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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第一章ー亡国の時代
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再戦の機会

 よく出来た光景だ。

 美女を先へと行かせて、己は城壁の上で最後の宿敵へと挑む。英雄譚の一幕としては申し分ない。だが、忘れてはならないことがある。挑む側の方が遥かに強く、そして蹂躙の先槍ということを。


 落ち始めた夕陽を受けて輝く細剣。

 師から譲り受けたかつての剣は、最初にクィネと邂逅した戦場で手から離れてしまっていた。代わりにと譲り受けた細い剣はささやかだが魔法の力すら込められた逸品だ。

 かつての剣と同じように捻れた姿をしているのも気に入っている……ジェダは知らない。それが特注で作られた剣であり、大枚をはたいて作らせたのが叔父だということを。そして、その叔父が今まさに世を去ったことも。何一つ知らない。


 突きとともに、剣先から圧縮された水がその射程をわずかに伸ばす。

 それを使い、時に使わず。徹底して相手の感覚を惑わせて、間合いを騙す。この新しい剣を加えたジェダの連撃を、訓練で対応できたものはいなかった。

 しかし、対応してくる。それは知っている。一度戦った相手だ。ジェダはクィネという怪剣士がこの程度で倒れてくれるような生易しい相手だとは思っていない。



「きひひっ! いいぞ、前よりもずっと鋭い。まさか本当にこの短期間で腕を上げるとは、才能とは恐ろしい」



 それどころか堕ちた剣聖は、そんな小手先の新しい要素などに目もくれない。ただ単純にジェダの剣腕の向上を讃えていた。

 戦場ではそもそも同じ相手との再戦自体が稀なこと。装備が変わっているのも、さらに工夫を凝らしていることも想像するのは難しくない。

 クィネはジェダのことを敬している。皮肉なことにジェダの力量を世界で最も理解しているのは、クィネなのだ。だから、惑わされない。



「正直なところ、嫉妬さえ覚える剣才だ。平凡な剣士であれば負けた事実から立ち直るのが精々。俺もこの短期間でそこまで駆け上がることはできん」



 ジェダは答えない。啖呵は既に切ったのだ。それ以上は無駄な体力を使わない。

 結果としてクィネの独り言のような形となるが、それをクィネはむしろ喜んだ。先の戦いでジェダは敵の言葉で心を乱したが、今回はそんな愚を侵さない。それもまた成長だ。


/


 ゆらゆらと揺れるジェダから繰り出される刺突。

 それを前回で学んだステップを踏み、躱すクィネ。前回と同じ構図であり、このまま行けばジェダは善戦するのが精一杯で終わる。


 本来であれば体力や技術で上回れるのが望ましかった。相手が成長を止めているのならば、あるいは可能だったかもしれない。


 怠け者のウサギと働き者の亀ならば劣る側にも勝ち目は生まれる。しかし、現実ではそんなことは起きない。互いに全てを賭けた戦いでは、両者とも才能に溢れかつ努力も怠らないもの。勤勉なウサギ同士の対決となってしまう。


 非情なのは、開始の合図が無いゆえに戦いが始まったときには差が出来ているというところだ。それが勝負であり、闘争である。


/


 王都で訓練した日々は無駄ではない。自分の腕の向上もそうだが、より多くの勇者たちの動きを目に焼き付けることができた。中には手合わせをしてくれる者さえいた。


 才が上回っているとは言え、ジェダはクィネに地力では勝てない。だから奇手に出る必要があった。相手の裏をかき、そこに付け込む。戦いの基本だ。


 ジェダの動きが変わる。



「ほう……色々とできるようになったな、ジェダ殿」



 揺らぐのを止めたジェダの姿が薄まったように、クィネは感じた。

 この壁にたどり着いた時の襲撃の正体がこれだ。

 

 気配を消す。しかし熟練の戦士であるならばそれを察知される。その切り替えの最中を狙って滑るように動いて、相手の後背から突く。

 ……トリドの勇者が一人“影打ち”のエリッスの技だ。



「誰から習ったかは知らんが、練度が低いな。猿真似の域だ」



 過去最高に上手く行った真似事は、クィネにあっさりと防がれた。

 大剣の刃筋で受け流されて終わるが、それも背を向けたまま。後ろに目がついているかのようだ。



「発想は面白いが、攻撃に切り替える際に剣気が漏れてしまえば意味がなかろうさ」



 付け加えるのならば、クィネには彼の勇者の死後に彷徨していた“名も無き”時期がある。その間にディアモンテが送り込んだ暗殺者達が影の戦い方をたっぷりと味あわせてしまっている。

 後背への対応はこの時期に磨き抜かれている。


 隔絶した技量。敵が言うには自分は本来ならば同格以上になっていたという才能を持つことが信じられない。それでもジェダは諦められない。ここで退くことは“格好悪い”からだ。

 ジェダにとってはそれが全て。他人が知れば笑うような輝きを胸に敵を睨むジェダをクィネは微笑みで迎えた。



「まだ、やれることがあるという目をしているな。……俺も甘い。全部採点してやろう。百点ならば俺が死んでいるだろうが」



 甘いとは正反対のことを言っているとクィネは気付かない。彼がこれから全ての技を受けるということは、全ての希望をへし折ると言っているのと変わらなかった。

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