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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第一章ー亡国の時代
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埋もれる才

 もう一つの城壁……城を守る最後の壁で弓聖と軍団長が対峙する。

 いや、もう弓聖ではないのかもしれない。限界を超えて酷使した腕は垂れ下がり、左手に軽い剣を持つばかり。弓聖ではなくただのメラルとして立つ。


 メラルの金髪が風に流れる。その顔は甘い顔と言ってもいいぐらいには整っていた。動かなくなった腕だけが奇妙に肥大しており、それが彼の印象を奇妙に捻れたモノへと変えていた。



「第2軍団長スフェーン……この戦いに関係の無いはずのお前が来ること自体が驚きだが……その気配、帝国は魔を飼っていたのか。気持ちよく最後の戦いとは行かないらしい」

「勝機のない戦いに出て来る貴方の方に驚きますよ。弓聖メラル。実は弓をまだ引ける、それでもここまで近寄られた貴方は脆い。手下も無しに勝てるお積もりで?」



 クィネに弓聖を任されたのは確かだが、向こうから現れるとはスフェーンからすれば予想外のことだ。スフェーンは敗走するメラルに再度の機会を与えないために追っていた。

 

 ……私の剣聖はこのことを知っていたのでしょうか?

 スフェーンと勇者たちの間にある差。それはこのような違いから来るものなのかもしれない。



「ならば、私の糧になって貰いましょう。あの人と並ぶために、貴方を潰してその強さを理解する」

「そうか」



 メラルの反応は素っ気ない。

 メラルにとっては他者が戦う理由などどうでも良いことだ。事ここに至って大事なのは己の矜持。自分の下らなさを諦観しながらも、奇妙な爽快感にメラルは満たされていた。

 ……たしかにメラルは剣でも戦える。だが、利き腕でも無い手に剣を握ったのでは凡百の勇者にも劣る。対する相手は今から強くならんとする若人。


 これは……死んだか。

 そう思った時、城下町の向こう側ではときの声が上がった。



「デマンも逝ったか。天上で会えるといいが…」

「すぐに会えます。元より余り目立って良い身分ではないので、手っ取り早くいかせてもらいます!」



 異形化はせずに、生身の拳へと瘴気を集めるスフェーン。

 おぞましい黒色が花の茎を覆うかのような技に、少しだけメラルは悲しみの顔を見せた。



「……魔を退けてもコレか。人の欲は留まることを知らず、我らの半生は無駄なものへと変わっていく。耐えられんよ、全く。付き合いきれない私は、ここで人のまま散るとしよう……土産にその腕ぐらいは貰っていくがな?」


 やれるものならやってみろ。

 意志を込めて、スフェーンの足が灰の石材を蹴る。強化された足で踏みしめられた建材が、一歩進むごとにひび割れていく。

 極端な程の踏み込みが、敵を圧殺する必殺の一撃へと繋がっていくのだ。

 剣聖の教え通り、相手は侮らない。そして全力で叩き伏せる。


/


 何もかもが通じない。

 無力感と疲労感に足を引っ張られたジェダは、剣を杖にしてみっともなく喘ぐ。



「こんな、こんな、やつがいていいのか……?」



 この国で身につけた全ての技が相手を傷付けることも出来ずに終わる。ジェダの剣才は確かに群を抜いていたが、時間が最大の壁となっている。

 クィネの側が同等以上に鍛錬と実戦を繰り返している以上は、才が上回っていても容易くは追いつけない。否、例え時間があってもたどり着けない、そうジェダは気付いてしまった。


 ジェダの成長は著しく、現在ではクィネとの差は階段で例えれば3段ほど下まで縮まっている。しかし、その僅かな差が信じられないほどに遠い。

 どの分野においても、上に行けば行くほどに成長の効率は悪くなっていくということもあるが……ここまで成長してしまったからこそ、ジェダには伝わってしまっていた。


 剣を交えれば全てが分かる……とまでは行かないが、ある程度は確かに読める。ジェダは成長してから剣を交えたことで、クィネという人物の剣を朧気に読み取った。


 才能という土台の上に鍛錬、鍛錬、鍛錬、鍛錬、鍛錬……そしてさらに実戦が山と積まれていた。

 ……狂っている。それがジェダが敵に抱いた正直な感想だった。

 目の前の男は本当に剣に全てを費やしてきている。人間性すら幾らか捧げていたのだ。


 ……自分には無理だ。あんな風にはなれない。

 ジェダは飄々とした強さを、美と感じてそれを体現しようとした者だ。

 ある意味では俗物的と言うことも出来るだろうが、本来は何も悪くないことである。なりたい自分を目指して鍛錬を重ねることの何処に悪いことがあろうか?

 しかし、剣聖との死闘においては致命的な差となってしまった。ただただ相手を倒すという役割を果たすための剣。最終到達地点の無い疾走。かつて剣聖が語ったとおりに、ジェダはもう彼に追いつけない。



「だとしても!」



 真似事が通じないと悟ったジェダは奮起する。回帰するは自分の原点。

 かつて憧れた師の剣閃を目指して、刺突剣を繰り出す。



「……そうだな。やはり貴殿にはそれが似合っている。認めよう、ジェダ殿。かつて侮ったのは間違いだった」



 己らしさを求める若者の姿。それが口先だけでなく震えを押し殺して、懸命に奮い立つ姿に堕ちた剣聖も感じ入る。それが何か変化をもたらしたのか? それは今は本人にも分からない。


 再開される刺突と回避の応酬。

 悲しいほどにかつての戦いを再現していく。ジェダの敗北は決定的である。

 

 ……ここだ!


 敗北を迎える決定的な瞬間。追いつけないのならば、変化を加えるのはここしかあり得ない。……かつてと違い、細剣は魔法の武器なのだ。


 細剣が弾かれようとする瞬間に、水圧を全開へと押し上げてズラす。切っ先が触れようとしていた大剣は、予想外の変化に対応できない。結果として、土壇場で武器を失うのはクィネの方となる。圧縮された水は鋼をも容易く裂いた。



「獲った……! ぞ……?」



 ジェダの敗北は決定的である。

 剣を失った相手は後手に回る。はずが、堕ちた剣聖はあっさりと大剣を放り投げていた。自分に向かって来る鉄の塊を、ジェダは思わず回避してしまい……



「あ……」



 きひひっ

 気色の悪い笑みが見える。その手に握るのは最初から折れていた剣。かつては長い刀身だったのだろう。

 そんな細かいことをやけにゆっくりと目に焼き付けながら……ジェダは切り裂かれた。


 熱い……加えて何故か視界が回転している。次に目に入るのは誰かの下半身。上を失って噴水のように血しぶきを上げながら、醜い臓物を垂れ流している。

 格好悪いから、ああはなりたくないとジェダは思った。



「さようならジェダ殿。ここ数年で、貴方は最強の敵だった」



 その声がジェダが聞いた最後の音になった。

 ……堕ちた剣聖を上回れる唯一の(・・・)剣士はその才と釣り合う実力を身につける前に世を去った。

 

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