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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第一章ー亡国の時代
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予定より早く早く

 巨人の弓が軋みの呻きを発する。

 この弓で最も凄まじいのは、弦ではないだろうか?戦場の支配者として君臨する弓矢は、優れているが武器の性能以上の威力を弾き出す事はできないのだから。


 そして、狂的なのはそれを素手で引く弓聖メラル。滑車の類など一切用いずに己の筋力のみで、引き絞っていく。伝承が真実ならば……メラルの膂力は巨人族にも匹敵することになってしまう。

 それでも何の不思議があろうか? 彼は道理を覆す英雄の一人。

 骨格による限界? 人間の筋で出せる力の天井? 精神と本能による制御機構? 全て、一顧だにせず奇跡を常態化させた者だけが、英雄となれる。


 気配を頼りによく狙い、予測する。それだけが絶技の正体であり、ある意味どこかの剣聖と似た者である。



「大きい気配……本当に大きいな。昔を思い出すが、読みやすい(・・・・・)ぞ」



 弾けるような音とともに槍矢が放たれる。

 その音は距離によって隔てられて、対手の耳に届くこともない孤独な楽器の音色。

 確実に相手の頭部を穿つ。


 しかし、弓聖は相手を見くびらない。

 自分の一撃はまぐれで躱せるものではないと知っている。


/


 再びの攻撃。軍団の兵たちは左翼が騒がしい程度にしか思っていないだろうが、標的にされた者は必死だった。



「舐めるな……!」



 凛とした声を振り絞り、スフェーンは独力で回避した。

 あらかじめ弓聖が自分を狙っていると分かれば、こうした芸当も可能になる。

 幾ら早かろうが、距離がありすぎる。魔将との融合によって飛躍を遂げた感覚には、その矢が見えている。そして、風切りの音が僅かに聞こえるのだ。


 ……滑り込んだような体勢をしたスフェーンの耳が死神の羽音を再び捉えてしまった。


 それが意味するところを悟ってスフェーンは刹那の間に戦慄する。

 ……まさか、こちらが避けることを見越しての……!


 偏差射撃。

 弓聖の矢からは何者も逃れられない。これほどの威力を速射する体力技量も凄まじいが、真に恐るべきは勘だけを頼りに動きを読み取ってのけたという事実。

 勿論、撃たれる側からしてみれば相手がそんな適当に全力を傾けているなど知る由もない。



「良く見ろ、スフェーン。相手を最大限に評価すればお前にも……」



 そして、帝国側にもそれを予測していた者がいた。堕ちた剣聖が槍矢を大剣で正確に叩き落として、最強の融合個体を救った。



「これぐらいのことは出来る。忘れるな、お前の性能はこの場の誰よりも優れているのだから」



 鈍重な大剣で、最短距離を進む矢、それも先端部分のみを正確に鋼で撃ち落とす。弓聖が怪物ならば、クィネもまた怪物だった。

 一射目で相手が気配を頼りに撃ってきていることを看破した、剣聖の予測。弓聖と剣聖に共通するのは目眩がするほどの死線を超えた回数。つまりは圧倒的な経験値。スフェーンに欠けているモノだ。


 自分の性能を把握し、尚且つ相手を無意識にでも侮らない。

 後付の強者であるスフェーンであればこそ、それが困難になってしまう。



「ヒトは弱い。どれほど自戒しても、どれほど構えようとも……油断は滲み出る。それを相手に捧げる敬意によって補え。心技体という言葉は、重要なことの順序でもあるとか、誰かも言っていた」



 クィネは言ってから、己の言葉に首を傾げた。

 なぜこうも偉そうに、誰かを導くようなことを言っているのか?



「……分かりました。次こそは!」



 しかし、教え子はそれを受けて奮起する。

 スフェーンは周囲の目がある状態では異形化できないという、無形の枷が嵌められている。だがそれでも他者より優れた身体能力を保有している。それが出来ないようでは、この領域の戦いにおいては話にもならないのだ。それを悟って立ち上がる。



「意気込みはよし。とはいえ周りの速度に付き合っていれば、人知れず串刺しの刑だな」

「動くしかありません……ねっ!」



 今度は成功した。

 スフェーンは回転するような動きで一射目を避けた後に、その勢いのまま次弾を蹴り飛ばした。魔将の恩恵をもってしても恐ろしく重く感じたが、一瞬を確かに生き延びた。


 相手が狙っているのは明らかにスフェーンとクィネだ。二人共に非公式に参戦している身分であり、敵が目で測っているのであれば狙ってくるはずもない。


 どちらが先に命中させるか。

 それが英雄同士の戦いだった。


/


 騒ぎがようやくべニットの耳へと届いた。

 左翼に槍のような物が飛んできている。……要領を得ない話だ。何処かに投槍兵でも潜んでいた? それにしては規模が小さい。伝令によれば負傷者も皆無。



「軽装歩兵の分隊を抽出して、対処に……なんだアレは?」



 べニットは軍団長である。

 個の脅威が未だに実在するこの時代において、帝国の軍団長達もまた、それなりの実力者で構成されている。文官畑の軍団長ならばともかく、少なくともべニットは実戦型だった。


 そのべニットが“何かが飛んできている”という情報を得て、その姿をようやく目に映し出した。姿と言っても影程度にしか映らない。光線のような飛来物。それが確かに左翼目掛けて通り過ぎていった……ように見えたのだ。


「? 何か?」



 気の利く副官には見えていないようで、不思議そうにべニットが指差した辺りを見回すばかり。



「アレが報告の槍か……!」



 副官を無視してベニットは考える。

 ベニットからすればあの槍が矢であることも、自分には向かわないことを知ることもできない。被害に遭っていると思しき左翼に、馬上から目を向けて集中する。



「威力は軍を相手に出来るほどではない。だが、なぜ左翼ばかりを……」



 自分を狙わない、そのことが気にかかるがあまり続けさせては士気に影響が出る。全てを早める必要があった。



「“十槍”と共に私が前へと突き進む。お前は兵をまとめて続いてこい。窮地の鼠の反抗など許しはしない」

「は。しかし、閣下……」



 止めようとしたのか。副官の言葉はベニットに遮られた。

 僅かな影。それが少しづつ軌道を変えていく。



「……誰だ! 合図を待たずに動くのは!?」



 それは勿論、あの二人だった。

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