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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
謎の世界
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第1話 ~少年に残された時間~

「ッ……」


 窓やドア、カーテンまでもが閉め切られ、電気すら点されていない真っ暗な部屋。しかしエアコンは冷房モードで運転しており、快適な室温となっている。


「また痛々しい夢を……」


 そんな真っ暗な部屋で目を覚ました少年は、自身が見た夢を回顧してこめかみを抑えながら独りごちた。全てをはっきりと覚えているわけではないが、なにやら壮大なファンタジー世界を夢に描いてしまっていたことだけは確かだ。


 自身の夢を恥じながら寝ぼけ眼で部屋の電気のリモコンを探っていると、何かのボタンを押してしまった。するとスリープモードになっていたテレビ画面が突然点灯し、ゲームのオールクリアを示す画面が映し出された。


 なるほど。このゲームを終わらせて寝落ちしてしまったからあんな夢を見てしまったのか、と少年は納得する。現在テレビ画面に表示されているのはエンドロールの最後、総プレイ時間の表記だ。


 それをぼんやりと眺めている少年の名は黒井(くろい) 愁翔しゅうと。彼は高校ニ年生で十七歳、青春真っ盛りの少年だ。しかし彼が学校に行き友人と語らうことはもう無いし、勉学に励むことも無い。その理由はいじめなどで学校が嫌になったわけでも、勉強に挫折したからでもない。


「…………」


 愁翔は無言で自身の胸を押さえて、そこに視線を落とした。


 彼が学校に行かない理由がこれだ。


 余命五ヶ月。それが愁翔に残された時間である。


 現在彼の胸の奥にあるのは既に自身の心臓ではない。自分のものは三年前に機能しなくなってしまい、臓器提供を受けて七月まで生き長らえてきた。だがそれすらも八月の上旬に機能しなくなったのだ。


 現在は二〇二六年、九月十三日。


 愁翔は夏休み中に三年前と同じ手術を受け、今回は人工心臓を移植して生きながらえている。


 一口に人工心臓と言っても二つの種類がある。心臓の全部分を切除して埋め込まれる《全置換型人工心臓》。心臓の一部を補う《補助人工心臓》。彼は前者の人工心臓を移植されている。


 人工心臓とは余命僅かと判明している患者に対して行われる延命措置である。その期間が五ヶ月。八月の最終週に移植したので、実質あと四か月半程度である。


 しかし彼は特に思い残したことややっておきたい事などは無く、残りの時間を適当に潰して終わりだと考えている。


 愁翔が何気なくコントローラーのボタンを押すと、ゲームがタイトル画面へと切り替わった。


「また終わったんだな……。 今回はそこそこ持ったほうか」


 愁翔はエンドロールの最後に表示されたプレイ時間を思い返して小さく呟いた。


 十時間二十六分。RPGを半日以下のプレイ時間でクリアしてしまった。しかし一つ前のものは三時間程度だったのだから、かなり持ったほうである。


「はぁ……」


 突然目を覚ました愁翔の身体を再び強烈な眠気が襲う。現在時刻は四時二十五分、もう一度寝たところで罰は当たらないだろう。


 彼はそんなことを思いながらもう一度ベッドに潜り込み、再び眠りについた。


 ◆◆◆


 ピンポーン、ピンポーン。


 連続するインターホンにより意識を強制的に覚醒させられた愁翔は、不機嫌そうに枕元に置いてあるスマートフォンの画面を点灯させ、時刻を確認した。十二時四四分、真昼である。


 起き上がるのが面倒な愁翔は居留守を使うことにした。するとインターフォンが鳴り止み、しかし続いて愁翔のスマホが震え始めた。


「!」


 愁翔は少し驚きつつ、それを手に取り画面を確認する。表示されているのは神咲かんざき りんという名だ。愁翔は数秒間画面を見つめて黙考し、嫌々電話に出た。


「はい……」

「おはよう、愁翔君。 神咲だ」


 電話越しに聞こえてくる声音は、女性にしては低めの凛としたものであった。


「……何の用ですか?」

「出かけるよ」

「いや……」

「いるようだから早く準備して降りてくるんだ」


 ブツっ、と愁翔の返事も聞かずに通話が断たれた。彼はため息を吐きつつベッドから重い身体を起こして準備を始めた。


 五分程度で準備を終えた愁翔は、階段を下りて玄関へと向かった。


「ふぁ~……。あ、愁。おはよ……」


 階段を下りたところで姉、哀奈(あいな)と出会った。欠伸をした後、眠気眼を擦りながら上目遣いでこちらを見てくる彼女は現在大学生で身内の愁翔から見ても相当な美人である。美人ではあるのだが、彼女のパジャマは全身ピンクで猫耳フード付きという子供趣味である。


 今日は学校が無かったのか、今の今まで寝ていたらしくかなり眠そうだった。あのインターホン連打で目が覚めたわけではなく、タイミングが被ったのだろう。哀奈は一度眠ると外的要因で目覚めることはまず無い。


「あぁ、おはよう」

「……あれ、出掛けるの? 送ろうか?」


 哀奈は階段から降りてきた愁翔の服装を見るや、そう提案してきた。


「いやいいよ、神咲さんが来てるし。てかあの人に送ってもらわないと後々怖いから……」


 愁翔は後半、目を虚ろにさせながら小さく呟いた。


「鈴ちゃん来てるの? じゃあわたしも行こうかな」


 神咲さんと哀奈は同い歳で親友だ。哀奈は大学に進学したが神咲さんは高卒で就職、現在カウンセリングの仕事に就いている。


「あ~……。まぁいいんじゃないか。だったら早く準備してくれ」

「あ、これでいいよ。めんどくさいし」


 哀奈は猫耳の付いたパジャマ姿のまま、唇を尖らせつつそう言った。


「いや、さすがに服ぐらい着替えて来いよ。化粧はいいとして……」


 二二歳にもなってその格好で外出するのはどうかと思う。しかし我が姉ながら顔はノーメイクですら人目を引くほどの美人だ。化粧などする必要ないだろう。


「分かったよ~……」


 哀奈は膨れっ面で自分の部屋へと戻っていった。入って早々ガタガタと謎の物音がする。この前見たときはそれほどでもなかったが、あれは掃除してすぐの頃だった。今はさぞかし散らかった部屋になってしまっているのだろう。


 哀奈は姉というより大きな妹のようだ。愁翔が面倒を見なければパジャマのまま外出したり、部屋を散らかしたままとなってしまうだろう。


「部屋も片付けとけよな……」

「う~~~ん……」


 愁翔がドアに向けて声を放つと、部屋の中から彼女の間の抜けた返事が聞こえてきた。


 愁翔が哀奈の面倒を見れるのもあと四ヶ月だ。これからどうなってしまうのか、ほんの少し心配である。


 ドンドンドンッッ!


 すると突然玄関の扉が叩かれた。いや殴られたのではないだろうかと思うほどの大音だ。不覚にもかなり驚いてしまった。


「ねぇ愁翔くぅ~ん……早くしてよ……。いるんでしょ、ねぇそこにいるんでしょ……?」

「怖い! 怖いからホント止めて下さい神咲さん! 今行きますから!」

「ん、どしたの愁? 準備できたから行こうか」


 恐怖体験の直後、着替えを終えた哀奈が部屋から出てきた。純白のワンピースという一見単調に見える服装だが、それだけに着る者を選ぶ。


「あ、あぁ……」


 準備を終えた愁翔と哀奈は玄関の扉を開けて外に出た。



「くッ……」


 愁翔の全身に強烈な陽光が突き刺さる。数日ぶり、いや一週間ぶりの外だろうか。


「あはは! まるでヴァンパイアだね、キミは!」


 神咲は愁翔の反応を見ると高笑いしながらそう例えた。


「まぁ引きニートだから仕方ないよ、鈴ちゃん」


 ニートというのは心外だ。愁翔はまだ高校生で社会の平均からしても働く年齢ではないのだから、断じてニートではないと考えている。


「あ! 哀奈も来たの?」


 対面した二人は朗らかな笑みを交わした。親友というものはいつ会っても笑顔になれるものなのだろう。愁翔にはそんな存在がいないから詳しくは分からない。


「うん、今日はどこ行くの?」

「それは彼に」


 神咲は強烈な日差しと、九月の残暑にやられてうろたえている愁翔に目を向けた。


 そう、これは余命四ヶ月の愁翔の思い出作りなのだ。そのため数日に一度、神咲は愁翔のことを迎えに来る。もう行くところなど無いにもかかわらずに、だ。過剰ではあるがこれが神咲の優しさなのだろう。家族である哀奈も、今までと変わらずに接してくれているのがせめてもの救いだ。


「どこ行くの?」

「あ~…… 涼しいとこ?」


 愁翔は頭上で燦々と照っている太陽を見て呟いた。九月といってもまだまだ暑さが残っているため、外での行動は引き篭りには厳しい。


「「……」」

「う……。じゃ、じゃあ本屋で」


 二人の死んだ目に射られた愁翔は咄嗟にそう答えた。何故だか分からないが突然その場所が頭に浮かんできたのだ。


「じゃあ隣町の一番大きな本屋でいいかな?」

「あの凄い本屋さんね!」

「えぇ、そこにしましょう」


 全員の意思が一致し、愁翔達は家の門を開いて外に出た。


「行くよ、愁」

「さぁ、乗った乗った」


 左手を黒いスカートにタイトスカートの神咲が、右手を白いワンピースを纏った哀奈が引っ張り愁翔の身体を前進させた。


 周りから見れば両手に花のように見えるだろうが、一人は実の姉、もう一人は姉の親友だ。何か違うような気がする。


 そんな彼らは黒井家の前に駐車してある、神咲が乗ってきた黒塗りの車へと乗り込んだ。概観はまるでギャングの所有車のようだが、彼女は普通のカウンセラーだ。


 愁翔と哀奈が乗り込んだことを確認すると、神咲は車のキーを回しエンジンをかけて出発した。



 出発から十分程度、運転席と助手席で二人の会話が弾み始めたため、愁翔は蚊帳の外となってしまっている。そのため彼は外界を流れ去っていく景色に目を遣っていた。


 住み慣れた町から少し離れた、しかし見覚えのある町並み。この景色を見ることが出来るのはあとどのくらいなのだろうか。


 愁翔はそんなことを考えていたが、どうだっていいことだと割り切って窓の方から目を離した。



 二〇二六年、九月十三日。この日、黒井 愁翔は突然倒れて病院に運び込まれ、永きに渡る昏睡状態に陥るのであった。


 ◆◆◆


 突然倒れた愁翔は、哀奈と神咲によって病院に運び込まれた。


「ねぇ鈴ちゃん……。 愁、死んじゃうの……?」


 哀奈はその黒色の双眸に涙を溜めながら弱々しく問いかけた。


「……大丈夫、あの子はまだ死なないよ……」

「ぅぅ……、愁……」


 泣き崩れてしまった哀奈は神咲に抱きしめられ、その胸の中でしゃくりを上げていた。


 病室の前のソファに座る二人からは不安と悲しみの感情が溢れ出しており、白色の壁によって明るくなっている雰囲気を打ち消していた。

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