亡者の暴走が開始される
散乱する屍と残された物資が広がる平野。そこを第5から第7軍団長達が騎馬で歩を進める。戦はひとまず終わったと言っていい。結果としては帝国軍の快勝と言ってよかったが、指揮官達の内心としては寒々しいものがあるのもまた確かだった。
「わずか騎兵の一部隊の突撃で敵が総崩れか。人間は脆すぎて何が起こるか分からんな……」
第6軍団長オーラが呟く。
女傑といえば世界でもまず彼女の名が上がるほどの人物で、決断力があって気風がいいことで知られている。そんなオーラもこげ茶の髪をかき上げながら微妙な顔を浮かべている。
戦いの趨勢を決めたのは、事前に立てた様々な予測や計画ではなかった。
騎兵の部隊長格が「なんとなく、そこを攻めるべきだと思った」。そんな曖昧な根拠で突撃した結果、雑な織物が解れから分解するようにロープ国とパイラ国の連合軍は崩壊した。
恐怖と衝撃が伝播した結果だろうが、敵に起こったということは味方にも起こり得る。幾ら鍛えても不測の事態は常にあるということだ。
「パイラとロープの兵達は徴募兵と正規兵の混成軍だった。それが裏目に出たようですね」
「勇気に不足しているようには見えなかったがな。我々も長く戦えばいずれはああした無様を晒すかもしれん……そう考えると恐ろしいものがあるな」
「おや、貴方にも怖いという感情があるのですね」
「あるさ。役に立てずに一戦で全ての名誉を無くして終わるなどと冗談ではない」
女傑は富ではなく名誉を重んじる人物のようで、それは軍士というよりはむしろ戦士としてのあり方に近いようであった。そして、彼女が気に入らぬことはもう一つ。
「そして我が方は一気に敵国内へと侵入を果たした。それが裏で勝手に動いていた陛下の直属部隊とあれば……純粋に我らの手柄とはいい難い」
確かに、と他の軍団長も頷く。
何よりも気味が悪いのはその彼らが、特に何の褒美も期待していなかったように見えるところだ。兵は報奨と名誉を喜ぶ。それは何も悪いことでは無く、普通のことだ。そうでなくては指揮官達も士気の維持にどうして良いのか分からなくなる。
「あの茫洋とした目……何を考えているのやら。そして陛下も……」
その疑問に返事は無かった。
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追撃を開始して、駐留の準備に入った帝国軍の流れを、その浮かれた熱からも離れたところからセイフは見ていた。良くも悪くも彼は剣士でしか無い。戦いの後にも煩雑な後始末が待っている……となるとどうにも白けてしまう。
それでいて忙しく立ち働く味方側の兵達と、国土を侵された敵の者たちを尊敬しているのがこの男の面倒なところである。
他の融合個体達は各所に散らばり、南方3軍の手伝いに出している。皇帝直下部隊の隊長であるセイフにはあまりすることがない。表向きの立場もあるうえに、総指揮官のスフェーンが療養中とあっては他所の事情に口を挟む知恵も無かった。
「とはいえ……先走るのも有りだろうか?」
逆に言えばセイフの勝手な行動を止められる者は現在誰もいない。実力的にも立場的にもだ。軍士はクィネであり、セイフではない。
敵であるディアモンテはセイフを積極的に狙うだろうが、同時に表沙汰にもし難い。ただでさえかつての第一勇者の排斥は筋書きに無理がある。件の勇者暗殺を画策した人物は下手に動けないか、隠密裏にことを進めたいだろう。
「クィネの相棒には悪いが……自分から行動してみるのも良い。どうにも人と人の戦というのは終わる時期が読めない」
占領した砦の胸壁の上で、背を壁に預けたセイフは一人で納得した。
確かにロープ国とパイラ国の気勢は大いに削がれた。だが3大強国の一つディアモンテ王国が背後にいる以上は、戦力が払底することは期待できない。
セイフの策略向きではない頭で考えるところでは……今回の勝ちを有利に活かすための謀略戦に帝国も精を出すのでは無いか?そう思わざるを得ない。
最高権力者である皇帝ラズリでも遠く離れた軍団長達を、一から十まで操縦するのは不可能だ。そして軍団長達からすれば早急に事を進めて被害を大きくするより、じっくりと腰を据えたいところだろう。
そう考えて、セイフは悪戯を思いついた子供のように微笑んだ。
「他の者たちが帰ってくるにも数ヶ月……さて、その間に個人的な決着をつけるとしよう。かつての友らにもろくに別れを告げる機会も無かった」
ディアモンテ傘下の国家。その監視と防衛の網は国土をくまなく覆っているわけではない。人一人ならばどうにでも動けるものだ。
それが最強を誇る剣士であるのなら尚の事。地方の巡回に出ている兵達など一人として逃げられないだろう。出会った方が不幸だ。
「この剣が間に合ったのも、何かの導きか。やはり俺もかつてのままで無ければならないのだ」
太い鞘から大曲刀をスラリと引き抜く。
特別な輸送便で届いたばかりのものだ。材質は違えど作りはかつての物を完全に再現しており、頼んだ職人の腕にセイフは満足していた。……この特別便の手配のためにセイフはここ数ヶ月分の給金を全てつぎ込んでいたりもする。
「さぁ決着をつけるとしよう。その時からようやく始まるのだから」