第11話 ~目指すべき場所~
六人はモンスターと遭遇することなく洞窟へとたどり着くことが出来た。その途中で音無は目を覚まし、愁翔の腕の中から急いで降りて自分の足で洞窟まで向かった。
「さて……まずは自己紹介からしようか。お互いに名前もわからない状態じゃ面倒だしね」
クロウは手近な岩に腰かけて言葉を継ぐ。
「ボクはクロウ・ロードライト。この世界の住人だとは思うんだけど、記憶の殆どが失われてるんだ。まぁ生き方だけは忘れない典型的な記憶喪失だね」
金髪金眼のクロウは小さな笑みを浮かべながら自分の事を説明した。自己紹介と言えるほどの個人情報は開示されなかったが、本人の記憶が無いのだから仕方が無い。
「僕は不破 優。現実世界では十八歳でバイトに明け暮れる高校三年生。なんでこんな世界にいるのかが全然わからないんだけど……」
不破 優と名乗る茶髪の青年は優しげな顔で眉尻を下げながらそう言った。
「オレは灰葉鋭。高二で学校にはあんま行ってねぇな」
洞窟の壁に寄りかかり、短めのくすんだ金髪を掻きながらぶっきらぼうに答えたのは灰葉 鋭という少年だ。
「私は本郷架蓮です!高校二年生で、書店でアルバイトしています!」
本郷は元気にそう言うと、ぺこりとお辞儀をして隣の音無に目を向けた。
「わ、私は音無(音無)心咲って言います……。高校二年生で……少し体が悪いので病院に通っています……」
「だ、大丈夫なんですか!?」
「うん、この世界に来てからは全然何ともないよ。まるで病気が無くなっちゃったみたいに調子がいいんだ」
本郷の心配を笑顔で否定して、音無はゆっくりと愁翔に目を向けた。
「さぁ、最後はシュウト君だよ」
クロウの言葉で彼を含む五人の視線が愁翔へと集中する。愁翔はその視線に答えるべく口を開く。
「俺は黒井愁翔。高校二年生で訳あって学校には行ってない。この世界に来た理由には全く心当たりがないんだが、クロウ以外のここにいる四人とは十三日にあの大型書店で会っている。それが何らかの理由に繋がっていると俺は思ってるんが……」
愁翔は自己紹介を手早く終わらせると、自分たちがこの世界にいる理由を検討し始めた。
「そんなことがあったの?」
「その日、私は黒井さんと会いましたけど……他の人とは初対面です」
この世界の住人であろうクロウは愁翔の言葉について本郷に問いかけていた。だが本郷もそれには答えられない。何故なら四人全員と関わっているのは愁翔だけなのだから。
「灰葉と不破は書店の外の広場、本郷は書店で会ってその後ある漫画家のサイン会に参加した。音無はフードコートで会って少し話をしただけ。だから四人全員と会ったのは俺だけってことになるな」
「そういうことですか! そうするとここにいる皆さんは、あの日あの場所を訪れていたってことになりますね……」
「けどそれだけでなんでこんな世界に来ることになんだよ?」
灰葉が二人の推測を一言で断ち切る。確かにたったそれだけの共通点では何の根拠にもなりはしない。
「だったら他に何か共通点があるんじゃないかな?」
「他に……全員高校生、は理由にはならなそうですよね……」
「未成年ってのも関係ねぇだろうな……」
不破の提案でこの場の面々が理由を探り始める。いくつかの共通点が挙げられたがどれもぱっとしないものであった。
愁翔が思い付いた、というよりは引っかかった点は愁翔を含める全員が現役高校生であるのに平日にあの場所にいたということだ。
愁翔は寿命のため、もう学校に通う意味は無いと割り切って学校に行っていないからあの場所にいた。
音無は通院していると言っていたのだから病院の帰りだったのか休学中ということだろう。
灰葉は見るからに不良という感じで、学校をサボっていたのではないだろうか。
しかし本郷と不破については良く分からない。学校で問題を抱えているわけでもなさそうだし、身体が悪いようにも見えない。
こうまとめてみると余計に分からなくなってきた。共通点など殆ど無いではないか。
だから愁翔はこの考えを口に出さず心の奥底に押しとどめた。
「考えてても仕方ねぇんじゃねぇか、この状況じゃよ……」
「でも考える以外にどうやってこの状況を打開するんですか?」
「最悪この世界から戻れないってこともあるんじゃ……」
「そんな……!」
音無の最悪の推測に本郷が顔色を変えて言葉を失う。
致命的なまでの情報不足では本当にそうなりかねない。だが現状ある情報以外に現実世界に戻る方法を探ることは不可能だ。
「け、けど何とかしてこの世界でも生きれるようにならないと……」
「ユウ君の言う通りだね。そのためにはこの浮島から降りないと」
「浮島?」
「うん、ここはこの世界の中でもイレギュラーな存在みたいなんだ。地上から離れた空にあり、世界から隔絶された場所になってる。さっき外縁部から遥か下に地上が見えたでしょ?」
聞き返した灰葉に対してクロウが丁寧に説明する。
「ここから降りるって言ってもどうやって降りるんだ? 浮島なら飛び降りることは出来ないし、この高さじゃ崖を伝って降りるなんてことも出来ないだろ」
「大丈夫だよ。ボクがシュウト君と出会う前に見つけたんだけど、この裏の丘の頂上に朽ち果てた扉があったんだ。 きっとそれがこの浮島から下へ降りるための手段だと思うよ」
「それで、降りてからどうするってんだ? 目的がねぇんじゃ降りる意味もねぇだろ」
灰葉はクロウの提案を追求する。これまでの言動から、彼は見た目や態度に反して物事を深く考えて行動しているようだ。
「地上には国があって、所々に村だってある。だからまずはそこを目指すんだ」
「衣食住の確保と身の安全、それに情報も集められるな」
愁翔は地上に降りてからの流れを聞いて、その意見に賛成した。
「住民が全くいないこの浮島は、君たちを召喚するためだけにある場所だとボクは推測したんだけど……」
「なるほどな……とにかくここから降りないとどうにもならねぇってことか」
「そうだね、じゃあ早く降りた方が……」
「いいや、ダメだ。今は夜で視界が悪い。こんな状況で知らない土地を進むなんて危険すぎる……」
「その通りだね。 さっきからモンスターも発生しないし、ここは安全地帯になってるみたいだ。 ここなら安全に夜を明かすことが出来ると思うよ」
愁翔とクロウの言葉に納得した一行は頷きを返し、ここにとどまる準備を始めた。
◆◆◆
もしもの場合を考え、交替制で見張りを二人、就寝する者を四人として休むことになった。まず初めの見張りは愁翔とクロウが引き受け、他の四人を休ませることにした。
「シュウト君、入口を開けておくのはあまり得策じゃない。魔法で閉じておくよ」
「あぁ、頼む」
モンスターが発生する場所へと通じる道を開いておく意味は無いだろう。
クロウは単文魔法を詠唱して、通路を巨大な氷塊で埋め尽くした。これでもうモンスターが簡単にこの洞窟に侵入することは出来ないはずだ。
「さて、交替まではあと二時間近くある。これからの方針を話しておこうか」
クロウは氷塊の横の壁に寄りかかり腰を下ろした。愁翔もそれを見て彼の隣に座り込む。
「降りたらまず国や村を目指すってことだったよな」
「うん、でもボクには最終的に目指すべき場所に心当たりがあるんだ」
そう言ってクロウは何かを【想造】して地面へと落とした。ふわりと柔らかな落下を経て愁翔の目に映ったものは――
「地図……?」
「そう、この世界の地図だよ。そしてこれが目指すべき場所だと僕は考えている」
羊皮紙で形作られた正方形の地図の最上部、地図でいえば最北端の一点を指差して真剣な声でそう言った。
「何なんだそこは?」
「これは【最果ての大門】。この世界は四方に聳える山脈によって閉ざされているんだ。 けれど北の果てには山脈の先に東西を走る長大な岩壁があって、そこにだけ巨大な門があるんだ」
「……そこが現実に戻る門、かも知れないってことか?」
「そういう事だね。この世界の歴史上あの門は一度も開かれたことがない。言ってしまえばこの世界の住人ですらその先を見たことがない……。どういうことか分かるかい?」
クロウは声色を変えて鋭い目付きでそう問うてきた。
これまで誰も先を見たことがないということは誰も開くことが出来なかった、ひいては誰も辿り着けなかったということではないのだろうか。
「強力なモンスターが守護している……とかか?」
「そのあたりの記憶は少し曖昧なんだけど、多分そうだと思うんだ。この世界の住人では太刀打ち出来ない何かがあの場所にいる……」
「辿りついたとしてもそれに勝てなければ……」
この世界から出ることが出来ない。それどころか殺されて終わりという可能性もある。
「……まぁ、それはいつになるか分からないことだしまずは目先のことを考えておいた方がいいかもしれないね」
沈痛な雰囲気となってしまったのを察したのか、クロウはいつもの軽い声音で話題を切り替えた。
「国や村に着いたら具体的にどうするんだ?情報は何が必要なんだ?」
「この世界の今の情勢かな。僕の記憶はあくまでこの世界の歴史、現在のことはてんで分からない。どこの国が栄えててどこの国が衰退してるかで村から移動する際に向かう場所が変わってくるしね」
なるほど、よく考えている。もしクロウがいなければこうもスムーズに進むことは出来なかったはずだ。
「けど何でこの話を全員の前でしなかったんだ?」
「みんな普通に見えるけど相当の疲れてたんだよ。特にコサキちゃんは直近の計画を伝えた時点でピークだったよ」
全く気付く事が出来なかった。
愁翔は先に進むことばかりを考えていて一行の状態など確認もしていなかったのだ。
「……悪いな、色々気を遣わせて……」
「いいよ、君たちはこの世界に来たばかりで混乱してるはずなんだから。みんなよりはこの世界のことを分かってるボクが何とかしないと」
クロウは口許を綻ばせながらそう言い、眼下の地図を爪で叩いた。すると地図が零と一の羅列と化して消えていった。
「……消滅の際に生じる数字、この世界ではどんな扱いなんだ?」
現実世界での零と一は単に数字か、コンピュータのプログラムを構成する数列のようなものだ。
「気にもしなかったなぁ……。これは万物の根源みたいなものなんだよ。だからモンスターが発生する時にも集まるし【想造】の時も集まる」
万物の根源、ということはこの世界はプログラミングされた電子の世界なのだろうか。
アニメや漫画ので良くモチーフにされる異世界とは少し違う点がある。こういう世界が異世界と言われてしまえばそれまでだが、どうも違和感があるのだ。
「俺達がいた世界にはあんな数字が現実に現れることはなかったし、【想造】や魔法もなかった。それに世界に果てはなく、一周してるんだ」
「完全に概念が違う世界だったんだね」
「だけど現実世界には物語として剣や魔法、モンスターが語られていた。あくまでも娯楽物だったが知識として多くの人間が知っていたんだ」
「だからシュウト君はモンスターの知識があって、【想造】や魔法も最初から使えたんだね」
「まぁ俺は少し特別かもしれないけどな」
愁翔は学校に行かずに時間潰しとして多数のゲームや漫画に触れてきた。そのため一般人よりファンタジー世界の知識を無駄に蓄えている。
ただ、今となってはその知識によってこの世界で生きていられるのだから不思議なものだ。
寿命を言い訳にドロップアウトして死を待つのみだったが、その先で娯楽が生きるために役に立っているのだから笑えてくる。
「俺以外の四人もすぐこの世界に適応してたんだから少しはそういう物語に触れてきていたんじゃないか?」
「そう……だね。コサキちゃんとカレンちゃんはそうだと思うけど、エイ君とユウ君は少し違うと思うな」
愁翔は現実世界での知識を活かして武器や魔法両方を駆使して戦うが、音無はモンスターを召喚し、本郷は伝説の武器を【想造】して戦っていた。
「音無はモンスターを召喚しているのか?」
「そうだね、召喚はなかなか使い手がいない珍しい魔法だよ。それも四文魔法級の大型モンスターを無詠唱。信じられないよ全く……」
クロウは関心を通り越して呆れたように苦笑いを浮かべて溜め息をついていた。
「四文……」
愁翔が使用できたのが三文、それを上回る四文に匹敵するモンスターを音無は無詠唱でいとも簡単に召喚した。
愁翔でも三文以上の魔法は使おうとは思えない。それは三文目を紡いだ時点からあの不気味な感覚に陥るからだ。
あれは魔法を使う者であるならば、三文を越えようとする者ならば誰でも陥る感覚なのだろうか。だがあの感覚を越えることは今の自分には出来そうにないと愁翔は思っていた。
「四文魔法を使えるのはこの世界にも数えるほどしかいない大魔導士だけだよ」
「何でそんな力を……」
「さぁ、現実世界でモンスターについてのお話が好きだったりしたんじゃない? 自分の中でのイメージが強力であればあるほど、その力は飛躍的に上昇するんだ」
クロウは眠っている音無の方に目を向けてそんなことを口にした。
音無が、モンスターが出てくる物語を読んでいるところなど想像出来ない。
彼女は御伽話を、キラキラしながら読んでいるような印象しかないのだ。しかしNIGHTMAREを読んでいる以上、そのようなジャンルを読んでいてもおかしくはないのか、とも思う。
そんなことを考えて音無を見ていると、視界の端に、壁に寄りかかって目を瞑っている灰葉と不破の姿が映り込んだ。
「他の二人は何が違うんだ?」
「えーとね、ユウ君はきっと何かを守りたいっていう意思が強いんだ。それが守るというイメージの象徴である盾として創造されているんだと思う。エイ君は多分……何にも考えてないよ」
「は?何も考えてない……?それであんな戦いができるのか?」
愁翔は予想外の答えにガクッと肩を落としてしまった。
「強いていえば思い込み、かな? 多分彼は自分の拳に圧倒的な自信を持って戦ってるから、その力が倍増するって感じだと思うよ」
「そ、そんなことでオーガを吹き飛ばしてたり、巨竜の顔を蹴り飛ばしてたのかよ……」
愁翔は先程の灰葉の戦いぶりを思い返して戦慄していた。思い込みであれほどの力が出せるのか。
「まぁ普通の神経の人間じゃあんなこと出来ないよ。深層心理のどこかで絶対に拳じゃかなわないと思ってあんな威力にはならない」
「なるほどな……」
愁翔は彼らそれぞれの能力の違いを理解して小さく頷いた。
それからクロウと見張りを続け、交代の時間がやってきたため本郷と灰葉を起こした。
二人には先程愁翔とクロウがやっていたように入口に座ってもらい、見張りを任せて就寝することにした。