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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第3章ー孤独の時代
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無敵ということ

 サフィーレ帝国とディアモンテ王国勢力圏の争い。世界の耳目を今も集める事態だが、事ここに至って誰にも思いもよらない戦況が展開されていた。

 つまりはサフィーレ帝国の圧倒的な優勢である。どういう訳か名高い勇者達を突然に失ったような王国勢に、飛びかかり食らう軍があった。


 帝国軍第2軍団。北東の安定以外には特に司る分野の無いと思われていた方面軍は、応援として南方軍に正式に派遣。そして、驚くべき戦果を上げていた。やはりあの軍団は皇帝陛下の肝いりだったらしい、と多くの者が最もらしく頷いたものだ。その意見が間違っているわけではないが……これを軍団と呼ぶべきなのだろうか?


/


「クィネ三等軍将。各部隊から応援要請が…」


 伝令兵はクィネを前に緊張した面持ちで告げた。

 階級が上の者と話すからではない、単純に眼前の男が……いや生物として恐ろしいのだ。



「……またか?  一体我々にどれほど期待するつもりなのやら、だ。右翼にはウヴァロが部隊を率いて行ってくれ。余り面子を潰さないようにな」



 呼ばれたウヴァロという黒衣の男は敬礼も発言も無く、ただ頷いて駆けていった。そう駆けていったのだ。この第2軍団からの応援部隊。その中核を成す男達はどういう訳か、馬に乗っていない。

 その理由を知っている者は今ではそれなりにいる。さらにその理由までをも知っているものはまだ限られてはいたが、それも時間の問題だろう。


 クィネが目を合わせれば、伝令兵は氷を流し込まれたような気分になって背筋を伸ばした。……クィネという上官は部下を酷使するわけでもない。礼儀も弁えていて、普通ならば好感の持てる人物と言えた。

 しかし、戦場でクィネを間近に見たことがある者にとっては恐怖の対象だ。



「左翼には俺が行く。残りはディアン1等軍士がまとめて現状を維持せよ!」

「はっ!」



 将が単独で行動する。およそ常識では考えられないことである。勇者上がりや英雄、剣豪の類でも随伴する兵がいれば何かと便利なのだ。

 しかもそれを誰も止めない。名乗り出もしなかった。


 第2軍団の兵、そして今や融合個体ですらも悟っていた。彼の近くに行っても邪魔になるだけだ。頼むから遠くで暴れていて、こっちには来ないでくれ。

 荒れ狂う洪水に懇願する原始の宗教のような面持ちで、兵達は上官を見送った。


/


 かつて強国と恐れられたディアモンテの軍勢は、もはや見る影もない。政変と陰謀に……そして謎の襲撃。古典的な血による繋がりを利用した強固な絆はすでに過去のものだ。

 それでも戦を継続するのは、少しでも有利な条件で和を結びたいからだ。それには未だ侮りがたしと言われる程度の意地は見せなければ話にならないのだ。

 今でも放っておいてもいずれは落ち着くだろうと信じて疑わない馬鹿もいるにはいるが、それはそれだ。大局には特に影響は無い。死体が増えるだけである。



「ふぅむ。敵は混乱しているようだな」

「まぁ……はい、確かに」



 正確には目の前の部隊だけだが、この指揮官の目には帝国軍全体がそうであるように見えているのだ。それなりに常識を持った副官の騎士は生返事だけして、部下に指示を出す。


 それは部分的には優勢になったりもするだろう。しかし勢力と勢力のぶつかり合いではもはやディアモンテ側がサフィーレ帝国側に勝つのは難しい。今は母体であるディアモンテ王国が存続できるかを賭けているところなのだ。……それをこの貴族は分かっているのか、と言いたくなる。


 それにこの有利も……ああ、来てしまった。副官の騎士は自分でも驚くほどに落ち着いた諦念を抱いた。

 先程まで有利だった部隊が瓦解して、否、切り裂かれていく。

 この戦役で語られる恐るべきおとぎ話。サフィーレの覇道を拒もうとした者達に振り落とされる断頭刃。勝ちそうになった勇者達の下にだけそれは訪れるという。



「あれが、サフィーレの死神……」



 ディアモンテだけでなく、当の帝国軍にすら忌避されているという最強の剣士。それを前にして副官の騎士だけでなく、兵達もただうつむくしか出来ない。

 冗談のような光景がそこにはある。個が集を凌駕する例外が実在することは、兵達でも知っている。だがそれでもこれはあんまりだろう? 一度見れば充分だった。


 相手は剣士。剣士なのだ。

 虚しく通じないのならば理解できる。全て上回られるのなら納得もできる。しかし、触れるどころか近付くことすら叶わないとなれば、諦めるしか無いだろう。


 離れた場所から剣を振る。その余波で人が死ぬなど信じたくないのだ。



「まぁ……仕方ないか」



 人型をしているだけでアレは災害。竜巻や洪水と同じモノだ。抗っても詮無きこと。

 轟音の代わりに響く笑い声もそう思えば実にそれらしい。


 黒い風が過ぎ去った後には、バタバタと倒れていく首のない死骸だけが残っていく。



「まさに剣風だなぁ……」



 黒は呆けた馬上の貴族を無視して、副官の騎士へと流れ込んでくる。

 きひひ、きひひ。



「あなたは強いな。さぁ敵か、味方か。選んでくれ」



 最強に認められたという感慨も遠い、無駄だと分かりつつも副官は剣を構えた。瞬間、視界の剣が刃を失って……視界自体も二つに別れた。


 敵か、味方か? 馬鹿なことを聞く。お前にどちらもいるはずがあるまいに。

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