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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第3章ー孤独の時代
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ひき肉の合唱

 塔が崩れる。

 それは絶対の壁を作り出し、国を支えてきた。真実を知るものにとっては塔というよりも柱だったのだ。歴史の重みにも負けずに、魔族の侵攻をも防ぎ、同じ人間を畏怖させてきた。

 比較的安定した生活にある国民達にもその6本の威容は誇りだった。他国にないものがそこにあったのだから。苦々しさを持っていたのは貧民ぐらいのもので、それも真実を知れば納得はするだろう。


 しかしわずか一人の例外……スフェーンという少女を取り逃がしたことにより塔国は滅びる。その塔もろともだ。例え、目の前で膝を折り懇願されても、貧民の少女は塔が立ち続けることを許容しないだろう。


 最も早く倒された樫の塔……すなわち北を守る塔主は、歴史そのものが崩れ落ちる様を呆然と眺めていることしかできなかった。

 塔ごとに違いがあるわけではなくとも、樫のように堅牢で他国に対する第一の守りだった。


 しかも、この光景がついでに過ぎないという事実が彼の絶望を加速させた。


 塔主の眼前では彼など眼中に無い様子で、人外の闘争が行われている。最も塔主の目には影にしか映らず、状況から闘争だと推測したに過ぎない。

 打ち合っている2人の剣士。強すぎる彼らは打ち合いながら移動を開始した。その道筋にたまたま樫の塔があったというだけなのだ。



「ははは……私の塔が……これまでの犠牲は、何のために……」



 彼は強力な魔術師でもあったが、上から埃とともに落下してくる瓦礫を力の無い笑みで受け止めた。

 最も歴史ある国に立ち続けた塔はただの石塊へと変わった。



/

 

 徐々に移動させられている。

 その事実を戦士としての感覚でクィネは捉えている。しかし、現在は死戦の最中でありその意図を頓挫させることができない。

 それはどことも知れぬ誘導先へ引きずり込むことを、好敵手たる異形が事前に(・・・)計画していたらからだ。備えの差が出てきている。



「剣筋が変わったな? 何が目的かは分からんが、何かをしようとしているのは分かるぞ!」

「目的をわざわざ口に出す訳は無いだろう」

「必勝の罠が待っているという訳か。面白い」



 過去は絶対に振り払えない。

 これがクレスの作戦の大前提である。そしてその証拠こそがクィネであった。記憶もあるいは魂すらも消え去ったはずであるが、その手には未だに大曲刀がある。

 セイフの死を認めるのなら、クィネはその落とし子だ。武門の家に生まれた貴族が武辺者に育ちやすいように少なくとも影響は受ける。


 ゆえにクィネは確実にセイフの旧友達の計画に嵌まるのだ。

 他者の長所を素直に認める美徳と享楽を求める根が、それに導く。すなわちクィネはわざと(・・・)敵手の罠にかかりにいく、という結果に向かう。


 蛮族としては開明的……いや戦士であるからこそか。クィネは己にない力を持つもの……知恵者を尊重する傾向がある。それはセイフであった頃から変わらない。

 それこそがその人にとっての“剣”であるのだと認めてしまうのだ。そして正々堂々が本懐であるために、己の剣で知恵と勝負するという異種間戦闘を土俵にすることへ同意する。


 これは今まではクィネとセイフの長所であった。逆に知恵者の立場から見れば罠にかかろうと勢いを落とさずに突き進む輩は意外に扱いづらい。少しの躊躇こそが死へと誘うきっかけとなるのだから。



「さて、どこに向かっているのか? 伏兵は何人だ? それとも質か?」

「期待していてくれ。かつてのキミも認めていた者が待っている」



 クィネは敵が未だに自分を誰かと間違えていることを少しだけ不服としたが、それを期待が上回ってしまった。

 大前提に次ぐ前提として、クィネは真実に執着し過ぎる点がある。不透明な関係こそを憎む魔王に対してはクレスの今までの言葉に全く嘘が無いという事実が決め手となった。


/


 壁外で戦いを続けるスフェーン。しかし、中に入り込んだ相棒とは異なり死戦とは程遠い。ただし、それは彼女自身がそういう風に持っていったからであり戦闘者としてはクィネよりもむしろ褒められて良いほうだろう。



「卑劣な!」

「おや、貴方があっさりと捕まってくれるのであれば……そう、こんな風な巻き添えなど無いはずなのですが……ああ、壊れてしまった。なんて可愛そうなんでしょう」



 言葉とともに巨大な右手にすり潰されたのは、一瞬前まで塔国の兵だった者だ。唯一の救いはあまりにあっさりと潰されたために、痛みなど感じなかったところだけ。

 しかし見るものにとっては悪夢でしかない。細く美しい女性に巨腕が付いている様は如何にも醜悪。さらにその腕に先程まで生きていた者達の血と肉を貼り付けているのだから、おぞましいにも程がある。



「でも貴方に言われるのは心外ですね。戦士の感覚……最近になってようやく身についてきたのですが、貴方からは私と同じ臭いがします。そう、他者を己の一存で物のように扱ってきた臭いが」

「っ!?」



 これまで幾多の勇者と戦い、己の勝者を見出した軍団長はある種の諦めを得た。自分では勇者(彼ら)のようになれないという事実だ。

 目的が卑小とは言え、並の精神力ではないスフェーンはそれを早々に見切って効率化に転じた。その結果がこの戦法。敵の周囲をひたすらに巻き込む戦いだ。


 一見力任せのようだが、質で自分と並ぶ相手と戦いながらも片手間で雑兵を潰すという戦い方には観察力が重要となる。わずかでも見誤ればどちらも取り逃がす。

 既に呪わしき身との自覚があるからこそできる非道。勇者や英雄と凡人の違いは心の強さ。人を超えた人を上回るために文字通り何でもする覚悟がスフェーンにはある。


 一方のオニキスはそうではない。

 魔族以上の所業で独自の融合個体法を編み出した聖女だが、実は危ういところで正気と狂気の狭間に立つ。自身の行動が先の笑顔に繋がるとまだ信じている。

 ゆえに周囲の惨事に気を取られ、実力を発揮できないでいる。時折縁もゆかりもない兵士を助けようかと四肢が反射的に動きそうになっていた。

 スフェーンの思惑通りにオニキスはこのまま敗北するだろう。



「……気に入りませんね、この流れ。たやす過ぎる。貴方のことはよく知っている……私程度に苦戦するどころか手も足も出ない? そんなことがあり得るでしょうか」



 だが、スフェーンは油断しない。機械的に周囲の逃げ惑う兵士を、金属と肉の合いびき肉に変えながらも思考を回転させる。誇るべき己の勝者のかつての仲間達のことは当然に調べ上げている。魔王を倒した立役者の一人が魔将に対抗できないなど、信じる気にはなれないのだ。

 オニキスはそれをこそ止めたいがため、動いた。足元の死体を踏み潰さないように動かずに強力な一撃を見舞う。



「こっちを向きなさい……〈聖雷〉!」



 迸る聖光がスフェーンめがけて不規則な軌道で襲いかかる。

 融合個体にとって聖なる光は鬼門だ。受け止めた両腕こそが魔で編まれているために、焼け焦げた肉の臭いを周囲に撒き散らす。

 光と同様に痛みがスフェーンの肉体に浸透していくが、それがかえって思考を集中させてしまった。身を襲った痛みと同じ雷光のような閃きがスフェーンに訪れた。



「……時間稼ぎですか! 貴方がたは元々塔国とは無関係……ならば狙いはかつての仲間! クィネに何をする気ですか!?」

「それこそ貴方には無関係! 私達の笑顔を取り戻すのです……ここに縛られなさい!」

「させない! あの人はもう貴方たちの友ではない! 私の勝者です!」



 哀れなのは巻き込まれ続ける名もなき兵士たち。

 英雄譚の前に端役ですら無い彼らはただの血袋に過ぎなかった。

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