第37話 ~最終決戦~
黒鉄が宣告した残り十分という発言に、五人は戦慄した。
あと十分以内にマスター権限を持つ黒鉄を下して、大門を潜らなければならないのだ。
『作戦変更だ……あいつを倒すんじゃなく、大門を潜る大きな隙を作るんだ』
『そんな隙、作れるのかな?』
『作るしかない。十分以内に黒鉄を倒すことは不可能に近い。だから大門からあいつを引き剥がしてこの浮島の一部ごと落す』
『それが私と心咲ちゃんの役目、ですね……?』
『あぁ……。皆、必ず現実世界に還るぞ……!!』
【心繋】によって繋がっている五人の心が、より一層強く結び合う。それと同時に黒鉄が再び漆黒の球体を生み出した。
「さぁ、君たちはこの世界で肉体というしがらみから解き放たれて生き続けるんだ」
「いいや。俺たちは、現実世界に還るんだ……!!」
戦意を漲らせた五人が揃って黒鉄に相対する。
残り十分、全力で黒鉄を抜かなければもう永遠に現実世界へ帰還することが出来ないかもしれない。
「【白翼竜】!」
決戦の火蓋を切ったのは意外にも音無の叫び声であった。
直後、彼女の背後に白銀の数列が集結して巨竜の身体を形成した。召喚された白竜はその両翼を大きく羽ばたかせた。
「架蓮ちゃんと不破さんは乗って! 空から援護するよ!」
その声とともに、白竜が巻き起こした旋風によって音無、本郷、不破の身体が宙を舞い、ふわりと背に乗った。
「させると思っているのかい?」
白竜が飛び立とうしたところで黒鉄が漆黒の球体をこちらに放ってきた。
「それはこっちの」
「セリフだ!!」
愁翔と灰葉は、真正面から迫り来る球体の軌道上に身を晒した。
愁翔の両手には左右異なる色の大剣が握られており、灰葉の両手には黄金の手甲がはめられ、両足は同色のブーツに包まれていた。
愁翔が右手に握る赤の大剣で斬りかかり、灰葉が黄金の軌跡を残す回し蹴りを球体に向けて放った。
二人の攻撃は全くの同時に激突し、黒のスパークをあたりに撒き散らす。
「!?」
灰葉までもが漆黒の球体に対抗できている光景を目にして黒鉄は驚いたものの、すぐに彼の装備が愁翔の【想造】によるものだと理解した。
数秒間拮抗した二人の攻撃は、やがて漆黒の太陽を打ち消した。しかし消滅の際に必ず生じる爆風によって、二人の身体が後方に吹き飛ばされる。
愁翔は左手の緑の大剣で後方に突風を起こして相殺し、灰葉はいつの間にか不破が出現させていた盾に着地した。
刹那、弾けるように灰葉の姿が掻き消えた。
「ぶち抜いてやるよッッ!!」
そして声とともに黒鉄の眼前で黄金の光が瞬いた。
直後、灰葉は足からプログラムコードの壁に激突し、全面に大規模な亀裂を走らせた。彼はまるで跳弾のように盾を使って反射して黒鉄の元へ一瞬で突っ込んだのだ。
「よぉ、信じられねぇって顔だな」
灰葉はひびだらけのプログラムコードの壁の外から、不敵な笑みを黒鉄に向けて放った。あまりに一瞬の出来事に、黒鉄は顔面を蒼白にしていた。
「こんな殻にこもってねぇで、出てこいよッッ!!」
灰葉は弓のように腕を引き絞って、びびまみれのプログラムコードの壁に拳を叩きこんだ。
パリィィィィン!!
灰葉の一連の攻撃の前に、マスター権限のプログラムコードが完全に瓦解した。
「すごいな、君は化け物か? けど……」
拳を振り抜いて隙だらけになってしまった灰葉の胸部に、黒鉄は漆黒の球体を零距離で放とうとする。
愁翔が【想造】した武具に覆われていない場所に攻撃を喰らえばその時点で灰葉は消滅するだろう。
「動くな、灰葉ッッ!!」
瞬間、氷柱のように鋭く尖った黒い影が灰葉の頬を掠めて黒鉄を襲った。
プログラムコードの壁が破壊された彼は攻撃から自衛行動に移るしかない。そのため灰葉に放とうとしていた球体を軌道修正して、飛んできたそれに向けて打ち込んだ。
愁翔が放ったのは瞬時に作り出した槍で、槍先と黒鉄の掌の上の球体が激突して相殺する。
消滅とともに発生する暴風によって灰葉の身体が吹き飛んだ。
灰葉が後方へ飛ばされているなか、愁翔は入れ替わりで駆け出した。
「いくぞ……!」
すれ違う瞬間、愁翔が灰葉に向けて小さく呟く。
「あぁ!」
そのタイミングで灰葉の吹き飛んでいる方向に盾が出現し、着地により後方への勢いを殺しきった。
そして愁翔と灰葉の視線が黒鉄へと集約する。
「君たちは本当に凄いよ。だからこそ、この世界の礎としてここで生きるんだ」
その言葉を聞き終える前に灰葉が再び反射して黒鉄へと突っ込んだ。
「二度も同じ手は喰わないよ」
黒鉄は正面から突っ込んでくる灰葉を見てしゃがみこんだ。そして地面に手をついて笑う。
「そりゃそうだよな」
一気に最高速度に乗った灰葉は口角を釣り上げながら答える。そして前方に出現していた不破の盾を足場に後方斜めへ反射する。
直後、地面から漆黒の光の柱が出現して盾もろとも空間を数メートル吹き飛ばした。
「不破、ついてこいよ!」
上空、飛竜と同じ高さまで跳躍した灰葉は不破へ向けて言葉を放った。
「が、頑張るよ……」
それに対して不破は自信なさげに笑いながら答えたものの、次の瞬間には鋭い眼光で戦況を見極め始めていた。
ドンッ、という爆発のような音とともに灰葉の身体が黒鉄へと反射する。
黒鉄が高速移動する灰葉を撃ち落とそうと球体を放とうとするが、その直前で不破が作り出した盾を足場に進行方向を強引に変える。
それを幾度も繰り返して黒鉄の目が追いつかなくなった頃、声が響く。
「【クラウ・ソラス】!!」
同時、刀身が紋様に埋め尽くされた、飛竜に匹敵するほど巨大な両刃剣が出現する。
それは刀身に光を、周囲に炎を纏っており、荘厳な雰囲気を放っていた。
「いきます!!」
飛竜の背で本郷が腕を振り下ろすと、その大剣が従うように黒鉄の元へと急降下した。
それを見上げた愁翔は黒鉄へと突っ込むのを一旦やめて退避し、灰葉は上空の盾に掴まって様子を見守っていた。
「神話武装を顕現させる本郷君の力は素晴らしいものだか、この私には通用しないよ」
数メートルはある大剣の矛先を向けられても、黒鉄の表情から余裕が消えることは無かった。そして彼はゆっくりと右手を持ち上げて大剣へとかざす。
「そんなことは分かっています! 私では直接的にあなたを倒せない……それでも私は愁翔さんたちの力になりたいんです!!」
本郷が思いの丈を叫ぶと、大剣が進行方向を変え、真下へと急降下を始めた。
「ッッ!?」
大剣の軌道が急に変わったことに驚いた黒鉄は、漆黒の球体を放つことを躊躇した。
その間に大剣クラウ・ソラスは大地を穿ち、浮島全体に大衝撃を与えた。
落下地点に蜘蛛の巣状の大規模な亀裂を生じさせ、その隙間から眩い光が溢れ出す。
次の瞬間、巨剣を中心として大規模な光の爆発が巻き起こり、大地が吹き飛んだ。
予想だにしていなかった現象に、黒鉄は瓦礫とともに上空へと吹き飛ばされる。
「「吹っ飛べ!!」」
上空へと打ち上げられた隙だらけの黒鉄に、左方から手甲を纏った拳と、右方から赤色の大剣が迫る。
「くッッ!!」
黒鉄は咄嗟に左右に掌を向けて防御体勢に入る。
刹那、彼の左右の掌にプログラムコードの盾が展開され、二人の攻撃が防がれる。
周囲を覆っていたプログラムコードの壁は先ほど打ち砕いたため、掌に展開する程度が限界のようだ。
「【落ちて!!】」
両手が塞がった黒鉄の上空から、白の魔力光が灯った白竜の尾が振り下ろされる。
黒鉄は必死に愁翔たちを吹き飛ばして上空に手をかざそうともがくが、彼らは一切力を緩めない。
「このままじゃ君たちも一緒にたたき落とされるんじゃないのか?」
黒鉄は追い込まれたこの状況でも笑みを失わない。
「それはどうかな」
その笑みに、愁翔と灰葉が小さな笑みを返した。
直後、二人の頭上に斜めになった状態で盾が展開された。それは二人を守り、かつ白翼竜の尾を黒鉄へと誘導するものであった。
尾は見事に振り抜かれ、黒鉄のみを捉えた。
刹那、彼の身体が掻き消え、目視できないほどの速度で下方へと吹き飛ばされていく。
「心咲!」
「うん!」
愁翔が音無の名を呼ぶや、飛び上がる瓦礫を掻い潜って飛竜が彼らの元へと飛来する。
「もう一押し!!」
灰葉が拳に貯めた、太陽と見違える程に巨大な気を浮島へと放った。
クラウ・ソラスの大規模破壊によって崩壊を始めていた地面に更なる破壊が生まれる。
「【天空に住まう戦神よ】」
直後、愁翔が詠唱を開始する。それとほぼ同時に、飛竜が愁翔と灰葉を背で受け止めて大門へと加速した。
「【我が手に汝の稲妻を授けたまえ】」
愁翔の右手に魔法陣が展開し、スパークとともに魔力が集まっていく。
「【この一撃は天地を揺るがす神の怒り】」
その右手を天空へとかざし、四文目を紡ぐ。
「【招来せよ、雷神の大槌】」
愁翔の右手に腕輪のように出現していた魔法陣が、一気に肥大化して浮島の上空に展開される。
「【雷神の槌撃】」
閃光。
それとほぼ同時に肌を裂くような強烈な雷鳴が轟き、天空から大規模な稲妻が浮島を貫いた。
着地するべき地面を失った黒鉄は、飛竜の攻撃の勢いのままミッドガルドの大陸へと落下していく。
いくらミッドガルドの仕組みを熟知していても、落下し続ければ体勢を立て直すことも叶わないだろう。
「……電脳世界に魅せられた狂人、か」
愁翔は流星のように落下していく黒鉄を見つめて小さく呟いた。
「愁くん、着くよ!」
その声に振り返ると、大門が目の前に迫っていた。上部に出現している砂時計の残量はあと僅かであった。
愁翔たちが近付くと大門がひとりでに輝きだし、その堅牢な門扉が開いた。
「このまま突っ切るぞ!」
電脳世界からの出口ということは、この世界で作られた武器や飛竜は大門を潜った瞬間に消滅する。
これまで助けられた飛竜をそのような目に合わせるのは少し可愛そうだが、時は一刻を争う。
「分かったよ!」
音無は愁翔の言葉に従って飛竜をさらに加速させた。そして彼女は飛竜の背を小さく撫でて呟く。
「……ありがとうね」
『クルル……』
音無の感謝の言葉に、飛竜は喉を鳴らして喜んだように見えた。
そうだ、この扉を潜るということはこのミッドガルドで出会った全ての人たちとの別れを意味する。
エクリプセ戦からすぐに黒鉄との戦いに移ってしまったため、ヴァルアたちに別れをいう暇も無かった。
「さぁ還ろう、俺たちの世界へ……」
開いた大門から放たれる閃光に目を細めながら、この世界での出来事を回顧して感慨深く呟いた。
「させないよ」
その時だった。
凍った手を背筋に這わされたように、五人の全身に怖気が走ったのは。




