#00 はじめに
人が生きていく上で、「どう生きるか」というテーマは時代と場所を問わず普遍的だと僕は思う。
「どう死ぬか」を考えることは、「どう生きるか」を考えることと同じだし、死ぬその時を考えられない者でも、目の前にある生を考えない者はいないのではないか。
その深度と、楽観と悲観の天秤は、時代や場所によって変わるものだろうけれど。
この惑星に生きている者たちはどうだろうか。
人類が自恒星系を飛び出す技術を獲得し、他恒星系惑星への植民を開始して既に幾世紀がすぎた。
新たな植民先のひとつだったこの惑星も、最初の移民船団が辿り着いて約200年が経つ。
宇宙へと繋がった港には、故郷で成し得なかった野望の実現を夢見る野心家や、新たな惑星で人生の再出発を果たそうとする者、中には過去の一切から逃げるようにこの惑星に辿り着いた前科者もいるだろう、とにかくありとあらゆる人間が降り立った。
それぞれの目指す未来へと向かうために。
どのような人間でも受け入れるだけの余地と勢いが、植民惑星には確かに存在したし、それは現在でも変わらない。
時代とともに港は街の一部となり、街はさらに人を飲み込んで都市が築かれていった。
多くの人が行き交う街はエネルギーに溢れ、混沌とした活気を生み、そうとなればと、そこで商売が営まれるのは、それはもう、脈々と続く人類社会の根源というものなのかもしれない。
両替商、金貸し、雑貨店、劇場、売春宿、賭博場……そして、酒場。
僕は、港湾都市として発展したこの街の繁華街のはずれで、たいして大きくもない酒場を営んでいる。
酒場という場所には、この惑星で生まれた者も、この惑星に辿り着いた者も、得体の知れない者さえも、誰彼構わず分別なく集う。
それはまるで、港町の有り様みたいに。
そんな酒場の店主として日々を過ごすうち、僕は少し、記録してみたくなったのだ。
僕の店を訪れるなんとも興味深い客達との時間を、僕の店を訪れる客達の、この惑星で過ごす人生のひと幕を。
名もなき人生の記録を。
結局のところ皆、人生という時間を懸命に生きながら、考えている。
この惑星で「どう生きるか」ということを。
それはきっと、母星の地面の上だけで過ごしていた時代の人々と、さして変わりがないのかもしれない。
とは言え、僕も彼らも、過ごす日々はいつも通りで。
酒場は酒を出し、客は酒を飲み、時に語り合って過ごすだけだ。
とある植民惑星の、とある港湾都市の、とある小さな酒場の、何てことのないいつも通りの日常を、これから少し書き残していこうと思う。
もちろんここは酒場なのだから、当店の酒棚に並ぶお酒を紹介しがてら。
この記録をいつまで続けるのかも分からないし、実際、僕も気の向いた時に書くだけだろうから、皆さんも気の向いたときに読みに来てくれたら良いと思う。
僕の店に集う名もなき人たちの人生が、僕が書き記すことで何処かの誰かの記憶に残ったなら、それだけで僕は充分に嬉しい。