第14話 ~ガルド家~
急いで向かった村の中央広場のような場所には十数人の衛兵と、その上空を取り囲む竜の大群が戦いを繰り広げていた。
それを捉えた瞬間に愁翔、灰葉、クロウは更に加速して直進。対して音無、本郷、不破は速度を緩めた。
そして愁翔は正面、灰葉は左手、クロウは右手に散開し、竜への攻撃を開始した。
愁翔が向かう先には他の衛兵とは明らかに異なる鎧をその身に纏った、衛兵長らしき人物が戦闘を行っていた。衛兵長一人に対して竜は三体もいる。このままでは時間の問題だろう。
「【我が雷は鋼をも貫く長槍と化す―――三叉雷槍 】」
愁翔の前方に展開された魔法陣から三本の雷が迸る。その雷はそれぞれ三体の竜へと向かっていき、命中した。
ダメージというほどの一撃ではない。しかし完全に竜の意識を衛兵長から引き剥がすことに成功した。
『『ギャオォォォ!!』』
三匹の雄叫びが混じり合い、剥き出しの敵意として、真正面から愁翔に突き刺さった。
同時の咆哮に気圧されそうになった愁翔だったが、一瞬にして戦闘態勢に戻る。
「【天穿つ世界樹の枝、神の手によって敵を穿つ槍となれ】」
二文目まで唱えたところで飛んでいる竜の影、つまり真下に巨大な闇色の魔法陣が展開され始めた。
「【その矛先が示すのはただ一つの勝利】」
「【常闇の槍】」
刹那、闇の柱が天を貫いた。
しかしその魔法は柱ではなく長大な漆黒の槍であった。三体の竜はそれに飲み込まれ、影も形も見通すことが出来ない。
「なん……だ、これは……!」
そのすぐ傍で衛兵長が愕然とした表情でその槍を見上げていた。
その数秒後、闇の槍が弾けるようにして数列となり消滅した。その後には竜鱗の一枚すら残ってはいなかった。
「ッ……」
愁翔は三文魔法を詠唱した代償であるかのような、あの不気味な感覚に再び襲われていた。
彼は視点を介する現象について、昨夜の夢を思い返していた。
自分ではない何者かの視点を借りて追憶を行ったあの夢が、三文詠唱の際の感覚と似通っている。
あの夢と三文魔法、必ず関連性があるはずだ。
「……い、おい!」
「!!」
考えに沈んでいた愁翔の意識が衛兵長の声によって現実に引き戻された。
「お前たちは、味方なのか……?」
「あぁ、俺たちはこの村を守りに来た」
まわりでは愁翔の他の一行が次々と竜を撃退、撃滅している。その様子を目にした衛兵長は小さく呟いた。
「心強い……」
あの竜の大群に対して衛兵は十数人のみ。それに誰も【想造】や魔法を使用していなかった。
【想造】は限られた人間しか出来ないらしいが、魔法すら使っていないというのはどういうことだろうか。
ただ、たった一つの武器で竜と対峙するのがどれほどの絶望だったのかは愁翔には計り知れない。
「お前達は一体何者なんだ……?」
「細かいことは後だ。俺達があの竜をどうにかする」
未だ村の上空を我が物顔で飛び続ける竜たちに鋭い視線を向けつつ、衛兵長の口を閉ざさせる。
やがて竜の大群は愁翔たちの活躍によって大半が打ち倒され、数匹が南の山脈へと逃げ去って行った。
「…………」
衛兵長は眼前の光景に目を疑わずにはいられないといった様子だ。あれだけいた竜が全て撃退され、劣勢が一気に裏返ったのだ。
それを成し遂げたのがたった六人の少年少女だと言うのだからさらに彼の驚愕を増長させているのだろう。
「シュウト君」
「……クロウか」
愁翔の後ろにはクロウを筆頭とする残りの五人も戦いを終えて集まってきていた。もちろん誰ひとりとして大きな傷を負っていない。
「戦いも終わった。お前たちはどういう一行なんだ、傭兵か何かか……?」
六人全員を順に見やってから衛兵長らしき男は、愁翔に後回しにされた問いを再びしてきた。
「あぁ、俺たちは……」
愁翔は自分達がこの世界の人間ではないこと、北を目指していること、この村に滞在したいという旨を簡単に説明した。
「なるほどな……」
「え、衛兵長……」
「なんだ?」
広場の中央にいる衛兵長と愁翔の周りに満身創痍の衛兵達が集まってきており、そのうちの一人が衛兵長を呼びかけた。
「彼らはガルド家以外の三賢者の血族ではないでしょうか……?」
「馬鹿なことを言うな。 千年以上に起きた決戦を生き延びたのは初代ガルド様だけ、他の二人は魔界の軍勢を打ち倒して戦死されたのだ」
「でも、彼らの魔力は紛れもなく王族に匹敵するものです。 それに王族のみが行使できる【想造】すら使いこなしている」
若い兵の指摘を受けて、衛兵長らしき人物は眉間にしわを寄せながら考え込んでしまった。
「いえ、私たちはこの世界ではない世界からやってきた、というより気が付いたらいただけなんです。この世界に先祖なんていないですよ」
本郷は現実世界から来たことを再度説明し、三賢者と呼ばれるこの世界の偉人とはなんの関係もないということを主張した。
「あんたらは【想造】ってのが出来ねぇのか?」
「とんでもない! 無から万物を創りあげる御業は王族の方々にしか行使できません!」
灰葉の問いかけに、若い衛兵は声を大にして語る。彼の様子から、この世界における王族というのは相当な力を有する存在だということが理解できた。
「魔法はどうなんだい?」
「この村にも魔術師はいるが、竜の襲撃で彼らは真っ先に狙われ殆どが重症で戦える状態ではないんだ……。俺たちも使えないわけではないが、戦闘に取り入れられるほどの技量を持ち合わせていなくてな」
質問を継いだのはクロウで、その問に答えたのは衛兵長であった。彼は沈痛な面持ちで背後の建物を見遣りながらそう言った。
「度重なる竜の襲撃によってこの町は壊滅的と言っていいほどの打撃を受けました……。 正直今日の襲撃で終わりだと思っていたんです……」
そう語る若い衛兵の鎧はボロボロで、今にも砕けてしまいそうなほど消耗していた。街を守るために、数少ない戦力でこれまで戦い続けてきたのだろう。
「衛兵長、彼らに今この村に起こっていることを説明して手を貸してもらえばいいのでは……?」
「それは……」
若い衛兵は小さな声で衛兵長に提案するも、彼は渋ったような表情を浮かべるだけであった。
「この村に起こってること、あの竜の大群が関係しているんだね?」
二人の会話から大体の予想をつけたクロウが確認のために尋ねた。
「あ、あぁ……。この街、南の果ての町ジギルは四方獣の一角、氷雪竜ラヴィーネの群れに侵攻されているんだ……」
「四方獣……」
それは確か東西南北の果てにある山脈に生息しているという、世界最強のモンスターの一角だったはすだ。
「その竜を倒せっつーことか?」
「…………そうなるな。さっきまでの戦いを見ての通り、衛兵だけでは村を守ることさえ叶わないんだ……」
衛兵長は両の拳を握りしめ、俯きながら呟くように言った。
「どうする、シュウト君?」
愁翔は情に流されないように注意しながら考える。
竜の住処である山脈に足を運べば間違いなく先程まで村に押し寄せてきていた大群よりも多くの竜が待ち受けているだろう。そうなったら今回のように全員無傷で戦いを終えられる可能性はかなり低くなる。
「……竜たちはまた襲ってくると思うか?」
「今回の襲撃は三度撃退して疲弊しきったところを再び襲われたんだ。次があってもおかしくはない……」
「なるほどな……」
村に滞在して情報を集めた後に北へ向かう、という愁翔の計画もこれではままならない。
何度も大群と戦いを繰り広げるよりは巣を叩いてしまった方が精神的疲弊は少ないかもしれない。
ただ、巣を叩くということは大群だけではなく、四方獣の一角であるラヴィーネを相手にしなければならないのだ。
世界規模で語られているほどのモンスターなのだから、他の竜とは比べ物にならない力を秘めているのだろう。
「俺たちは……」
愁翔の次の言葉を、この場の全員が息を飲んで待つ。その答えによって一行と村の運命が決まる。
「ラヴィーネを討つ……!」
「「!!」」
その言葉に衛兵長を初めとする衛兵たちは目を見開いて驚き、クロウ達は小さな笑みをその顔に浮かべていた。
「異存はあるか……?」
「てめぇが決めたんだ。オレなんかよりよっぽど考えての事だろ。問題ねぇよ」
「そうですね! 村を守る事になるんですから頑張りましょう!」
「まだモンスターと戦うのは怖いけど……。しゅ、黒井さんが決めたことなら……」
「さぁ衛兵長さん。ボクたち全員の意思は合致したみたいだよ」
「すまない……本当に恩に着る……」
衛兵長は打ち震えながら愁翔たちに頭を下げた。
ボロボロの衛兵たちを率いて三度の進行を耐え続けた彼の精神は、もう完全に消耗していたはずだ。
そこにこの世界で伝説的な存在と類似する愁翔たちが訪れて救ってくれるというのだから震えるほど安心したのだろう。
「それで、具体的にはどうするのかな?」
不破はラヴィーネを討つ具体的な作戦を衛兵長と愁翔に向けて問うた。
「戦い自体は俺たちに任せてくれればいいんだが、異世界から来た俺たちにはこのあたりの、と言うより世界の地形が全く分からない」
「それなら私たちの中で負傷の少ない衛兵が共についていく。流石に全てを任せるわけにはいかないからな」
「なら頼む」
愁翔と衛兵長によって討伐計画の大まかな概要が決定した。あと必要なのは敵の情報だ。
「大体の竜の数、地形、頭であるラヴィーネの力。あと必要なのはそんな所か……」
「あぁ、それも話さなければならないが……」
衛兵長は愁翔の問いかけに答えようとしたものの言葉を濁して周囲を見渡し始めた。
「一旦休憩、かな?」
クロウが周囲の衛兵達の顔色を窺ってそう尋ねる。
「そうしてくれると助かる……。竜との戦いで疲弊して、大怪我を負った者もいるんだ。もちろんお前たちの衣食住はこちらが保証する」
「あぁ、恩に着る」
だいぶやらなければならないことは増えたものの、当初の目的通り村での衣食住を得ることが出来たのだから良しとしよう。