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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第一章ー亡国の時代
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進軍と敵と

 とうとう帝国軍の本隊が駐屯地から出立した。

 トリド王国内各地での抵抗活動は未だ活発でも、連携が絶たれておりあえて残していく兵たちでも押さえ込める規模に留まっている。


 加えて各地の実力者を粘り強く口説いたベニットの手腕がある。多少譲歩してやる必要はあったものの、気概のある民兵達も権力者にそそのかされて邪魔にならないような行動へと誘導されている。

こうして本番への体勢が整ったのだ。



「スフェーン殿は?」



 凡庸な外見の軍団長が副官に問う。

 スフェーンは味方だが、べニットにとっては唯一予想外の動きを見せる可能性がある存在だ。権力が同格な上に得体の知れない兵を連れている。正面切ってべニットを排除することは流石に無いにせよ、警戒をしておくに越したことはない。



「どういうわけか左翼の端の方に居ますね。あからさまに監視の兵を増やしたりもしてみましたが、特に行動は変わりません。例の元傭兵も同行しています」

「そうか。軍団長ともなると変わり者が多いが、あの者はさらに読めん。監視役には読み書きが出来るものを当てて、数を増やせ。些細な言動も記録し、後で提出するよう」



 その命を受けて、副官が伝令に小声で指示を出している。

 僅かにべニットの耳にも入ったが、監視役記録役には追加の報奨を約束している。副官のような補佐役の、こうした気配りは中々だとべニットも思う。ベニットは自分がそうした職務を経験していないために、副官の行動は結構為になることが多かった。


 監視に割り振られる者は勝ち戦に参加する機会を失う。それでいてスフェーンがどういう行動に出る気か分からないため危険……かもしれない。地味な活躍をしたものが報われるのならば、兵たちのやる気も違ってくる。


 また一つ、心の覚書に刻みながらも馬上の軍団長は思索する。

 何が“皇帝派”の目的なのか? そこに自分が付け入る隙はあるや否や?


 トリドの王城に向けた進軍のことは、気にかけない。勝負は既に決まっている。


/


 分かっていただろうに、帝国軍が本格的に攻めてくる報がもたらされると貴族達は我先にと逃げ出した。とは言うが半数ぐらいは城下の民衆や兵に私刑に遭うだろうが、それこそ弓聖にしてみれば当然というものだ。

 日頃押さえつけていた者が弱みを見せればそうなる。敵である帝国もいずれはそうなるのだろう。


 弓聖は城の中を散策していた。

 良くも悪くもここが彼の居場所だった。最後だと思えば感慨も湧く。

 各国から密使が現れては弓聖を勧誘したが、全て追い返している。密使が「残りの兵も含めて全て受け入れる」ぐらい言ってのけてくれれば、弓聖もあるいは逃げ出したかもしれない。だが、自分一人だけというのが気に食わない弓聖であった。


 湧き上がる過去の情景とともに、中庭にたどり着いた。トリドは殺風景な景色が続く国だが、流石に城内は見栄を張る必要がある。生命力の強い種子を集めて作られた庭園は、様々な花が集っている。



「妻と初めて会ったのもここだった。あの時のあれは春の光のように私には見えたものだが……そこにむさ苦しい男が立つと台無しだぞデマン」



 中庭には先客がいた。

 片袖を翻して巨漢が物憂げに佇んでいるのには、弓聖も苦笑するほかはない。



「そう言うな。ここは私がお前に敗北した場でもあるのだ。お前の奥方は北方に咲く一輪の薔薇。良くも蟹のような男を選んでくれたな、としばらくは恨んだがな」



 軽口のような口ぶりだが、デマンに子は無い。余程、鮮烈な恋だったのだろう。



「そんなこともあったな。余りにもあっさりと勝利したので忘れていたよ」

「なんだ、最後に殴り合いでもしたいのか? 生憎、私は兵たちのところへ行くところだ。長くは付き合えんぞ?」



 兵……トリドの兵たちが逃げるのを二人共止めなかった。勝ち目の無い戦いに無理やり連れ出す気は無かった。逃げてはならない戦いというのは人魔戦争のような種族間の争いだけだ。そう二人の元勇者は考えているのだ。



「見る目が無いのは我らだったな。とりあえず戦の形になるぐらいには残ってくれた」

「素朴な理由でも人は戦える。黒色は好かん……それだけで人は死地にも赴ける」



 帝国の黒など断じて身にまとう気はない、そうした者たちは想像を超えて多かった。



「この腕だ。もうお前と組むことも出来ん。お前にはジェダを付けて、兵たちの方に私は回る。ではな、メラル……ああ、そうだ玉座の間へと行ってみるといい。面白いものが見れるぞ」

「さようならデマン」



 互いに別れる。次に会うのは天上の世界に召された後になるだろう。仲間たちは既にそこにいるに違いない。

 ……しかし、玉座の間に何があるというのやら。メラルは再び城内を歩くことにした。


/


 城内は閑散としている。

 そこら中に物が散らばっているのは、蛮風残るトリド王国でも流石に無いことだ。ここはなにせ王城なのだ。例え、今は人の気配が無くてもだ。

 上の階層でもそれは変わらない。だがここに来てメラルは少しだけ意外なことに気付いた。玉座の間の扉が開いており、僅かだが近衛兵達が立っている。



「お前たち。どうした? もう他は脱出しているぞ」



 トリドの戦士の最高峰に声をかけられた近衛兵は、規律正しく、それでいて照れくさそうに笑った。



「それが……そうもいかなくなりまして。まぁ中を見れば分かりますよ、どうぞメラル様。来客を今日は拒まないことになっております」

「まさか……」



 察して玉座の間へと脚を踏み入れたメラルだったが、たしかに中を見れば分かった。

 ……トリドの権力者は愚昧な集団だった。その頂点である王もそれに漏れない、惰弱な老人だ。それが未だにそこにいた。


 どうせ、最後だ。メラルは率直に口にすることにした。



「残っているとは意外ですね、陛下」

「おお、メラルか。余からすればお前が残っている方が不思議よ。どこへ流れようともやっていけるであろうにの?」



 細く、病がちで、陰で嘲笑われていた王が甲冑を着込んで残っていた。



「なるほど……近衛兵達が残っているわけです」



 彼らには戦士としての誇りがある。内心で見下していた相手が残っているのに、自分が逃げ出すわけにもいかないだろう。



「大体、余に逃げることなど出来る訳がなかろう? この城を離れれば半日も保たずに餓死するのが目に見えておるわ。あれよ箱入り息子というやつよの」



 虚弱な王がこの厳しい環境のトリドで生き残ってこれたのは、それこそ生まれが良かったからに過ぎない。最後に覚悟が決まったのを詰るべきか、誇るべきかは誰にも分からない。



「それはそうと……手伝ってくれんか? この甲冑というのはどうしてこうも重いのだ……隙間に皮が挟まるしで、上手く着ることもできんわい」

「はい、陛下」



 “弓聖”メラルは最後に王の臣として戦うことになる。

 それは実は初めての体験だったが、案外悪くない最後のように感じられた。

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