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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第一章ー亡国の時代
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剣技院

 中央の雄、ディアモンテ王国から北東へと進めばパイラ国がある。

 この地はディアモンテに半ば従属したような関係にあり、文化面においてもディアモンテの影響を色濃く受けていた。

 文化のみならず王侯貴族にもディアモンテ人の血が混ざっている事が多い。人魔戦争が長きに渡ったゆえに、強大とは言えないパイラはその庇護下に入ることで生き残ったのだ。


 それはパイラの決断でもあったし、ディアモンテの政略でもあった。

 つまるところ、パイラの国はディアモンテ王国の“手下”であるのだった。


 そしてこの日……パイラではある会合が開かれていた。


/


 ディアモンテ様式の灰色の石造り。円形に作られた議場で発言席に立った男が口からつばを撒き散らしながら長々と力説していた。



「……そう! 我らパイラ剣技院はここに剣聖セイフの剣聖位剥奪を要求するものであります!」



 集まった各国の議員からパラパラとまばらな拍手が起こった。

 話の内容に対する賛同というよりは以上に長い前置きが終わったことに対するものだった。

 そもそもパイラ国が会場となり、それが主催し提議した議題がディアモンテの意向によるものだということが、あからさまに過ぎて茶番を見せられている気分になっていたのだ。


 そこで背筋の伸びた老人が立ち上がり、声を張り上げた。



「パイラ国剣技院の主張……全く道理に感じる。剣聖とは即ち、白兵戦において当代最強を示す称号。身から出た錆でお恥ずかしい限りだが……彼にその称号は似合わぬと断じる。……嫉妬により、我が国の勇者に牙を剥き! 無様に遁走した男など!」


 老人はディアモンテ王国の代表だった。

 彼の背後にある権力たるや想像を絶する。茶番だと分かっていても多くの国の代表が、熱心に歓声を送った。これには中立の国も含まれていた。

 相変わらず白けきっているのは帝国派や塔国派に属する者達だけとなった。


/


 ……剣技院は元来、長く続いた人魔戦争において名誉という努力への報酬を与えるために作られた機関だ。

 当初は名前通りに剣士のみを対象にしていたが、現在では槍や斧などを得物にする者をも対象にするようになった。


 人は努力に見返りが無ければ、多くが中途で歩みを止める。何も得られずとも努力を重ねられるのは揺るがぬ心と芯を持つ怪物達だけであるから。

 しかし、長く続いた結果として。ほとんどの組織がそうであるように、剣技院も腐敗から逃れられない。今や剣技院が認定する位階において二番目である第一位の称号まで金で購うことが可能である。そのために、剣技院に期待する者も減少傾向にある。


 だが、剣聖位のみは純粋に実力と実績のみで判断されるのだ。最初の剣聖が余りに活躍したため、人々の幻想と理想の象徴と化したためであり、同時に剣技院がその理念を伝えるにおいての最後の砦でもあったからだ。


/


 示し合わせていたのだろう。中立国のはずの議員が今度は立ち上がった。



「剣聖とは人々の希望そのもの。そこから不心得者が出たというのならば、討伐までを考えてはどうか? 今後の良き前例となる上に、我らの健全さを示す機会ともなろう」



 より過激な意見……これがディアモンテの願いか、そう幾らか頭の回る者達は感づいた。件の剣聖はよほどディアモンテの勘にさわったか。あるいは、その後ろ暗いことを知っているのかと。



「……幾らなんでも軽挙に過ぎよう。剣聖位の剥奪ですら重大事……過去に一例しかない」



 日和見の議員たちも流石にこれには口を出した。

 敵も味方も触れたもの全てを切り裂いた暴虐の剣聖……その一例あるのみ。それとて……いや、それ故にその名は歴史に大書される始末となっている。



「左様。そもそも我らが人の非を弾劾するなどしたところで、世間は舌を出すだけよ。お主らの屋敷に綺麗な財宝は幾つある? どれも薄汚れていようよなぁ? ヒェッヒェッ」

「ご老体。控えられよ。今回の議題とは関係がない」

「おおう関係がない、と来たか。儂の寿命が来るより先にソレが議題の登ることがあるのやら……ヒェッヒェッヒェッ」



 どこの世界にもへそ曲がりというものはいるようで、腰がねじれて杖をついた老人は容赦なく愚を攻め立てたが、それは封殺されて終わる。あるいは、この老人こそが最後の良心といえるのかもしれない。



「そもそも討つ、討つと言葉は勇ましいが……誰が剣聖を討てるというのだ? 相手はあのセイフ。“鏖殺”の二つ名は伊達ではない。集団を相手にするにあれほど恐ろしい者もおるまいに」

「一振りすれば首が5つ飛び、二振りすれば首が10……そう唄われていたな。史書によれば“暴虐”を討った際には学び舎の手を借りたとあるが……」

「外部の手など借りん! ただでさえ魔術師共のほうが大きな顔をしているのだ! これ以上恥を上塗りできるか!?」



 彼らは気づいているのだろうか?

 いつの間にか話が討伐の方向へと流れていっている。いや、流されている。議員たちの様子は祭りの熱に浮かされた子供のようだ。



「ヒェツヒェツ。えげつない手を使うのう……塔国の。おまえさんの手下か?」



 騒動を横目に、へそ曲がりの老議員は横の偉丈夫に語りかけた。この男は会議中一度も発言していなかったが、老人の言には反応した。その目には敬意があった。



「否。私ではない。おそらくはディアモンテの手のものだろう……精神操作の類は法術や聖術に分類されるからな。聖女を排出したあの国ならお手の物だろう。しかし、流されないご老人は大したへそ曲がりだ」

「ヒェッヒェッヒェッ。同じように正気のおまえさんに言われるとな……年を食ってからというもの自分など信じたことは一度たりとも無いわえ」

「違いない。私もそうだ。我々はここで……若者たちに名誉などというものを餌に走らせ続けてきた。その報いがいつか訪れるのだろう」



 二人は流れる会議を黙って見送った。そして……



「そうだ! 剣聖を討てるものならばいる……! 目には目を…」

「同じ剣聖をぶつける手か!残る二人ならばあるいは……!」

「当代最強とは言え、二人がかりではひとたまりもないだろうな。だが、あの二人をどう動かす? 剣聖とは言い換えれば狂人だ。気が乗らなければ、動こうとはすまい」



 議場で行われている精神操作はあくまで少しばかり気分を揺らすものに過ぎない。というよりは、精神操作の術自体があくまで表層にしか作用しない。人の奥には果てしない深海が広がるのだ。

 だが、この場においてはそれで良かった。刹那的に判断すれば効果的と思える判断を導き出す。そのために。

 満を持して、ディアモンテの代表が声をあげた。私に案がある、と。



「決まったようじゃな。興奮させられてるとはいえ、よくもまぁあそこまで流されるものじゃわい。感心する。……セイフが国を裏切った? これまで見た剣聖達は皆おかしな連中ばかりだったのを忘れたのかのう。あの領域の者たちが裏切りなどというありきたり(・・・・・)な行動を選択するわけがなかろうに」



 呆れた声はもう同業達には届かない。



「議員たちが、それを望んでいるのですよご老体。自分たちの力にひれ伏さない剣聖位達をこそ、彼らはうとんでいたのですから」

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