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圧勝!

「さて、本日、第3レース、新人戦の総評に参りましょう。解説は、AⅠレース万年三位の召喚士で今年引退を表明した、ブロンズコレクター、ドロックさんです」

「どうも、ブロンズ大好きのドロックです」

「さて、さっそくレースを振り返りましょう。まずはスタート。新人戦とはいえまずまずのスタートでしたが、一人だけ大きく出遅れましたね」

「あぁ、5番ですな」

「え、5番? えーと彼の名は――」

「いえいえ、名より番号の方が早いので。精霊の名前の中には言いにくいものも多いですし、こっちに統一することにしているのです」

「なるほど。では名前を覚えられないドロックさんに合わせて、解説しましょう。では、その出遅れた5番ですが、やはり初レースということで、緊張した結果ということでしょうか?」

「えー、私にはなぜか謝っているようにも見えましたが」

「しかしその5番が飛ばして、スタート直後には先頭に立ちます。なかなかのスピードですね」

「というより、飛ばしすぎでしょう。本人は気づいていないようですが。遅れを取戻そうと焦って、スピードを出しすぎていますね……って、どうしました?」

「いえ、まじめな解説に戸惑いまして」

「…………」

「気の変わらないうちに続けます。5番が飛ばし縦長な展開になりました。前評判の高かった、1番はぽつんと最後方からとなりましたが」

「ハイペースということもあり様子をうかがっていると思われます。もしくは、よほど後半の追い込みに自信があったのでしょう」

「このままの展開で二周目まで。ゲートを二度くぐったあたりから、先頭の5番の手が震えているようにも見えましたが」

「これはおそらくトイレに行きたくなったのでしょう」

「向こう正面半ばで、三番手に付けていた3番が一気に差をつめます」

「……無視ですか」

「一気に先頭に立つかと思いましたが、5番もスピードを上げて先頭を譲りません」

「やはりトイレに行き――」

「しかし、三コーナー手前で、3番が引き離し先頭に立ちました」

「…………。えと、ハイペースで進んだため、5番には余力がなかったのでしょうな」

「競い勝った3番がそのまま先頭でゴールするのかと思えましたが、直線に入ったところで、後方にいた7番が、いつの間にか、すぅっと二番手に躍り出てきました」

「無駄のないレース運びです。おとなしい顔して、堂々としています。美人顔の精霊ですが、こういうタイプの女に私はどれほどだまされたことか」

「7番はそのまま素晴らしい伸びを見せ、直線半ばであっさりと3番をかわして、見事勝利を挙げました。ブロンズコレクターのドロックさんがおっしゃる通り、憎らしい強さでしたね」

「……まぁ7番の伸びは確かに素晴らしかったですが、先頭の3番がばてて止まった印象も強いですな。早めに仕掛けたせいでしょう。5番をかわすのにもだいぶ力を使っていましたし、前を行く二人にとっては厳しい流れになりましたな」

「しかし注目の1番も、先頭争いとは無縁に後方からレースしたものも、結局5番を交わしきれずに、四着でした」

「しょせんは検定による能力値と召喚士の実力から推測するだけの前評判ですからな。むしろ、今日勝った7番は、まだまだ底を見せておらず、今後の活躍が期待できますな。ええ、憎らしい強さです」

「レースを引っ張った5番は、粘って三着に入り込みました」

「だからトイレ……ではなく、まぁ彼女もそれなりに地力があったってことでしょうな」

「なるほど。あ、ちなみに、5番は『彼女』ではなく、『彼』です」

「――なっ」



   ☆☆☆



 レース後。ゴール下の降り立ったところには、各々の召喚士だけではなく、競技場の関係者や報道の人たちが待ち構えていた。当然そこにはリーザもいて、僕を待ってくれていたんだけれど、僕はそんなリーザから逃げるようにして、無言で控室に向かった。

 控室では、レースで消耗した精霊たちの魔力のチェックなど簡単な検査が行われる。その間にレース関係者がレースに問題がなかったか確認を行い、それが終わってから、正式な順位が決まる。

 僕の順位は三位だった。九人中三位。思ったよりは悪くないんだろうけれど、ただただ悔しいだけで満足感なんて全くなかった。一緒にレースした精霊たちに話しかけられたりしたけれど、ほとんど上の空だった。

 順位が正式に決まると、控室に召喚士や報道陣がぞろぞろと入ってくる。当然報道陣のお目当ては、一位になった子だ。おとなしそうな彼女は、うれしいというよりどこかほっとしたような表情をしていた。隣に立つ背の高い男の人がおそらく召喚士だろうか。クールそうで格好いいんだけど、厳格そうな人だった。

 僕はそんな彼女たちから逃げ出すように離れる。

 とはいえ、精霊の僕が勝手に元の世界に戻れるわけがなくて、リーザにつかまってしまう。

 そんな僕にリーザが無言で見せてくれたのが、今さっき飛んだばかりのレースの解説をしている映像だった。



「……さてトキヒサ、この解説を見て、今日の敗因を400字以内で簡潔に述べなさい」

「えっと、解説が漫才?」

 ぽかりされました。

「あれあれ? なんか変な答えが聞こえたような気がするけど、私の勘違いよね? しかも10文字すら届いていなかったような……」

「ご、ごめんなさいっ。けど『えっと』を入れれば、12文字ですぅぅ」

「むぅ。じゃあ、300字以上400字以内で」

「は、はいっ。

 えっと……は入れないで。スタートで出遅れた上に、それを取戻そうと焦ってハイペースで飛ばしたためばててしまったためですぅぅぅうぅ。これで五十字くらい言ったかなかななどと言っているうちに、そこそこ文字数を稼いだと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか? 僕はお元気です。お母さん、僕はなんと異世界でプロスポーツ選手かっこはてなをやっています。将来有望で、召喚士のリーザとはラブラブ希望――」

 どげしっ!

 蹴られましたお母さん。ていうか精霊を蹴るなんて非常識なリーザも素敵。

「――ま、元気は出たようね」

「えっ?」

 僕は床に倒れたままリーザを見上げる。そんな僕を見て、彼女はにこっと笑った。

「すごいよ。トキヒサ。三着だよ。ドブなんとかさんと同じ銅メダル。敗因だって分かっているんだし、周りからの評価も意外と高いんだよ! しかも五位以内に入ってくれたから、賞金だってもらえるし」

 そっか。エルハローネは頂点に立てば大金が手に入るんだけれど、その賞金を用立てるためにも、精霊の登録料やら、レースの参加費などなどで、かなりのお金がかかるんだ。

 奨励金みたいな制度はあるようだけれど、学校を出たばかりのリーザにとって、負担は決して小さくないはず。言い換えれば、僕のレースに生活もかかっているんだ。三位の賞金がどれくらいかは分からないけれど、少しは役に立てたのかな。

「まだ一戦目よ。負けたのは残念だけど、今日の教訓を次のレースに生かして、次も頑張ろうね」

 そうだ。まだ初戦。僕たちの目標であるピングリーヴ市杯は、まだまだ先の話だ。焦っても仕方ない。

「はいっ」

 僕は起き上がって大きくうなずいた。

 リーザの気持ちにこたえるためにも。次はぜったい、勝つぞーっ。



 一週間後、僕は二戦目のレースに挑んでいた。Eランクの未勝利戦。新人戦のときも人はまばらだったけれど、今日のレースはもっと閑散としている感じだった。

 Aランクや、特別なSクラスのレースに比べれば、注目度の低いレース。けれど、僕にとっては大事な二戦目。


(たぶん、トキヒサは、「逃げ」には向いていないのよ)

 というのは、リーザのお言葉。逃げ、とは言葉通り最初から最後まで先頭に立って後続から逃げきって一着になること。

 リーザの言いたいことは、前回先頭を飛んで「逃げ」ていたからとてもよく分る。ペースはこれでいいのか? 後ろから誰が迫ってきているのか。などなど。気の弱い人には務まらないことは前回の僕で実証済みっ。――ってあまり自慢にならないけど。

 というわけで、今日のレースでは、リーザの教えを忠実に守って、二番手でレースを始めた。

 先頭を飛ぶ女の人の背中が見える。後ろから見ていると、前回の僕がそうであったように、彼女にも迷いみたいなものがあるのが、よく見てとれる。

 僕の斜め後ろを飛んでいた人がスピードを上げて、僕に並びかけてくる。横目でちらりと見ると、ほうきをぎゅっと握って、力を入れている。おそらくスパートをかけているんだろう。

 そのまま僕は抜かれて三番手になってしまったけれど、二番手に上がった彼女のスピードに、勢いは感じられなかった。

『もうすぐゴールだけど、調子はどう?』

 リーザの声が脳裏に響く。

 一瞬、びくって驚いたけれど、すぐに集中する。

 そう。これぞ精霊と召喚士の愛の技――じゃなくて、テレパシー。召喚士はレース中、こうやって自分の精霊と連絡を取ることができるのだ。

 じゃあなんで新人戦ではそれを使わなかったのか、という話だけれど、リーザが言うには、あえて僕を試すつもりだったからとか。リーザの愛とは、かくも厳しいものなのだ。

 でももしかすると、リーザも初レースに興奮していて、僕に指示するのを忘れていたんじゃないかって思う。

『……テレパシー中は変なこと考えない方がいいわよ。聞こえちゃうから』

『わわわっ。ごめんなさいっ』

 僕は頭の中で謝る。これは怖い。

『ま、そんなこと考えるくらいだから余裕はあるみたいね』

『――うん。問題ないよ』

 三コーナー。確か前は、生意気な小娘と競り合っていて、力を入れてもスピードが上がらなくて……。けれども、今の自分なら、スパートをかけようと思えば、いくらでも速く飛べる、そんな気がする。

『直線は短いから。今のトキヒサなら、全力で飛ばしてもゴールまで持つはずよ』

「はいっ」

 テレパシーではなく、口に出して、僕はほうきを持つ手に力を込める。もちろん、気合を入れるためで、強く握ることに気を取られはしない。

 ぐんっ、とスピードが上がる。世界が変わる。身体に当たる風圧がむしろ心地よい。先ほど抜かれた人をあっさりと抜き返す。

 速い速い。面白いようにスピードが出る。

 そして――

 気付いたときには、一番でゴールリングをくぐっていた。

 他の精霊たちは、まだやってこない。


 圧勝だった。



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