早くもライバル(勝手にこっちが思ってるだけ)との勝負のようです
一番にゲートをくぐり抜けた僕は、ほうきから降りて、ゆっくりと待機室に向かう。
僕の周りに、取材の人が群がる。その先に、リーザが待っている。
リーザと目が合う。
僕は無言で手を掲げ――リーザと、ばちんと右手を合わせた。
二人で決めていた勝利の儀式。――ふっ。決まった。
リーザと目が合って、思わず笑い合ってしまう。まぁ、レース前からそんなことを考えているくらいだから、余裕はあったのかな。
もともとみんなが初めてのレースである新人戦と違って、今回はみんなレース経験済み。それはつまり、他の選手たちが以前に参加したレースの飛び方やタイムが残っているということで。それが参考になるから、ある程度実力差は分かりやすい。
レースの展開や相手関係もあるので純粋な力関係は図りにくいけれど、僕は今日のレースで飛んだ精霊の中では一番タイムが速かったので、前評判は結構高い方だった。
だから勝って嬉しいと言うより、ほっとした、という方が強いかな。
それでも後になってから、どんどん嬉しい気持ちが植えていくんだろうな。むふふ。
ちなみに、前評判というものはあっても、エルハローネは僕の知っている競馬や競輪のようなギャンブルではない。原則賭け事は禁止なのである。もしこれがリーザのためだけじゃなくて、他の人のお金までかかっているのなら、とてもそのプレッシャーに耐えられない。もっとも、こっそり賭け事にしている人はいるみたいだけれど、そこまでは責任持てないよね。
無事検査が終わって、僕の一位が正式に確定した。
こうやって精霊でも読めるボードの一番上に、僕の名前が記されているのを見たら、改めて感動してしまった。
レースが確定するとともに、勝者の僕の元には、テレビの人とか雑誌の記者の人とかが、取材しようと群がってきた。新人戦のときは、その光景を片隅で見ながら悔しくて泣いていたけれど、今日は僕が主役。
とはいえ、負けた人の気持ちも分かるので、あくまで喜びは控えめにね。
「おめでとうございます。強かったですね」
「まぁ、運が良かったです」
僕と並ぶようにして取材を受けているリーザもそれが分かっているようで、インタビュアーの言葉に控えめに答える。
「トキヒサ選手は、どのあたりで勝利を確信しましたか?」
「いえ。最後まで気が抜けませんでした」
今度は僕が答える。これは嘘じゃない。スピードは出ていたし、抜かれる気もなかったけれど、それでもゴールリングをくぐるまでは不安もあった。
「ところで、その可愛らしい容姿で一部のファンに人気のトキヒサ選手ですが、男、というのは本当なのでしょうか?」
がくっ。
思わずこけそうになる。ってなんなんだー、今の質問っ! し、しかも、一部のファンに人気……って。
「えぇ。男の子です。確認しましたから」
リーザがしれっと答える。
ええ。ちゃんと確認されましたよ。こう、むにーっとね。
あまりに大胆な行為で驚いちゃったけれど、リーザにとってはペットの性別を確認するくらいのイメージなんだろう。ちょっと残念。
でもそれなら、一緒にお風呂に入ってリーザの裸を見たいところだけれど、それは許してくれないのだ。不公平である!
「さて、これでトキヒサ選手はDランクに昇格したわけですが、次戦はどこを目標にしていますか?」
――とまぁ、僕の心の叫びをさておいて、インタビューは続く。
エルハローネは毎週この世界の各地で行われているけれど、別にすべてのレースに出なくちゃいけないわけではない。一年間全くレースに出なくてもいいし、逆に40~50戦くらい参加しても問題ない。
けれどレースに出場しなければ、ただ精霊の登録料だけ払っているだけで損になっちゃうし、かといってレースに出すぎても、疲労がたまって結果が出ず、賞金ゼロで結局赤字、という可能性もある。
どのレースに参加するかは、召喚士の判断次第だね。
ちなみに前にも言ったけれど、レースに勝つとランクが上がる。0勝だった僕は、今日勝ったことで、スタートのEランクから、ひとつ上のDランクになっている。ランクが上がると賞金も注目度も上がるんだけれど、当然ライバルの実力も上がる。しかもランクが上がってしまうと、その下のランクのレースには参加できない。
つまり今日の相手とまた一緒に飛んで圧勝する、ということはできないんだ。
勝ってうれしいんだけれど、今更になって、勝ち続けることによって逆に勝てなくなってしまったらどうしよう、という不安も出てきた。
そんなことを思う僕に変わって、リーザがきっぱりと記者の人に答えた。
「そうですね。一か月後のペンネ賞を予定しています」
その答えに、周りの人が少しどよめいた。――え、なんで?
「ペンネ賞には、新人戦歴代一位のタイムを出した注目の選手も出場予定ですが」
「ええ。もちろん。それを知ったうえでの決断です。勝ち続ければいずれ彼女との対戦になるので、早い方がいいかと思いまして」
にっこりとほほ笑むリーザだけれど、僕の方はその「歴代一位の選手」という言葉が気になってしまう。
そうこうしているうちに、「ありがとうございました」と取材が終わってしまった。
記者の人が去ってから、僕はそっとリーザの元に寄って聞いてみた。
「……ねぇ。歴代一位のタイムを出した新人って、もしかして」
「うん。ユーリカのところの、ミレイユちゃんよ」
……やっぱり。
一度飛ぶところを見ただけで、すごい人だとは思っていたけれど、歴代一位ってのは、さすがに予想を超えている。けれど、僕と同じく一勝しかしていないミレイユも、僕と同じDランクの選手なわけで。
――レースに勝つと相手が強くなる。
改めてその事実を、僕は実感した。
そんな僕に対して、リーザはお気楽に笑って続ける。
「記者にも言ったけれど、いずれ戦う予定なんだし、それにトキヒサだってそこそこ注目の的よ。記者の人も言ってたでしょ」
「う、うん」
――男の娘としてね。
とそんな会話を交わしていると、僕の世界と同じようなスーツを着た若い男性が、リーザに声をかけてきた。
「すみません。少々お時間をいただいても宜しいでしょうか?」
「はい? なんでしょう」
振り返って聞き返すリーザに、男性は名刺みたいなものを渡した。
どうやら、記者の人でも、ただのナンパではないみたい。けれど僕の存在が気になるようで、男性がちらりと僕に視線を向ける。
「その、トキヒサ選手がいる前でする話ではないのですが……」
「あぁ、それもそうね」
何か気になる言い方だったけれど、リーザの方は名刺を見てその理由に納得したみたい。
「それじゃ。トキヒサ。お疲れ様。何だかんだで魔力も結構消耗しているから、次に呼ぶのは少し後になるかもしれないけれど、また頑張ろうねっ」
「えっ、えぇっ――」
僕は不満げな声を上げるけれど、リーザによって強引に還されてしまった。
気づくと、ベッド脇に置いてある目覚まし代わりの携帯が鳴っていた。
☆ ☆ ☆
――結局、あの男の人は何だったんだろう。
リーザに聞いても、「まぁ、そのうち分かるから」とはぐらかされてしまったまま、ペンネ賞に向けての練習が再開された。
気になるけれど、気にし過ぎても仕方ない。次のレースの相手は、あのミレイユなんだ。集中して練習しないと!
そして一か月後。
あっという間に、レースの日を迎えてしまった。