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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
第一章ー亡国の時代
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表裏の一党

 一人、思索に耽っていた大魔女は、目的の答えにほとんどたどり着いていた。

 こうまで短期間に人魔戦争の裏側にあった事実の一つにたどり着けたのは、なんのことはない。先人たちが気づいていたからだ。



「敵の事情なんて詳しくなりたくないものねぇ……」

「? そうなんですか?」



 すっかりサリデナールを慕うようになった少年騎士は、幼さを残したままの仕草で首をかしげた。

 それを見ていると、ささくれだった心が少しだけ癒やされるようになってきていた大魔女だったが、「人に話す」という過程を行うことにした。



「ええ、なんで戦ってるのか? なぁんて不純物だもの。それでも、考えている人たちはちゃんと考えていたのねぇ……感心するわぁ」



 大魔女は最強の魔術師の一人と目されていた。それは正しい評価だったが、同時に研究者としての才を期待されていないことも意味していた。

 並の術士の十倍にも達する内包魔力、世界に溢れる数々の力の利用。それらに関して並ぶものなどいないが……自分は所詮は利用者だったということに大魔女は今更思い当たっていた。



「魔族とは一体何か? 剣や魔法で倒せるから誰も気にしなかった。どういう生き物なのか? 敵だから、醜いから気にしなかった。彼らはいつどこからやってきたのか……昔からいるから誰も気にしなかった」



 人魔戦争の歴史は長い。

 長すぎた。


 だから、あの恐怖が“当たり前のもの”として皆が受け止めていた。怯えても、ソレがあることに不思議は無かったのだ。

 そこから解き放たれた現在から、人間の本来の歴史と繁栄が始まると言っても過言ではあるまい。

 賢者たちはそこを見据えていたのだろう。推測を本の中に閉じて。



「やはり件の精神世界とかに魔族はいるのですか?」

「精神世界……というよりはこの世界の裏側ねぇ。表裏一体。この世界に重なる、もう一つの異なった世界。そこから魔族は来ていたのよぉ。いくら倒してもキリがないのは当然よねぇ……向こう側から来ているんだから」



 もっとも、魔族の側からしてみれば幾ら殺そうが繁殖し続ける人間こそが恐ろしかったのかもしれない。



「で、そこから来るための目印、あるいは穴。それが魔王。大きな存在が楔としてこの世界に打ち込まれていた……それが消えてしまったから魔族は故郷へと強制的に戻ったのねぇ」

「あれ?でも……西方辺境にまだ残っているんじゃ……」



 良くできました、と言わんばかりにサリデの手が優しく少年騎士の頭を撫でた。少年騎士は顔を真っ赤に染めているが、まんざらでもなさそうだ。



「多分、種族による違いか……あるいはこちら側の生き物の血が混ざったのねぇ。この世界にうまく適応できた種族ないし個体が残っているのよぉ」



 ソレが示すことは表裏の世界は互いが互いに利用し合えるということだ。表裏というだけあり、世界を超えたことによる反発は幾つかあっても抑える方法や抜け道は当然に存在する。



「気づいた賢人達は危惧したのよぉ……表裏の世界を上手く利用する技術の発達を…」



 なぜならば……その先を大魔女は口にしなかった。

 魔族が魔王を目印としてこちらに来た。言葉にすれば簡単にして大雑把だ。そして、それこそが問題である。

 ……異世界への接触が容易過ぎる。それでいて得られる力は強大。たどる結末の中には社会の自滅すら考えられた。


/


 監視塔の内部は奇妙な空気に包まれていた。

 それを構成する大部分は恐怖と呼ばれるべきものだ。


 第2軍団長スフェーンは本来、こんな粗末な建物で迎えられる存在ではない。そしてソレ以上に、昨日見たばかりの異形が一同の目には焼き付いていた。



「いなくなったはずの魔族と融合する技術……頭がおかしいとしか思えねぇぞ。忘れちまったのかよ、あいつらが俺たちに何をしたかってのをよぉ軍団長様は?」



 それでも、戦以上の覚悟を込めてタンザノは言うべきことを言った。

 人魔戦争が明けてから、それこそ数年しか経過していない。最盛期の一割程度とはいえ、未だに残存していることも影響している。魔に対する憎悪は人々の中に燃えたままだ。


 食われる人間の断末魔。裂かれた臓物から漂う匂い。誇張ではなく、ある程度の世代以上は全員が感じたことのある感覚であった。


 正当な怒りを前にしてもスフェーンは動じない。



「そして、我々が彼らに何をしたかも忘れているわけですよ、傭兵タンザノ。そもそも、技術の根本自体は人魔戦争の最中に開発されて、実際に使用されてもいます。単に貴方が知らないだけのこと」



 異なる世界における存在の座標。それが重なる対象を自身と合一させる技術こそが人魔融合である。

 適性がある人間が極端に少ない一方で、平時はただの人間として擬態できるという最上のメリットがあるのだ。戦中に行われたのは生物的な融合であり、その変化は不可逆なものだった。



「憎もうと恐れようと勝手になさい。そもそも、私からすればあなた方が怒りに任せてくれた方が話が早い。我々の姿を見て尚、あなた達の首が刎ねられないのは単にクィネの仲間だから。そこを除けば、あなた方に生かしておく価値はないのです」



 緑の目をした可憐な少女にしか見えないスフェーンだが、儚げなのは容姿だけだった。タンザノ達のような多少腕が立つ程度の傭兵など潰しても何の感慨も抱かないと、あっさりと告げた。



「傭兵というのなら長いものに巻かれるのが賢いというもの。強者のオマケとして、甘い蜜を啜れるこの機会……逃すほどに覚悟がお有りで?」



 けっ、と悪態をついてタンザノは腰をおろした。

 不快気な悪態だけが最後の抵抗であった。権力に取り入るというのはごく当たり前のことである。何もかも道理である。それを弁えているタンザノですら魔との共存には否定的である。

 人魔融合の技術を帝国が発展させていることが、表沙汰になるのはスフェーンと皇帝にとっては避けたい、各国が団結する口実となるだろう…各国が魔を利用した技術を何かしら開発しているだろうが、表に出ると出ないでは差が大きい。


 スフェーンとしては異形を見てしまった傭兵達など、さっさと処分したいところなのだ。

 それをしないのはクィネの不興を買うのを避けるためでしかない。


/


 スフェーンがジーナとともに席を外した。

 傭兵同士で語る時間を持たせようという気遣いである。意外ではあるが、社会的地位が低い者たちにもこうした真似ができるのも高位の者には欠かせないのかもしれなかった。



「お前はこれでいいのか? クィネ」

「雇い主殿が納得したのなら、な。何を聞かせたかは知らんが、あっさりと鞍替えを了承されたのであれば俺は従う」

「本当に変わった子だねぇ……クィネってば本当に何者?」



 肩をすくめるクィネをホエスとライザは胡散臭そうに見ていた。

 好奇と異物を見る目。中央にいる蛮族としては珍しい体験でもない。怒りさえ沸かないほどに当たり前だ。



「ジーナの嬢ちゃんは随分と出世に熱心だったからな。第2軍団長様の並べる飴玉に抗える道理は無いだろう。元々、誰かの下に付いていた方が向いているのかも」

「おやぁ? ホエスは雇い主様のことをよく見ているねぇ?」

「……ほう。なるほど。そういうことか?」

「違う! これだから低俗な戦士というのは!」



 陰険な顔をいつも貼り付けているホエスが、ムキになる様はなぜだか笑いを誘う。クィネは少しだけ微笑んだ。



「お、笑った。クィネが笑うところ初めて見たよ」

「そうか? いつも笑っていると思うが……」

「そりゃ相手の首刎ねてる時じゃねぇか……まぁ何者かは知らんが、少なくともまだ人間なようで安心したぜクィネよ」



 ホエス、ライザ、タンザノ。

 それぞれ思うところはあれど、状況の変化を受けれ入れる様子を見せてくれている。



「……お前たちは、あまり気にせんのだな。上手く言えんが、世の裏だとかそういうのを。そして、俺のことも」

「そりゃまぁ気にならないわけじゃないけど? クィネは滅茶苦茶に強いから、戦いでは楽できるしね」

「……金が稼げれば、学び舎に再入学できる。その他にはまぁ目を瞑っておくさ」

「ま、お前には分からんだろうがな。さして強くない人間にもできることはあるさ。それに俺が気に入らんのはあの軍団長様で、お前じゃあない。お前のことも、好きにはなれんが共存はできる」



 面白い連中、そして曲者揃いだった。

 誰も彼もがクィネを利用しようとしている。それはかつて(・・・)と変わらないが、傭兵たちはそれを言ってくれる。

 そのことをクィネは喜びとともに受け入れた。



「祖霊と精霊に感謝したい気分だ」

「……お前、泉神教徒か。その年でまた古臭い……」



 そんなに変だろうか? いつもと同じことをクィネは考えた。



「とりあえず、スフェーン殿が言うにはトリドとの戦が終わるまではこのままらしい。しかし、ここでずっとというわけには行かなくなるぞタンザノ」

「げぇっ。また最前線か?いや、あれでお偉いさんだし、程々に後ろで高みの見物が決め込めるかも……」



 上手く楽ができるといいが。とタンザノは願って止まない。

 クィネからすればこのまま、トリド戦に関われるのは嬉しいことだった。



「さて、獲り損ねた首2つ。負けた数は一つ。まとめて返してもらうとしよう」

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