第36話 ~プログラムコードの壁~
「本来この世界は人工臓器を有した者しか入れない仕組みなんだ。開発者も現実に見放された君たちの心を癒すために、想像を形にするという夢のような力を与えたんじゃないかな?」
愁翔は黒鉄の言い分に納得してしまっていた。
この世界でなら現実世界のような底辺の人間ではなく、王族たちと肩を並べるほどの強者として活躍できるのだから。
少なからず現実世界で諦めを抱えていた音無たちも沈黙して目を伏せていた。ただ一人、灰葉を除いて。
「妄想も大概にしやがれ」
場の重苦しい空気を、灰葉のその一言が一刀両断した。
他の四人が目を伏せている中、彼だけが真っ直ぐに黒鉄を見据えていた。
「確かにこの世界なら大体の事は思い通りになってきた。なんせ想いが形になるんだ。オレなんてあっちの世界じゃありえねぇ様な身体能力になってたからな」
「そうだね、君の想いは本当に強いものだったよ。だからこそ現実になんてもう帰れない」
「違ぇ、これは長い長い希望の夢だ。夢はいつか覚めて、終わりを迎える。人間はそんな夢から覚めて、思い通りにならねぇ現実を生きていかなきゃならねぇんだ」
真っ直ぐな瞳で黒鉄を射ながら紡がれる灰葉の言葉は、俯き沈んでいる四人の心を強く打った。
「それに……開発者でもねぇてめぇがこの世界を語るな」
独白の様だった先ほどとは打って変わり、灰葉は戦意をむき出しにした鋭い眼光で黒鉄を睨んだ。
それに対して黒鉄は小さな笑みを浮かべて答える。
「そこをどけ」
「どかないと言ったら?」
「力づくで通らせてもらうだけだッッ!!」
その問答は灰葉の踏み込みによって強制的に打ち切られた。
それはクロウ・ロードライトとの、黒鉄総司との決定的な対立を意味した。
これまでクロウとして築き上げた絆は一瞬にして崩れ去り、完全なる敵として分かたれた。
「焦るなよ、最後は思い出の場所でやろう」
黒鉄は灰葉の猛進を前に表情一つ変えずに呟いた。その直後、周囲の空間が歪み、景色が一変した。
◆ ◆ ◆
「「!!??」」
気が付けば黒鉄を含む六人は北の山脈ではないどこかに転移していた。
首を振って周囲を見渡すと、そこには見覚えがあった。
「ここは……」
「そう、ここは私たちが出会った場所。始まりの浮島だ」
愁翔たちが初めに目覚めて出会った、ミッドガルドのどこかに浮遊する浮島だ。
黒鉄の手によって愁翔たちは大門もろとも強制転移させられたようだ。
「この始まりの場所で全てを終えよう」
その瞬間に愁翔は彼我の力差を理解してしまう。この戦いは一プレイヤーがゲームマスターに挑むようなものだ。
「あぁ、安心してくれ。君たちに対してはミッドガルド人のようなプログラム介入は出来ない。純粋な力比べだ」
それを聞いて一撃で勝負が決する可能性は低くなった。
しかし――
「けど君たちよりこの世界を知る私に勝てると思わないことだ。五人束になろうが私は負けない」
圧倒的な自信。
それはミッドガルドの仕組みを熟知して、その技能を身につけているからだろう。
愁翔たちも四ヶ月間で相当この世界の仕組みを理解してきたが、たかだか数カ月だ。
「舐めんな」
その一言とともに、灰葉の姿が掻き消えた。
刹那、黒鉄の元で何かが爆裂したかのような大音が響く。
「てめぇ、なんだよそれは……!」
しかしその大音は灰葉の拳が黒鉄を捉えた音ではなかった。
拳は黒鉄の元に届く直前に、数字が密集したプログラムコードの壁に阻まれたのだ。
「過程の時点で結果を生じさせてるだけだよ。これは盾に成りきる前のコードだ」
「ッッ!!」
もう一撃、灰葉が拳を振るうがそれも阻まれ、次に蹴撃を放つ。
それすらも完全に受け止められる。
「君たちの攻撃が私に届く事は無い」
バチィィ、と灰葉が存在を拒絶されたかのように黒鉄から弾き飛ばされる。
後方に吹き飛ぶ灰葉は両足で地面を抉りながら、愁翔たちの元で停止した。
あのプログラムコードの盾がある限り黒鉄に攻撃が届くことすらない。
灰葉の全力をもってしても破れなかったのだから通常の攻撃などもっての外だろう。
かと言って魔法攻撃が通るのかと言われればそれも分からない。
「【心繋】」
愁翔は小さく呟いて、ある魔法を発動させる。その魔力の熾りは一瞬のことで、他の面々に気づかれなかった。
『本郷は神話武装、音無は出来るだけ強力な召喚獣を出してくれ。それまで俺と灰葉で時間を稼ぐ。不破は状況に応じて俺たちか音無たちの方に盾を展開してくれ』
この魔法は術者が指定した者と心を繋げて声を届かせるものだ。
【詠唱連結】の延長のようなものだが、行使できる者は数少ない。
それぞれに得意な属性があるように、【心繋】にも親和性があるらしい。
『『……』』
声しか聞こえないが、心が繋がった者全員に想いは届く。そのため四人が愁翔の指示に肯定の意を持ったことが分かった。
逆に愁翔が考えていた打撃以外の攻撃は効くのか、という疑問も四人に伝わったのだ。
「この力を前に、続きをするかい?」
黒鉄は自身が生み出す数列の壁を誇示しながら笑った。それに対し、愁翔は片手に長剣を【想造】することで答える。
「マスター権限の前に、そんなものが通じるとは思えないけど……」
呆れたようにそんなことを言いながら黒鉄は腕を振り上げた。
すると彼の頭上に数列が集結して漆黒の球体と化した。それはまるで黒い太陽のようで、愁翔たちは総毛立った。
「ッッ!!」
愁翔は攻撃の展開を阻止するために、黒鉄本体へ斬撃を放った。球体の色から闇属性だと判断した彼は、光属性の斬撃を行使したのだ。
それに遅れて黒鉄が腕を振り下ろすと、漆黒の球体が急降下して愁翔の斬撃を迎撃する。
双方は音も無く激突して愁翔の斬撃を数列へと分解してしまった。
「なッッ!?」
いとも簡単に斬撃を消し飛ばされた愁翔は言葉を失うものの、漆黒の球体の接近は収まらない。
「【致死の槍】!!」
「【竜王の炎爪】!!」
愁翔の左右から途轍もない魔力を内包した大規模攻撃が放たれる。
左側からはまるで夜のような黒紫色の魔力光を纏う大槍が投擲され、右側からは塔のごとき赤色の巨竜が炎を纏った大爪を振るっていた。
槍と爪が漆黒の球体を捉えたのはほぼ同時。
苛烈な黒のスパークが起こり、数秒の間、力が拮抗する。
「流石にこの規模の攻撃は一瞬とはいかないか」
しかしその一言の直後、黒紫色の大槍が数列へと分解されて昇天していった。
『グオォォォォ!!』
それに数瞬遅れて巨竜が苦悶の叫びを上げて後退する。
その叫びの原因は爪を振るった右腕が分解され、その猛威が身体にまで広がっているためであった。
「音無、飛び降りろ!!」
「う、うん!!」
分解の速度を見て焦燥感に駆られた愁翔は、巨竜の背に乗っていた音無に向かって叫んだ。
愁翔は巨竜の元へと駆け出し、背から飛び降りた音無を抱きとめた。
直後、音無が乗っていた巨竜が膨大な量の数列と化して完全に消失してしまった。あのまま背に乗っていたら音無も同じようになっていたかも知れない。
「愁翔ッッ! 来てるぞ!!」
音無を受け止めて地面に座り込んでいた愁翔は、灰葉の叫び声によって危機感を取り戻した。
そして、すぐ目の前に漆黒の球体が迫ってきている光景を目の当たりにして戦慄した。
詠唱なんてしている暇はない。それどころか【想造】すら間に合わないかもしれない。
それでも愁翔は無我夢中で漆黒の球体を迎え撃とうと、再び長剣を【想造】して振るった。
「くッッ……!」
漆黒の球体と愁翔の長剣がぶつかりあった瞬間、黒のスパークが迸って周囲の地面が吹き飛ぶ。
「愁翔さんッッ!!」
神話武装を破壊された反動で吹き飛ばされていた本郷が、愁翔たちを襲った大規模破壊に声を上げる。
「……どういうことだい、それは?」
爆煙が晴れると、愁翔と音無は爆心地から離れた位置で二人揃って地面に倒れ伏していた。
黒鉄はうつ伏せで倒れ込んでいる愁翔の手を見て怪訝な表情を浮べた。
「え、なんで……?」
それに次いで不破が不思議そうに声を上げ、灰葉も本郷も驚いた表情でそれを見つめていた。
彼らの驚愕の理由は、漆黒の球体が姿を消し、倒れ込む愁翔の手に傷一つ付いていない長剣が握られていたためだ。
本郷の神話武装、音無の召喚獣すら消滅させて見せた漆黒の球体に触れて何故形を保っていられるのか。
「知るかよ……。けどこれでお前に立ち向かえる……!」
剣を地面に突き立てながら起き上がる愁翔は、三白眼で黒鉄を睨みつけながらそう言った。
愁翔自身にも武器が消滅しなかった理由は分からない。しかしこれが黒鉄の行使する漆黒の球体への唯一の対抗手段だということは分かった。
「だからなんだい? 君だけが戦えたところで、足止めしてしまえば他の皆は終わりだよ」
「……ッッ!!」
愁翔は無言の気迫を放って黒鉄へと吶喊する。
彼の作戦の第一は、黒鉄に漆黒の球体を出現させる暇を与えずに攻撃し続けることだ。
愁翔は球体を打ち消した剣の長さを利用して、全体重が乗った高速の突きを放った。
それは黒鉄を覆うプログラムコードの壁に阻まれたものの、絶対無敵だったそれに小さなひびを入れた。
「ッ……!?」
その現象に黒鉄が瞠目する。
しかしすぐさま状況を整理し、プログラムに対抗できる愁翔の長剣を狙って小さな漆黒の球体を放った。
直後、それは長剣にぶつかり、愁翔の手から吹き飛ばした。しかし球体の方も跡形もなく消し飛んでしまう。
「砕けろ」
愁翔の武器が漆黒の球体を消滅させた事実を理解した黒鉄には、ほんの少しの隙が生じていた。愁翔はその隙を見逃すことなく突いたのだ。
右手から吹き飛ばされた長剣を放棄し、左手に【想造】した槍でひびが入った部分に再度衝撃を与える。
ひびはさらに広がり、もう一度打ち込めば破れるところまで来ていた。
「ふざ……けるなッッ!!」
見かねた黒鉄は防戦一方から攻撃に転じた。
手中に漆黒の球体を生み出し、それを形態変化させた黒の刀を振り下ろす。
ギィィィン、という金属が擦れ合う嫌な音が響き渡る。それは愁翔目掛けて振り下ろされた刀を、槍で受け流した際に発生した音だ。
愁翔の左手側に振り下ろされた黒の刀は、プログラムコードが重なり合った黒の斬撃を解き放ち、浮島を端から端まで切り裂いた。
「君自身になら効くだろう?」
斬撃の威力に驚愕する暇もなく、黒鉄の追撃が愁翔を襲う。
彼は極小の漆黒の球体を掌に出現させ、愁翔の腹部に掌底を放とうとしていた。
「ッッ!?」
「【絶対障壁】!!」
愁翔は致死の一撃を前に後方に飛び退きながら、咄嗟にセルリアが行使していたような剣の花を腹部に展開させた。
その直後に大盾が愁翔と黒鉄を隔てた。
「こんなもの、今さら通じるわけないだろ」
黒鉄は、不破が出現させた大盾を睨みつけ、そのまま掌をぶつけた。
大盾は一瞬で打ち砕かれ、しかし愁翔が退避するには十分な時間を稼いだ。
彼は後方への飛び退きに加えて風の魔法で自身の身体を加速させたため、数度地面を転がって体勢を立て直した。
「愁翔君!!」
静止した愁翔の元に不破が駆け寄る。
「はぁ……はぁ……。助かった不破……」
一撃一撃が致死の攻撃を掻い潜りながらの戦いは体力よりも精神力を削られる。
愁翔は垂れ落ちる仮想の汗を拭って黒鉄の方を見上げた。
彼は右手を口元に当てて何かを思案しているようで、攻撃してくる様子はない。そのためこちらも次にどう出るかを考えることが出来る。
先ほどの打ち合いで分かった事はかなり大きいものであった。
まず、愁翔が【想造】する武器でなあれば漆黒の球体とプログラムコードの壁を打ち破れるということだ。回数で言えば三回程度で打ち破れる。
そして愁翔は斬撃の大規模破壊を見て、音無たちの攻撃で戦況を大きく動かすことのできる作戦を考え付いていた。
数秒でまとめた作戦を伝えるために、愁翔は再び【心繋】を発動させて他の四人と繋がった。
『愁くん、大丈夫……?』
『あぁ、不破のお陰でなんとか無事だ』
『それで、繋いだって事はなんか思いついたんだろ?』
『あぁ、まずあいつと直接戦えるのは俺だけだ。だから俺があいつの攻撃を捌く。だから音無と本郷はあいつ自身を狙うんじゃなく、牽制として魔法を撃ったり足元の地面を破壊するんだ』
『オレと優はどうすんだ?』
『不破はさっきみたいにもしもの時の防御、それと足場として盾を空中に展開してくれ。 灰葉は俺が【想造】した武器で闘ってくれ』
『はっ! 援護なんてできねぇと思ってたが、それならわかりやすくていいな』
「さて、いつまでもだらだらと戦い続けるのも面白くない。制限時間を設けよう」
そう言った黒鉄は、背後の大門に手をかざした。
すると数列が連なった鎖のように大門の周囲を旋回し始め、真上に砂時計のようなものが出現した。
「まさか……!?」
「大門、いや現実世界への唯一の出口の消滅まで……」
黒鉄は大門の上に出現した砂時計を指さしながら、薄い笑みを浮かべて宣告する。
「あと十分」




