうだとしても真顔でそんな現実離れしたことを言えるとはまさしくプロといったところだろうか。
「あの~、私本当に困っているのですが……」
「うむ、転移者であれば魔界や魔族を知らなくても納得がいく。となればまずは私の言葉が真実だと証明する必要があるな」
コスプレイヤーが何かぶつぶつ言ったかと思ったら大剣を地面に突き刺し、私に向き直る。
「人間よ! ここがお前の世界とは別の世界であると証明してやろう。さぁ、私の手につかまれ!」
コスプレイヤーはそう言うと私に手を差し伸べてきた。
正直、非常に危ない香りがしているが、ここがどこだかもわからない以上、素直に従って置いた方が身のためであると考え、私は彼の手を握る。
「いいか? くれぐれも離すなよ!」
そう言うと彼は目を閉じる。
その瞬間、私と彼の体が一瞬光に包まれた。
「移動魔法:フロート!」
光が消えると私たちの身体は一気に宙に浮きあがりエレベーターのように上昇し始めた。
そして、そびえたつ城の壁を越え、さらに上空で静止した。
「見ろ、これが魔界の風景だ。」
私は目を疑った。
見たこともないような様々な色の大地や空を飛ぶドラゴンのような生物。
空には赤と青の月とも太陽とも言えない大きな星が二つ浮かんでいる。
ただ私にわかるのは明らかに地球の風景ではないことだけだった。
「な、なにこれ? っていうか私――と、飛んでる!?」
もう何が何だかわからない!
もしこれが夢じゃないなら、さっきまでコスプレイヤーだとばかり思いこんでいた彼は本当に人間じゃないってこと!?
そう考えると一気に怖くなってくる。
「お、降ろして! 早く降ろしてくださぁい!」
「お、おい! 取り乱すな、危ないではないか! おわっ、マジで危ないって!」
彼の叫び声を聴いて正気を取り戻した時には私の身体は彼から離れていた。
その瞬間、魔法が解けたように身体が落下していく。
「おわぁぁぁぁぁ! ちょっと待てぇ!」
彼はすぐに反応し、私の腕を掴んだ。
「気をしっかり保て! ショックが強すぎちまったか……」
彼はゆっくりと降下し、地面に降りた。
「ご、ごめんなさい――」
「おい、大丈夫か? これでも飲んで落ち着け」
彼は私にコップに入った一杯の水を手渡してくれた。
私は水を飲むと真っ白の頭を必死に立て直し、整理する。
つまり、私はいきなり異世界に跳ばされてしまったということなのだろうか?
しかも魔界なんて物騒極まりない場所に?
「俺の言葉を信じてくれる気になったか?」
彼がやれやれといった感じで聞いてくる。
「はい……信じます」
「そうか」
彼はほっとしたように笑顔を浮かべる。
その笑顔は魔族とは思えないくらい優しかった。
「さっきは取り乱してすみませんでした。でも、あなたが優しい魔族さんでよかったです」
「え? 俺が優しいって? 何言ってんだよ!? 俺は泣く子も黙る……あ!」
彼は何かに気づいたようで、しまったといった表情を浮かべた。
「いつの間にか普段の口調に戻っちまってんじゃねぇか……はぁ、まぁいいか」
「さっきの口調、わざとらしかったですよ。今の方が話しやすいです」
「人間に話しやすいって言われてもなぁ……はぁ、やっぱり魔王失格だな俺……」
私は耳を疑った。
えっ――彼なんて言った? 魔王?
見るからに草食系なんだけど……魔王ってことは一番強いってことなの!?
「何驚いてんだよ! どうせ、俺が魔王には見えないって思ってんだろ!」
私の顔を見て、彼はまた大きなため息をつく。
「俺だって好きで魔王やってんじゃないんだよ――」
そこからはただひたすら彼の愚痴を聞いていた。
この世界に来る前は宿に来たお客さんの愚痴をよく聞いていたが、その中でも上位に入る愚痴りっぷりだったと思う。
その愚痴を要約すると、この魔王さんは平和主義のようで、魔王という立場と自分の考え方の違いにいつも苦しんでいるようだ。
改めて、悪い人では無いと安心した私はお返しにここに来てしまった経緯や元の世界のことを話してみた。
「なるほど、異世界からの転移は稀有なことばかりだな」
魔王さんは感心したようにうなずくと、いまだに噴き出している間欠泉の方を見た。
「じゃあ、この熱湯は君が落ちた温泉とやらが噴き出しているというわけか?」
「う~ん、うちの温泉はこんなに湯量は多くなかったと思うんですけど……」
というより、うちの温泉はほとんど枯れてしまっていた。
旅館をやめると決まったのもそのせいであった。
これだけの湯量があればうちの旅館も私が一人前の女将になるまで繁盛してくれていたのだろうと思うと少し寂しくなってしまう。
「でも、これって温泉だと思いますよ。湯気が立ってますし、独特な鉱石の香りがします」
間欠泉からは硫黄とも違う独特な香りがするが、決して嫌な香りではない。
「ほう、この世界に温泉という文化は無いからな。君が教えてくれなければこのまま埋めてしまうところだった」
「う、埋める? こんな立派な温泉をですか?」
もったいない!
確かに温泉という文化がなければ、このお湯の価値は理解できないかもしれない。
だとしても、もったいなさすぎる!
「な、何とかなりませんか? このお湯はかなり上質なものだと思うんです!」
私の勢いに少し押され気味な魔王さんは困り顔を浮かべている。
「そ、そうは言われてもなぁ……」
あぁ、こんな時に旅館の紹介映像でもあれば温泉旅館の素晴らしさを伝えることができるのに――
私のもどかしさが頂点に達したその時だった!
「え! お前、それどうしたんだ?」
魔王さんに促され、自分の手元を見た私は驚愕した。
なんと、私の手がまばゆいばかりに光っていたのだ。
「ななな、なんですかこれはぁ?」
私自身も何が起こっているのかわからず、混乱している。
「それは、スキルか?」
魔王さんはそういうと光っている私の手に触れた。
その瞬間、あたりの風景は一変し、懐かしい風景に包まれた。
「こ、これは私たちの旅館!」
目の前の広がっていたのは私が働いていた旅館だった。
※
彼女が俺に見せた光景は驚きの連続だった。
彼女が着ているような美しい反物に身を包んだ多くの従業員が王族を相手にするかのような丁寧な接客をしている。
その接客にはこの世界のどこに行っても受けられない細かな気配りが施されており、風情のある建物が気配りをさらに引き立てている。
浴場は自然の風景を生かし、ゆったりとした空間が演出されている。
提供されている料理も彩り豊かで見ているだけでもヨダレが出そうだ。
いつぞや、とある大国の晩餐会を覗いたことがあったが、これほど素晴らしいと感じたことはなかった。
あまりの衝撃に呆気にとられていると、いつの間にか元の魔王城の裏庭に戻っていた。
「今の見ちまうと、汚ぇな――」
いつも見ている裏庭がみすぼらしく感じる。
仮にも魔王城だぞ?
もうちょっと華やかでも良いのではなかろうか?
俺が深く深ぁくため息をついている横では目を丸くしている女性が一人。
「い、今のは? なんで旅館が?」
「おそらくこれがお前のスキルなんだろう……〝見せる力:ビジョン〟といったところか」
「さっきも言ってましたが、スキルって何なんですか?」
「転移者や転生者の多くは特有の能力を一つ持っていると言われているんだ」
俺はそう答えながらもさっき見た光景が忘れられずにいた。
あの旅館というものがこの世界にあれば繁盛間違いなしってものだな。
そして目の前にはその元手となる温泉が湧き出ているって訳か。
……ん?
「そぉうだぁぁぁぁ!」
俺は歓喜の叫びを上げた。
「キャッ! ど、どうしたんですかいきなり?」
「そうだ、そうだよ! やろう!」
「な、何をですか?」
「旅館だよ、旅館! ここに温泉を作って、旅館を経営するんだよ!」
「えぇ! こ、ここでですかぁ!?」
そう、俺は思いついてしまった。
俺のスローライフを実現するための最も有力で最大級の作戦を!
こうして俺たちは出会い、魔界温泉化計画が始まったのであった。
さぁ、魔王がついに魔界温泉を作る決心をしました。
次回から幹部たちも巻き込みながら試行錯誤の日々を過ごして行くことでしょう。
ご期待ください!