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「魔王が倒れ、戦争がはじまった」  作者: 松脂松明
プロローグ・墜落の時代
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勝利と敗北の両方を

 セイフ(・・・)の父は厳格な人物だった。少なくともセイフにはそう見えていた。

 南方蛮族と一口に言っても一枚岩ではない。元々が“中央”諸国から見た呼び名で、大陸中央の諸国が勢力を増すにつれて次第に定着したのだ。様々な部族がおり、対立もあった。魔の侵攻により戦争と言える域では無いにせよ決闘ぐらいはあった。

 生まれた時から役割が決まっているセイフの部族。その戦士の家系にセイフは生まれた。


 幼い頃からセイフの生は剣で彩られたと言っていい。

 いつも渋面の父が曲刀の使い方を実践で教え込んだ。時折、課される試練をセイフが顔色も変えずに達成する度に父親の顔は険しさを増して行った。

 結果としてセイフは一族でも指折りの剣士となり、中央諸国の一つディアモンテ王国との盟により彼の国へと赴いた。そして勇者と出会ったことで剣聖として完成された。



 セイフも知らないこと。しかし、薄々は勘付いていたことに。

 セイフの父はセイフを妬んでいた。彼もまた戦士の家系に生まれて曲刀に生涯を捧げたのだ。息子の有り余る剣才に思う所が無いはずはない。

 妬ましい。後継者が優れた剣士となる――それも自分の息子が。それは喜ぶべきことのはずなのに、妬ましい。自分があれほどの才に恵まれていればもっと別の人生が訪れたのではないか?

 いいや、もっと単純に、剣士として遥か高みに行けたはずだ。父が受け継いだ研鑽は祖先から脈々と紡がれてきた効率化(・・・)の歴史だ。それを子に伝えれば一族の完成形としてセイフは君臨するだろう。セイフの父が立っている場所など、あっさりと飛び越えて……


 それでも父親であることを捨てられなかった。良く言えば良心的で、悪く言えば半端に。男は子に黙々と技術を授け続けた。個人としての妥協点が渋面と師としてしか接しないということだった。


 それを察したセイフはますます父を深く敬愛した。そう。剣士として(・・・・・)


 例えばの話。セイフの父が子に愛情を持って接していればどうなっただろうか? 剣を教えながらも、時折遊びなど教えつつ叱ったり、共に笑ったりすれば……クィネという凶刃は生まれなかったのではないか?


 積もり積もった些細な違いが友の死で弾けた。

 もう時は戻らない。


/



「しかし、考えついた方は大したものだが……貴方に限っては師が悪かったな」



 クィネは卑しくせせら笑った。あるいは哀れみが奇妙な形となって表れたのかもしれない。セイフ(・・・)ならとてもしない表情。



「……どういう意味だ」



 返すジェダの声は静かだった。しかしながら、そこに込められた怒気は初対面でも察せられるほど激しい。物理的な圧力さえ伴いそうな気迫を前に、対するクィネは全く動じない。敵は敵だ。



「言葉通りだよジェダ殿。教え方が半端過ぎる。貴方の才ならば、あるいはその歳で俺を倒せたかもしれない。だがもう遅い。……叔父殿に教わった方が貴方は強くなれたぞ?」



 戦い方の相性という問題ではない。同じ剣士として打ち合ったからこそ分かる。課した鍛錬も授けた技巧も、そこそこで止めたことがクィネには透けて見えた。

 ジェダの剣才は破格だ。かつて神童だと持て囃されたセイフ(・・・)よりも僅かながら上だろう。順当に成長していれば、中央出身者で久方ぶりの剣聖となれたはずだ。

 

 急激に戦闘能力を成長させることによるジェダの人格への影響を懸念したか? 緩やかに成長させた方が大成すると見込んだか? あるいは単純に嫉妬? まさか才に気付いていなかった?

 善意か悪意か中庸か――何にせよジェダの師であるダイトにしか分からないことであろう。問題は現実にそこそこの強さでクィネに出会ってしまったことにある。死ねばそこで終わりなのだから、間違いだったという他は無い。


 加えて言えば、戦闘能力というものは若い時期の鍛錬がモノを言う。ならば刺突剣にこだわる限り、ジェダがクィネに追いつくことは無い。



「まぁ戦い方は人それぞれらしいからな。ここで、好みに殉じて死ね」

「貴様ぁ――!」



/


 再開される戦い。

 だが、先程までとは状況が違う。

 クィネは既に敵手の剣術を知った。同じように長続きするはずもない。



「くそっ! くそっ! 何なんだよお前は!」



 ジェダの刺突は速度を増していた。天井知らずに加速する回転速度。しかし、クィネはむしろ最初よりも容易く回避していた。クィネの足が軽快なステップを刻む度に、刺突剣は虚しく空を切る。

 怒りは力を増すが、同時に技巧を阻害する。溢れる活力だけを抽出できるのは限られた達人だけの領域だ。悲しいかなジェダがその域に至るには、かなりの時間が必要となるだろう。



「いきなり出てきて! 暴れて! 人の大事なもの(師匠)を馬鹿にして! 何がしたいんだよお前はぁぁ!」

「目的か。とりあえずは戦いだな……生活の糧と趣味というやつさ。もっと大きな目標を言うのならば、今探しているところだが……貴方達との戦いで少し形になりだした。ありがとう」



 跳ね上げられる大剣。無造作とさえ言える動作だが、計算され尽くした動きだった。ジェダの刺突剣は宙へと舞い、持ち主の手から離れた。



「さようなら、俺の敵。ふむ……剣戟の最中に言葉を交わすのもなかなかに楽しいな?」



 その体勢のままに振り下ろされる剣の一撃。

 怒りに囚われていたジェダには横へと転がることさえできなかった。



「ぐおっ!」



 飛び散る血潮。陽の光に照らされながら弾き飛ばされて、地面へと落ちるのは人間の腕。戦士としての生命がまさに断たれたのだ。



「……これは驚いた。貴方が復帰するにはあと少しかかると見ていたんだが」

「叔父上!?」



 クィネの一撃が決まる瞬間。ジェダを突き飛ばして、デマンが身代わりとなっていた。その様子をクィネは純粋に驚嘆と賛辞で見ていた。わずかだがこの叔父は甥のために限界を突破した。


/


 ジェダを救ったデマンは腕を失った痛みにも耐えながら、その勢いのままさらに体当たりをした。敵ではなく甥へと。結果、不格好ながらも僅かな距離を稼ぐことにも成功していた。



「きひひ。流石。立ち直る体力もさることながら、腕を断たれることで甥を救うとは」



 ジェダを突き飛ばすのがもっと速かったのならば、クィネはあっさりと反応してのけただろう。遅かったのならば意味はない。敵の手を奪うという利点があるからこそ、クィネは剣をそのまま振り下ろしたのだ。

 腕一本を代償に甥を救い、自身も何とか生き延びたデマンの機眼は勇者の名に相応しい。今も腕を切られた痛みに平然と耐えていた。



「叔父上、一体どうして……」



 嫌われていたと思っていた甥の困惑の声に、デマンは残った手でゲンコツを食らわせた。

 


「この馬鹿者が! お前は初陣で、その安全は俺の責任でもあるのだ、全く!」



 甥へと説教を放ちながらも、デマンの顔に嫌味はない。どこまでも清々しく真っ直ぐだった。それは甥の実力に気付かなった自分への罵倒でもあったのだから。

 デマンが止血するのを律儀に待っていた凶刃は控えめに提案した。



「感動の光景だが、もう時間が無さそうだ。続きと行こう」



 ……時間がない? ジェダは訝しんだ。

 敵は圧倒的な優位にある。何があるというのか。



「ジェダよ。もう少しで状況が変化する……そこが潮目よ。敵にとっても我らにとってもな。俺の合図に何があっても従え。そして、一つ教えることがある」

「叔父上……?」



 気付いていないのはジェダだけであるようだった。

 そして、その時は確かに訪れた。


/

 

 乱れ、騒がしくなる一帯。

 響き渡る怒号。



「……今だ! 逃げるぞ(・・・・)!」

「はぁ!?」



 見ればデマンの私兵である重騎兵が空馬を連れながら突進してくる。

 そして、戦場は完全に帝国側の有利となっており、波紋が広がるように混乱が陣所まで伝播してきていた…そもそも、戦っているのはジェダと剣聖だけではないのだ。



「……させると思うか!」



 声とともに距離を詰めるクィネ。

 そこに……



「そちらがな!」



 飛びついて辛うじて剣を受け止めるのは……デマンの副官。剣聖の一撃を真っ向から受け止めた副官の剣は持ち主の頭にめり込んだが、瞬きほどの時間を副官は稼いでいた。



「いいか! ジェダよ! 我ら貴種は、まず生き残らねばならんのだ!」



 空馬に飛び乗りながら、デマンは教えを甥へと授けた。



「家士たちのため、先祖のため! 家名が泥に塗れることを耐えねばならんときがあるのだ! ……そして俺は貴様を軟弱と見誤っていた! すまぬ!」

「もう少し、落ち着いてから謝って欲しいのですが……!」



/


 重装騎兵達とともに駆け去っていく、敵将達。この勢いならば恐らくは後背に回っている帝国騎兵も突破して退けるだろう。

 それを確信して、クィネは敵副官の頭があった(・・・)ところから剣を戻した。


「きひひ、負けたか。だが、今度の負けは楽しかった。次は首を貰おう」


 逃したことを負けと表する凶刃は、次の機会を楽しみとしつつ逃げ遅れた敵兵の殺戮へと切り替えて行った。

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