第3話 ~出会い~
ゴブリン達はまるで彼の気迫に怯えるように、慌てて三匹一斉にこちらへ駆け出してきた。
愁翔は目を細めて、襲い来る三匹のゴブリンの隙を見極めようとしていた。
愁翔の反射神経と洞察力は常人よりも優れている。それは長年のゲーム生活で培われたものだ。そのため彼は目の前の三匹の僅かな隙を見つけ出し、そこを突くことが出来る。
すると自身の間合いに入ったと判断したのか、先頭のゴブリンが飛び掛ってこちらに接近してきた。その様子は愁翔にとってとても緩慢なものであった。
直後、彼らの間を疾風が駆け抜けた。そして一番に襲いかかってきていたゴブリンが左肩から右脚にかけて両断され、零と一のポリゴンと化して消滅した。
それを見て愁翔は、この世界は今まで自分が生きてきた世界とは大きく異なる場所だということを明確に悟った。それに本来愁翔の身体はこれほど速くは動かない。何らかの力が働いて自分の理想とした速度で動けたのだ。
加えてこの剣。これも愁翔が欲した時に手の中に勝手に形作られたものだ。だとしたらこの世界では――。
愁翔は右手に収まる剣と全く同じものを想像した。すると左手の中に零と一の数字が集結していき、殆ど同一の剣が作り上げられた。
なるほど。この世界では理想が現実となるらしい。
世界の仕組みをある程度理解した愁翔は、残った二匹のゴブリンを見やった。彼らは仲間の一匹が倒されて怯えたのか、足を止めて後ずさっていた。
「次はこっちの番だ……」
愁翔はあまり重みのない剣を両手に携え駆け出した。対するゴブリンはなんとか怯えを振り払って再び向かってくる。
愁翔は冷静に状況を分析し、一歩先に向かってきた方を一突き。次いでもう一方の攻撃を躱して背後から斬り裂いた。すると少し遅れて一匹目が零と一のポリゴンと化し、二匹目も続いて消滅した。
「…………」
剣どころか武器の心得がない愁翔がこれほど自在に剣を扱える世界。
思い浮かべたものが現実となる世界。ここは一体何なのだろうか。
『ヴルルルゥ……』
愁翔が手元の剣に目を落として考え込んでいると、背後から先ほどとは別種の、獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。それも一つや二つではない。いくつもの声が合唱のように重なり合っている。そちらを振り返ると十匹を超えるであろう狼の群れが臨戦態勢でこちらを睨みつけていた。
愁翔は剣を握る力を強めて腰を落とす。
流石にこの数に挑むのは無謀かもしれないと思い冷や汗をかいたが、この窪地から出たところでどこに逃げていいかわからない。ならば戦うしか道はなさそうだ。
「…………」『…………』
愁翔と狼。両者の緊張が限界点に達し、その糸が切れそうになったそのとき。
「【集え黄粒】」
岩壁の上から声が届いた。それはただの言葉の羅列であるはずなのだが、どこか歌のように聞こえる不思議な声であった。
「【我が命により雷と化せ】」
紡がれた言葉の後、あたりに浮遊している色とりどりの光粒の中から黄色のものだけが声のする方へと集まっていった。そして――
「【雷光】」
括られた言葉と同時、窪地一帯が強烈な閃光に包まれた。視界が真っ白になっている中、数瞬遅れて大気を揺るがす雷鳴が迸った。
あまりの轟音に、耳の奥が機械音のような高音に支配される。その音が続く中、眩んだ視界が段々と戻っていき、やがて眼前にとてつもない光景を映し出した。
「ッ……!!」
地面や壁が大規模に焼け焦げ、先ほどまで十匹以上いた狼の大群がたった四匹にまで撃滅されていた。
「残っちゃったか……」
その声と共に岩壁の上から人影が降りてきた。その人影は着地の瞬間、一瞬だけ重力を失ったかのようにふわりと浮き上がった後、地に足を付けた。
「誰だ……?」
自分と対峙していた狼の群れを薙ぎ払ったため、敵ではないだろうと思いつつも警戒を怠ることなく問う。
眩いほどの金の長髪に同色の瞳。高身長で痩身だが弱々しそうではない。目鼻立ちも整っており、優しげな好青年という印象を受ける。
「それはちょっと後にしよう。来るよ」
愁翔が怪訝そうな表情で問うと、青年は狼の方に目を向けた。少数になった狼は先ほどの雷の威力に身を震わせながらも、こちらを睨みつけていた。
『ガゥッッ!!』
そして四匹が同時に地を蹴り、二匹ずつ左右に展開してこちらに向かってきた。
「モンスターがよく考えたね。右は僕がやるよ」
「分かった」
何者だか分からないが、今のところ味方のようなので共闘して敵を倒すのが得策だろう。
愁翔は二刀を携え左側へと走り出し、青年はしゃがみこんで地面に手を付いた。
「【震撼せよ――地動】」
愁翔が左翼の狼に突っ込む直前、青年の一言が響き渡り右翼の狼が真上に吹き飛んだ。その下方の地面は柱のように変化して天を穿っていた。
「【吹き荒れろ――烈風】」
続けて青年が紡ぐと、未だ滞空を続けている二匹の狼に竜巻が襲いかかって消滅させた。
「ッッ!!」
対する愁翔は剣の間合いに狼が入ったことを確認するや、並列して突っ込んできている右側の一匹に左手の剣で斬りつけ、その遠心力を利用して回転。右手の剣で左側の狼を真一文字に両断した。
攻撃はコンマ一秒程度の差で叩き込まれたため、二匹は殆ど同時に零と一のポリゴンとなって消滅した。