第12話 ~誰かの記憶~
愁翔は夢を見ていた。
ただそれは、彼の記憶の中には無い、他の誰かの視点のように思えた。
この視点の持ち主は崖の上から広大な草原を見渡している。
そこには草食恐竜のような大型の生き物がおり、空には羽ばたく翼竜が飛び回っていた。きっと愁翔が今いる世界のものであろう。
「やっと出来た……。ついに完成した!!」
勝手にそんなことが愁翔の口をついた。いや、これは愁翔ではない誰かの視点を借りて記憶を追体験しているのではないだろうか。
「見ろよ、この風景……」
その人物が眼下の草原から目線を背後に移すと、そこには一組の男女がこちらを見て微笑んでいた。
女性の方は艶やかな黒髪を腰あたりまで伸ばしており、それが吹き付けるそよ風によってふわふわと揺れている。男の方はどこか異国風の顔立ちに藍色の髪と空色の瞳を持つ美青年であった。
「本当に完成させたんですね……!」
「ついにやったのね……」
「あぁ、やっと念願が叶ったんだ、祝杯でもあげようぜ!」
愁翔が視点を借りている男は左手にワインの瓶を、右手に人数分のグラスを【想造】して目の前の男女に渡した。
「想いが現実になる世界……ね」
「そんな誰もが憧れる世界がここなんですね……」
二人はグラスにワインを注いでもらいながら風にそよぐ大草原に目を遣っていた。
「あぁ……。けどまだこの世界を公にするわけにはいかない。これから俺達でこの世界を調べて回るんだ」
「たった三人でこの世界を……ですか?」
「無謀ね……」
否定的な口調とは裏腹に、二人の口元は綻んでいた。これから始まる旅に、夢と希望で胸を膨らませているようだ。
「さぁ、まずは祝杯だ!」
愁翔が視点を借りている男の掛け声により、三人は高らかにグラスを掲げてぶつけ合わせた。
◆◆◆
「……さん、……さん!」
頭に誰かの呼び声が響いている。まだ愁翔の意識は現実とまどろみの間を漂っていた。
「黒井さん!」
愁翔はその声が自分を呼ぶものだと理解し、完全に目を覚ました。
すると眼前にはこちらの肩を揺する本郷の姿が映り、彼女は愁翔が目を覚ましたことを確認して再び声をかけてきた。
「黒井さん、朝ですよ」
小さな笑みをたたえた本郷は他の四人を背に、優しく囁くように言った。
「あぁ……悪い。俺が最後か」
愁翔は頭を掻きながら申し訳なさ気に身体を起こした。
「いえ、昨日一番戦ってたのは黒井さんじゃないですか! 疲れてしまっていたんですよ」
本郷は明るい笑顔でそう言いつつ、座ったままの愁翔に手を差し伸べてきた。愁翔はその手を取って立ち上がった。
愁翔は目を覚まして思い出す。ここは現実世界とは大きく異なる異世界であるということを。
「そう……か」
「さぁ、シュウト君も起きたことだし行こうか。地上へ」
クロウは洞窟の出入口から差し込む陽光を背にしながらそう言った。
昨夜クロウと話し合って決定した地上へ降りる計画。そしてその行く末にある黒い影。その事はまだ他の四人には伏せておくことにしてある。
「あぁ」
愁翔が一歩踏み出すと他の五人もそれに次いで洞窟の外へと向かった。
クロウの言った通り洞窟の真裏、小高い丘の上に扉は確かに存在していた。
丘の上にぽつんと建っている石の門は、風化して苔むしているため、人工物であるというのに大自然の背景に紛れ込んでいた。
「あれが昨日言ってた門ってやつか」
「そうだよ。あれに入れば浮島から脱出できるはずだよ」
歩みを進めつつ灰葉とクロウが言葉を交わす。
扉部分が半分崩壊した門の内側には黒々とした何かが広がっていた。それは少し不気味で、本郷や音無は唾を飲み下しているようであった。
あれに入るのは少し勇気がいりそうだ、と考えつつ門に近づいていくと周囲を敵意のようなものが湧き上がり始めた。
敵意は零と一の数列として次々と集結していく。
つまりそれはモンスターの発生を表す。それも一匹や二匹ではない。まるで愁翔たちの行く手を阻むために故意に発生させられたかのようだ。
「迷ってる暇、ねぇみてぇだな……」
「全員、走れ……!!」
愁翔の指示が届いた瞬間、いやそれとほぼ同時に全員が門に向かって駆け出した。
「なりふり構わず門についたら待たずに入るんだ!」
まず本郷と不破が門にたどり着き、中へ吸い込まれるように突入する。
その後はクロウ、灰葉、愁翔、音無の順になっているがクロウより後ろはモンスターの出現より先に門にたどり着くことは出来ないだろう。
「チッ……。クロウ、先行け。何とかする」
灰葉が周囲に集まっていく数列を睨みつけながら吐き捨てるように言った。
クロウは小さく頷き、それ以降振り返ることなく門に突っ込んでいった。
ほぼそれと同時に数列だった塊がモンスターとしての形を成す。
オーク、オーガ、ゴブリン、リザードマン。多種多様なモンスターが愁翔達を取り囲んでいる。
「俺が合図したら飛べ。走りながら前へだ」
「何するつもりだ……?」
「ンなこと話してる暇ねぇよ」
愁翔の問の直後、発生して自由になったモンスター達が押し寄せ始めた。
「…………!!」
モンスターとの距離があと一歩程度になった瞬間、灰葉が吠えた。
「飛べッッッ!!」
同時、愁翔は音無の手を引いて跳躍した。灰葉に言われた通り上ではなく前へ。
「らぁッッッ!!」
愁翔達の足が地面から離れた瞬間、灰葉が地を蹴った。
文字通り足の裏で地面を叩き潰すかのような威力で踏み込んだのだ。
すると地面に、いや丘全体に大規模な亀裂が走った。次いで衝撃波が愁翔達の足元を駆け抜ける。
それによって押し寄せてきたモンスターが同心円状に吹き飛び、門までの道が開かれた。
「行くぞ、音無!」
愁翔は着地と同時に前への推進力を利用して、その勢いのまま門へと駆け出した。手をつないだままの音無の身体も自然とそちらに引き寄せられる。
対して灰葉は地を踏みつけた方の足の力を前へ進む推進力へと変換し、一瞬にして愁翔達に追い付き、三人同時に門を潜った。
「ッッ!!」
極彩色の数列が飛び交う歪みの中で、浮遊だか落下だか分からないの不思議な感覚が数秒続いた後、辺りの景色が一変する。