第6話 ~連鎖する混乱~
「クソが!こんだけぶん殴ってんのに倒れやしねぇ!」
『オオッッ!!』
拳を相殺させ、数撃打ち込んだもののオーガは倒れる様子がない。
直後、対峙している少年に再び巨拳が降り注ぐ。
「テメェの拳なんて見切ってんだッ……!」
降り注ぐ拳を完全に予測していたであろう少年は、しかし戦いの疲労からか足元の岩石につまずき体勢を崩してしまった。
容赦なく接近する大岩のような拳。このままではあの少年は蟻のように叩き潰されてしまう。
愁翔はそれを阻止するために詠唱を開始しようとした。しかし―――
「危ない!!」
オーガの影に隠れて見えなかったもう一人の青年が飛び出した。
それと同時に、体勢を崩してしまった少年と、オーガの間に巨大な盾が展開された。
「ッ!!」
その盾はいとも簡単に巨大なオーガの拳を弾き返す。拳を弾かれたオーガは仰け反り、完全に無防備な体勢となった。
「よくやった!!」
その隙に体勢を立て直した少年は盾の裏から飛び出し、オーガの横手から跳躍した。
「吹っ……飛べぇ!!」
跳躍した少年はオーガの横腹に、黄金の光を纏う右脚で蹴撃を放った。
あの巨体を誇るオーガに人間の蹴り程度でダメージを与えられるのだろうか。
だがこの世界に現実世界の常識は通用しない。あの光り輝く脚に何かがあるのだろう。
蹴撃がオーガの横腹を捉えた瞬間、三メートルはあるオーガが紙のように吹き飛んでいった。
そして木々を薙ぎ倒しながら零と一の数列と化して消滅した。
「な……!?」
愁翔はその蹴りの威力に思わず足を止めて戦慄した。
今の攻撃は【想造】された武器でも詠唱された魔法でもない。それなのにあの威力は何なのだ。
「!! 誰かいんのか!?」
広場の端で立ち止まっていた愁翔は、少年達に姿を捉えられた。愁翔は両手を上げて敵意がないことを示しつつ二人に近付いてった。
「……!! てめぇは……」
「君はあの時の……」
愁翔の顔を見て二人ははっとした。そして金髪の少年の方が問いかけてくる。
「何でてめぇもここにいんだよ?」
「俺だって分からない。気が付いたらここにいたんだからな」
愁翔はこの世界に来てからの経緯を語った。話を聞くに金髪の少年たちも同じような経緯で今この場所にいるらしい。
「あの日あの場所にいた人たちがこの世界にいるのかな……?」
「いや、それならもっと人の気配があってもおかしくない。そういう訳じゃないだろ」
愁翔が青年の問いかけに答えると、場に沈黙が降りる。現状を説明できる者はこの場にいないのだからどうしようもない。
「まぁなんでこんな世界に入っちまったのかは後回しだ。お前、この世界の住人なんだろ? ここはどんな世界なんだ?」
金髪の少年は解決しない問題を後回しにして、今いる世界について愁翔の隣に立つクロウに問いかけた。
「うん、ボクが分かる限りのことを説明するよ」
クロウのその言葉の直後、愁翔たちの頭上をなにか巨大な影が通過していった。
「なに!?」
一瞬空を覆った影に、青年が声を上げて驚く。青年程ではないが、愁翔も少年も絶句していた。
「今のは一体……」
「ボクも一瞬しか見てないけど、多分グリフォンだよ……!」
愁翔の呟きに目を見開いたクロウが焦った様子で答える。
グリフォンといえば鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ伝説上の生物だ。それが木々の上を通過してどこかに向かっていったようだ。
「僕たちに気づかなくて良かったね……」
青年は深い溜め息をつきながら肩を落とし、グリフォンが襲ってこなかったことに安堵した。
「あぁ、そう」
「「きゃぁぁぁぁ!!!」」
「「「「!!??」」」」
グリフォンが過ぎ去って、愁翔が再び話を再開させようとすると、どこからか女の甲高い悲鳴が響いた。
「グリフォンが飛び去った方向からだよ!」
先程まで安堵していた青年の顔が一気に青ざめる。確かに悲鳴が聞こえてきたのはそちらの方向だ。
「様子を見てくる……!」
愁翔は一瞬で思考し、悲鳴がした方へと駆け出した。
無条件に助けに行こうと考えた訳では無い。先ほどの悲鳴の主がこの世界の人間なら、現状を打開する情報を持っていると踏んだためだ。
木々の根が盛り上がっている、足場の悪い道なき道を全力で駆ける。
森を抜けると愁翔の身長よりもかなり高い崖が眼前を覆ったものの、それをものともせずに跳躍する。
「ッ……!」
愁翔はこの世界における自身の跳躍力に驚愕した。
想いが形になるということは身体能力までをも底上げするのか。
そして愁翔は先ほどの金髪の少年の、異常なまでの膂力はこの延長戦にあるのだと理解した。
そんな思考を打ち切ったのは着地と同時に前方から響いてきた、何かを地面に打ち付けたかのような轟音であった。
愁翔が顔を上げて前方を見ると、そこには先ほど愁翔たちの頭上を飛び去っていったグリフォンが前足を地面に叩きつけていた。
そのすぐ近くに二人の少女が腰を抜かし、顔を真っ青にして恐怖に震えていた。
「……!! 音無、本郷!!」
愁翔は怯える少女たちの顔を見て、二人の名前を叫んだ。