第13話 ~竜の群れ~
優しく吹き込む風が頬を撫でた事で、愁翔は地上に移動できたことを知覚する。辺りは先ほどの丘とは全く異なった大草原であった。
風に吹かれることによって倒れたり起き上がったりを繰り返す背の高い草。景色の中に溶け込むように草食恐竜のような巨大な生き物が闊歩している。
高天に輝く太陽の円周には魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。
やはりここは現実世界とは全く別の、異世界というものなのだろうか。
「大丈夫かい、シュウト君?」
その声で顔を上げた愁翔の前には、クロウの手が差し伸べられていた。愁翔はそれを取って立ち上がる。
「あぁ、灰葉がいなかったら危なかったかもしれない……」
「あ? オレじゃなくてもあのぐらいなんとか出来ただろ。コイツでも、お前でも」
灰葉は愁翔と音無に目を遣ってそんなことを言った。
「鋭くん、謙遜してるの?」
「バッ……! ンなわけねぇだろ!」
不破の言ったことを灰葉が即否定する。彼は天邪鬼なのだろうか。
「さて、皆さん無事に地上にこれたことですし、南端の村を目指しますか」
「そうだね。まぁ南端と言ってもここから少し北上したところにあるんだけどね」
「南の果てにある訳じゃないんだな」
「うん、東西南北の果てには山があるんだよ。その中の南、山から一番近い村を南端ってことにしてるんだ」
四方を山々に囲まれた、閉ざされた世界。
それがこの世界の全てであり、その先はこの世界の先人ですら目にしたことがない。
愁翔たちは北の果てにある【最果ての大門】、さらにその外側を目指している。
そこには何かが待ち受けている可能性があり、その先が本当に現実世界と繋がっているのかは分からない。
しかし現状ではそこへ向かうしか現実世界に戻る手立てはないように思われる。
「では、行きましょうか!」
本郷の一声を合図に、一行は南端の村がある方角へと歩みを進め始めた。
浮島でクロウが言っていたとおり、一行が降り立った南の地は、発生するモンスターが浮島よりも弱く、愁翔が魔法を使うまでもなかった。
「あとどれくらいだ?」
「う~ん……僕もそこまで詳しくは分からないんだよね……」
「まぁ歩いてきゃそのうち着くだろ」
歩き始めて早一時間程、未だに村は見えてこない。
そんな時、愁翔達の頭上を何か巨大なものが通り過ぎ、真下の彼らに影を落としていった。
「「!!??」」
全員が咄嗟に上空を仰ぐ。しかし真上には何の姿も捉えられなかった。ただ前方には飛び去っていく水色の竜が見て取れた。
「ドラゴン……!」
「そうだね、南の群れの一体だ」
本郷がただでさえ大きい両目を見開いて驚愕する。
すると再び影が愁翔たちの頭上を飛び去っていく。それも一匹や二匹ではない、大群と呼んで差し支えない程の数だ。
「おい、これってやべぇんじゃねぇのか……」
「もしかして……村が、襲われてる……?」
灰葉と音無が竜の大群をその瞳に映しながら憶測を口からこぼした。
確かこの先には一行が向かっている村があるはずだ。大群が向かっている進路上にぴったりと重なる。ということは音無が呟いた通りの事態に陥っている可能性が高い。
「どうする、シュウト君……?」
クロウの言葉を皮切りに、全員の視線が愁翔に注がれる。これからの行動について、愁翔に指示を仰いでいるのだろう。
しかしどうするべきか。あの竜たちが備えている力の程が不明な以上、迂闊に戦闘に入ることは避けた方がいいのかもしれない。
「クロウ。 南の果ての村の他に、この地方に村のような集落はあるのか?」
「あるにはあるけど……かなり遠くなると思うよ」
そうなるとこれから向かう村を逃すのは得策ではない。いくらモンスターが弱い南の地であったとしても、二日連続でと野宿するのは精神的に堪えるはずだ。だったら少し無理をしてでも竜を撃退して村で休めた方が良い。
「……行こう。この先の村を救う……!」
その言葉と共に、一行は竜の飛び去っていった方向に走り出した。
五分程走り続けたところでようやく村の門が見えてきた。外観は村というよりは要塞のようであった。
円形の外壁は分厚そうな岩石で構成されており五、六メートルはある。しかしその城壁も空を翔る飛竜には何の障害にもなっていない。
「あの竜、一個体の備えてる力がわからない。まずは全員で一体だ」
村の門を潜った瞬間、愁翔の指示が飛ぶ。それと同時に、眼前に竜と戦う衛兵の姿が写り込んだ。竜は今にもその鉤爪を衛兵に振り下ろそうとしていた。
「【咆哮】」
魔法を放とうと思考した愁翔の背後で、クロウが一言呟く。
それは魔法名で、直後に魔法が発動する。
鉄をノコギリで切り裂いたような甲高い嫌な音が鳴り響く。愁翔たちも思わず全身に鳥肌を浮かばせた。
それに反応して衛兵に襲いかかろうとしていた竜も動きを止め、こちらに振り返った。
なるほど。今の魔法は対象の敵意をこちらに向けるような効果を持つものだったようだ。
「来い……!」
愁翔が睨めつけながら呟くと、竜は雄叫びを上げながら飛び上がった。そして間を置かず、愁翔に向かって滑空してきた。
「!!」
瞬き一回程度の一瞬の間に間合いは飛ばされ、愁翔の身体が上空に吹き飛ばされた、かのように思われたが―――
『グォッ!』
愁翔を吹き飛ばしたように見えた竜の背から燐片と、赤々とした鮮血が飛び散った。
対して愁翔は両手に剣を携えて宙を舞っている。彼はあの一瞬で二本の剣を【想造】し、刹那の滑空を回避しつつ竜の背を切り裂いたのだ。
『ギャオォォォ!!!』
背に受けた一撃に激昂した竜はすぐさま振り返り、再び愁翔に突っ込んでいった。空中に投げ出された形の愁翔にはこの突進は回避できない。
「……」
愁翔は向かってくる竜を見て両手の剣を消した。そして空を見上げて紡ぐ。
「【光線】」
刹那、愁翔の頭上に発生した小さな魔法陣から一本の細い閃光が放たれ、竜の翼を貫く。
その一撃によって空での有利を奪われた竜は墜落し、地面に叩きつけられた。
「ッッ!!」
直後、ザッッという鋭い音と共に堕ちた竜の元に何かの影が飛来した。
それは槍を持って着地した愁翔で、手に持つ大槍は地に伏す竜に深々と突き刺さっていた。
「な、何なんだ……。お前たち、何者だ!?」
愁翔の戦いぶりに圧倒されつつも衛兵が口を開いた。
「そんな話してる暇ねぇんじゃねぇか?」
「そうです! 少なくとも私達は敵じゃないんです! この騒動が終わったら全部説明しますから!」
灰葉と本郷が衛兵を宥めると、村の中心の方から竜の雄叫びと人間の叫び声が飛んできた。
「この戦いの中心はこの奥か?」
「あ、あぁ……。衛兵長と十数人の兵達が竜の軍勢と戦っている……」
「分かった」
その返答を聞いた愁翔は一行に振り返って再び言葉を継ぐ。
「あの竜一体の力はそれほどでもない。お前たちの力があればそうそうやられることは無いはず。だから村の中央についたら散開して各個撃破だ」