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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第二章ー功名の時代
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女たち

 戦火が世界に溢れ、隣国どころか遠国にまで警戒をしなければならないような世の中だ。民衆とは元より移り気なものだが、目まぐるしく変わる世界と目の前の理不尽から目を逸らすのが精一杯だ。それは誰にも責められないことだった。


 かつては魔族という脅威がそびえ立ち、それを打倒さなければ未来は無いと言われていた。そして同時に、魔王を討ち果たし魔族を壊滅させれば平和になると誰もが思っていた。


 ところが蓋を明けてみればこのざまだ。人は僅かに残った魔族を追撃するどころか、相争い始めた。

 人魔戦争の時代は過酷だったが、単純な世の中だった。それが今や何処を疑えば良いのか分からない始末。最も話題に上るのはサフィーレ帝国だが、これは元々三大強国の一つであるところが大きい。同時期に他国と戦争状態に入った国は数多いのだ。


 かつての従属国が牙を研いでいる可能性もある。疑念が疑念を呼ぶ時代が始まっていた。


/


 ディアモンテ王国において、輝ける勇者の記憶が薄れてきていた。

 かつては国の誉れとされた男の名も、今では英雄譚の端役だ。魔王を討った姫勇者を援護して、友人であった剣聖に妬みから襲われた彼は、その時の傷が原因で息絶えた。


 事実として、勇者が倒れたその日に町を暴れまわり、次いで遁走する男がいた事は事実だった。その時に気絶させられた兵士にも家族がいる。そこから話はどんどんと広まっていった。騒ぎの音を家の中で聞いていた者達の想像力がそれをさらに補強した。

 剣聖は名前こそよく知られていたものの、顔を出すことは稀であり、蛮族出身であることから人気も無かった。様々な後押しを受けて裏切りの剣聖という像が形作られた。


 噂が想像を呼んで、勝手な偶像を形作るのは良くあることだが…まさかにそれが実現するとは誰も考えていなかった。

 かつての陰謀の当事者と傍観者達でさえ。彼らこそが現在の南方剣聖の姿を最も想像できずにいるだろう。なにせ裏切り者は自分たちの方であると、知っているのだ。

 

/


 ディアモンテの城下町では、圧倒的な雰囲気を纏った集まりが歩いている。

 その気配となにより先頭を歩く女の美貌が、街の人々を振り返らせた。そしてしばらくすると、彼女の名が思い起こされて騒ぎとなる。それはこの一行にとってはいつものことである。



「救世の姫……!」

「姫勇者様だ!」

「おお……」



 灰色の通りも陽光の下では、落ち着いた雰囲気を醸し出す。その暖かい灰の石畳の上を仲間とともに女が歩いているだけだ。公的な行列ではないが、むしろそれよりも活気づく。

 現在の世界で最も名の知れた人物と言っても誤りではない女の登場には、街の人々も飽きることはないらしい。


 姫勇者が連れているのはお供ではなく友だ。共に視線をくぐり抜けた仲間だが、今では共犯者と言ったほうが良い。全てはあの日に壊れたままで、そこだけは被害者達と立場を共にしているのが何とも皮肉だ。


 風とともに美しい金髪が輝いて流れて、貴金属のように光を反射した。その輝きを見るだけで見物人の顔をうっとりさせて、思考力を奪い去る。

 常時、戦に備えている彼女はドレスに似た鎧を纏ったいつも通りの姿。腰に帯びるは輝かしき聖剣オウス・コネクタ。


 彼女は“魔王を討った女勇者”。その肩書はカイヤ・ニクス・ディアモンテという女に重くのしかかっていた。姫勇者、姫勇者という囁きが周囲から聞こえる度に賞賛ではなく罵倒に聞こえている。


 その輝きに自分は泥を塗っている真っ最中だと自覚しているが、足を止めることはできない。国も生まれも何もかもが彼女を縛る枷となっていた。

 姫勇者は笑顔を貼り付けたまま、道を行く。外では人々へと手を振りながら、内ではいつか必ず訪れるであろう罪が追ってくるのを信じている。


 剣聖は必ず自分を殺しに来てくれるだろう。

 救いが約束されているのが彼女の唯一の慰めであったが……


/


 ただ連鎖を止めたかった。

 それだけなのに、なぜかこんなことになってしまった。

 被害者の側であるはずが、放り投げた杖が聖女を狂気の地平線へと立たせた。


 ただ一人に与えられた新設の修道院で聖女は悲嘆に暮れて過ごす。だが、布団にくるまって涙を流すわけでも無ければ一心不乱に祈るわけでもない。

 滅多に人も訪れない修道院は悍ましさを感じさせる器具で満ちていた。

 もし魔導に明るい者が見たのならば、彼女が何を目的としているのか分かったかもしれない。


 魔導の大家といえば聖女の仲間であった大魔女だが、現在では聖女と魔女の肩書は逆転したかのような振る舞いを見せていることを誰も知らない。

 大魔女が瞑想を通じてかつての戦乱の根源を探ろうとしている。静かに、ただ一人少年騎士だけを伴にして。


 聖術も法術も、大きな意味での魔術に入る。

 ゆえにこうした、黒魔術的な要素を孕んだ実験も行えなくはないのだ。



「もうすぐ……もうすぐ……」



 呟きながら聖女は願う。

 いつの日か、己の罪が許されることを。失ったモノを取り戻すことで、全てが修復されると信じている。


/


 北の寒い居館は帝国様式らしい黒の外観だが、中身はそれほど凝ってはいない。流石に応接の間と念のための客の部屋だけは整えられているが、一方で主の生活空間は清々しいほどに簡素。

 それがサフィーレ帝国の第2軍団長スフェーンの屋敷だった。そしてこの家は彼女の内面をよく表していた。

 見栄から実用性まで最低限、それは女軍団長の卑小さそのままだ。外見は華奢で細身の少女のようだが、内に秘めた熱は苛烈だった。


 大したことではないが、やりたいことがある。そのために何だろうと利用する。世界の裏側も表の事情も知った事か。全てはあの日の八つ当たり。


 それが同類を呼んだのか、彼女は至上の剣を見出した。ある日突然変わった己の世界へと爪を突き立てようとする愚か者同士。

 スフェーンが持つ財の中で、それだけが鈍い輝きを放っている。好意すらも利用せんとするあり方を知られても、剣もまた何も言わないだろう。


 スフェーンはクィネに向かって、幾枚かの紙を机の上に投げ出した。



「あなたに短期間で功績を立ててもらいます。全て派手に潰してください……貴方の名が広まるように。そして栄誉で階段を作り、今一人の同士と顔を合わせて貰いたいのです」



 スフェーンはクィネの主だ。そしてクィネはスフェーンの勝者だった。

 二人の奇妙な関係は穏やかに続く。



「受けよう雇い主殿。相手を切り裂く目的があるのならば、俺はそれでいい」



 黒の軍装と褐色の肌が奇妙に似合っていない。腰に折れた剣を帯びたクィネは、静かに誰かの明日を奪うことを約束した。

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