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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第3章ー孤独の時代
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噛み合わない決戦

 一時的にだが開かれた門。

 守りを固めた都市に敵がなだれ込めばどうなるか……語るまでもなく虐殺しかない。


 しかも塔国は首都の中の生物、その全てから生命力を徴収していた国だ。塔主達が持つ外の軍隊は精強だが、中の者たちは弱兵も良いところであった。

 さらに内部へと入り込んだ者たちは人と魔の融合個体。恐るべき人の業の結晶体が、己を作り変えて成った者たち。


 どこから見ても塔国に勝ち目は既に無く、街路に死体は山となって積み重なっていく。そう……これは皇帝と第2軍団長の私戦である。

 醜く小さな私怨から始まった戦いに戦闘員と非戦闘員の区別もない。無邪気な子供が蟻を潰すように、異形達は老若男女全てを赤い押し花に変えていった。


/



「こんなものが……お前の望みか!血と涙しかない!」



 虐殺に耽る個体達よりさらに醜い、魔そのものの肉体を借りた青年が吠え立てる。そこにあるのは義憤、憐憫――総じて正の感情だ。

 噛み合った大曲刀と世にも名高い聖剣が、奇跡的な技量でつばぜり合いを実現させる。その最中に堕ちきった剣聖は凄絶な笑みを浮かべて応じた。



「ああ……戦えぬ者が死ぬのは確かに悲しい。だが今ここには真実しかない。誰もが我らを恨み、憎み、そして立ち向かおうとしている。正義は彼らとなり、悪は我らとなった。誰も思い悩むことなく己を全うできる理想郷の萌芽だ」

「セイフゥ……!」



 2人の戦いは究極の域に達している。

 互いの力量が余りにも高すぎるため、余計な回避や小細工を弄することなく、ただひたすらに至近距離での撃ち合いに終始している。

 戦いが始まってからというもの、どちらも互いの剣の間合いから出ていない。にも関わらず未だに決着はついていなかった。



「だから、知らぬ名だと言っている。俺はとうに名乗ったぞ。許せないのなら、止めたいのなら、どうか――俺を見てくれ」



 さもなければこうなる。

 位置が変わらぬからといって単調な攻撃しか手がない魔王ではない。狭い剣域であえて曲線を描くことで緩急を付ける。密着した状態からの断頭の境涯剣。さらに、さらに、と千変万化する剣技が披露されていく。


 肩を裂かれ、手首は危うく腕から離れるところだった。堕ちて尚輝く勇者は即座に再生を行って、均衡を元へと戻すが、後手に回っているのは見れば明らかだ。

 その差はどこから来るのか……クレスが事前に考えていたとおり、それは精神面だ。狂っていても、道を誤っていてもクィネは全ての人々を対等に見ている。敬意を払い、そして殺す。

 一方のクレスは端から自分がクィネに及ぶとは思っていない。自分は既に死んだ身でありいないはずの者だ。死者は蘇らないゆえに生は尊い……そう信じている。



「見るのは生者の特権だ。この身はただの影だ。そして――お前もそうなんだ。ボク達の戦いはあの日にもう終わっている。帰ろう(・・・)セイフ。これ以上、死人が世界を騒がすものじゃあない」

「はっ! 噛み合わんな! そして、何を言っているのかもわからん! お前も俺も現にこうしてここにいる! ならば己の立場を示さなければ、他の者はどうして良いのか分からんだろうが!」

「……そうか。お前のことがようやく少しわかったよ。お前は優しいのではなく優しすぎた(・・・)んだ。あれだけ一緒に旅をしてきて、ボクは仲間のことさえまるで分かっていなかったわけだ」



 再開される死闘。

 しかし今度はクレスの側が徹底してクィネを乱していく。魔からなる身でありながら、聖剣と魂から光を呼び出し光輝の塊と化して接近戦を演じる。

 互いに剣で致命傷を与えられないのは変わらない。だが、その清らかなる光で互いを焼き尽くしていく。光からの距離が近い分、当然にクレスのほうがより酷く焼けただれていく。



「正気か……ははっ。良いぞ、狂っていると言っていいほどの覚悟だ。素晴らしい。我が身を燃やして挑む価値がある!」

「ああ……死んでも君の歩みを止めよう」



/


 一方の外側もまた死闘だ。

 確かに帝国軍の勝利は決定した。だが、それで諦められるほどに兵も塔主らも聞き分けが良いわけはなかった。皇帝が交渉に応じる気配が無いことも既に分かっている。


 後は抵抗あるのみ。


 自分の国を守ろうと懸命に戦う兵士たち。

 そして勇者級の活躍を見せるのは6つの塔が主達。ここに来て懸命にあがきぬく覚悟を固めたらしい。

 

 塔国は魔術に長けている。

 火球が降り注ぎ、氷柱が突き立ち、暴風が吹き荒れればまだ何とかなるのだ。そのはずだったのだが……



「意図したことでは無いでしょうが賢明ですね。中をどうにかしようとしたところで、我が勝者に勝てるはずもない。ですが……ここには私がいるのですよ?」



 優れた攻撃魔術であろうと射程の縛りからは逃れられない。一方のスフェーンは遠くにあれば弓聖の弓を持って風穴を開け、近くにあれば魔将の豪腕ですり潰した。


 かつてのサフイーレ帝国第一勇者はスフェーンにかなりの痛手を与えたが、塔国の勇士達は近づくことすら叶わないでいた。


 警戒するべき大魔術師……つまり塔主達が最初に巨人の弓で射抜かれたのが大きい。積年の恨みを晴らしに来たスフェーンからすれば納得のいかないほどにあっさりとした最後だった。


 それを穴埋めするかのように、スフェーンは暴虐の限りを尽くした。溜飲を下げるためだけに敵兵を跡形もなく消し飛ばし続ける。

 塔国軍対帝国軍というより、スフェーン対塔国軍と言い換えてもいいような派手な暴れっぷりである。



「そこまでです。既に決した勝負でそこまでする理由がありますか?」



 大質量の鈍器で叩かれたかのように、スフェーンの蹂躙劇は弾かれて止まった。

 最新鋭の魔将に対抗できるなど、木っ端勇者にできることではない。だが、相手が本物の勇者ならば話は別だ。



「……誰ですか。気分が良いところでしたのに、邪魔をしないでくれますか?」

「いいえ、いいえ。無用な殺戮を神はお許しになりません」



 尼僧姿の美女。だがやつれた顔からは病んだ者のような退廃さを思わせる。



「ははっ、ならば有用な殺戮は良いのですか?」

「……黙りなさい」



 魔将と墜落の聖女。

 何の関わりもない2人が対峙した。

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