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愛の二人乗り

 ううっ、寒いぃぃ――

 僕の世界では春真っ盛りだというのにこっちの世界は冬に突入していた。

 初めてこの世界に呼ばれたときに咲きほこっていた紅葉も今ではすっかり枯れてしまって、見ているだけで寒々しい。湖の水が凍らないのが不思議なくらい。リーザが言うには精霊の感覚は鈍いから大丈夫って言うけど、寒いものは寒いんだーっ。

 てなわけで、僕は普通の高校ライフを送りつつ、睡眠中は今日も今日とて僕は練習に励んでいた。しんと静まり返った湖の周囲をくるくると。


「よーし。あと一周でおしまいねー」

 えっ、もう?

 まだ呼ばれたばかりで、いつもならこれからが本番なのに、それはもぉ、厳しいしごきがびしばしと。こっちとしては楽だから嬉しいけど、少し物足りない気も。ま、いっか。

 僕はリーザの気が変わらないうちに急いで周り終え、すっとリーザの前に降り立った。

 ちなみにリーザも厚手のコートに手袋マフラーと重装備だ。彼女だって寒い中立っているんだから、僕も贅沢言っていられないかな。

「はーい。お疲れ。そろそろレースだからね。今日は練習や特訓というより、調整のために呼んだのよ」

 おおっ、調整。何かプロっぽい響き。

 エルハローネの試験に受かってから、何回練習のために召喚されたか忘れちゃったけれど、ようやくレースかぁ。いつも一人で飛んでいたから楽しみもあるけど、やっぱ不安。――って、あれ?

「ピングリーヴ市杯って、まだまだ先のような気がするけど」

 僕がそう聞くと、リーザに頭をぽかりと叩かれました。近頃こればっかり。ま、リーザなりの愛情表現とポジティブに考える。

「もぉ、エルハローネ試験に合格したばかりの新人くんがいきなり、AⅢクラスのレースに出られる訳ないじゃないっ」

 とお叱り(ご褒美)を受けてから、リーザの説明が始まる。


 エルハにはランクがあって、下からEDCBAの順。ちなみにEとかAなど言っているけど、この世界にアルファベットがあるわけではなく、精霊の言語変換能力のおかげで僕に分かりやすくなっているだけ。適性検査のときもそうだっけ。

 新人はみんな、Eランクからスタートする。ピングリーヴ市杯に出場するためには、基本的にAランクまで上がらないといけない。ランクをあげる方法はただ一つ。レースに出場して1位、もしくは2位になること。一度でも2位以上になれば、ランクがあがるので、ぱっと聞くと楽なようにも感じるけれど、十人以上、多いときは五十人くらいがレースに参加する中で、1位、2位を取るのは簡単ではない。仮に偶然勝ってランクが上がったとしても、今度は、その1位と2位になった人たちの中で、また上位を目指さないとならない。何とも気が遠くなる話である。はぁ。


「来週。近くの競技場で、新人戦が行われるから、トキヒサにはそのレースに出場してもらうわ。新人戦だから対戦相手も新人だし、そんなに気負うことないよ」

「はい。質問」

「ん、どうぞ?」

「えっと、新人戦ってことは、いきなりミレイユと一緒のレースで対戦するって可能性もあるってこと?」

「ううん。ユーリカは別の日で登録しているみたいだから、いきなり当たることはないわよ。私としては、さっそく勝負しても全く問題ないけど」

「いやいや。僕にとっては重要だって」

「もぉ。トキヒサなら大丈夫だって」

 リーザがお気楽に笑う。そりゃリーザはミレイユの飛ぶところを見ていないし、実際に飛んでミレイユとレースするのも僕だから、気が楽だろうけれど。

 と考えながらふと思った。


「そういえば、リーザは、召喚士はほうきで空を飛んだりしないの?」

「え? うん。私がほうきにまたがっても、ただのほうきだから、飛べないわよ。トキヒサのような精霊は、飛べるように呼ばれているから飛べるけど」

「そうじゃなくって、普通の人が飛べるような魔法はないの?」

「魔法って、そんなに万能じゃないのよ」

 リーザに笑われてしまった。

 この世界でも、実際精霊を使った移動や輸送とか考えているみたいだけれど、コストや魔力量の問題、さらには精霊の人権(?)や安全面などなどやらでうまくいかないみたい。

 某○ブリアニメのような、ほうきで空を飛んで軽い荷物を運ぶようなお仕事はあるけれど、大掛かりな輸送は無理なんだって。

 でも、荷物が駄目なら、人はどうなんだろう。


「例えば僕がほうきに乗って飛んでいる後ろにリーザが乗って空を飛ぶ、ってことはできないの?」

「できるわよ。そうやってお客さんを乗せて移動させるサービスもあるわね。もっとも、飛行禁止区域は飛べないし、召喚士からあまり離れた距離までお客さんを乗せて飛んだら精霊にも召喚士にも負担がかかるし、なにより、精霊と違ってほうきの上だと安定しないから、なかなか浸透していないのよ。落ちたらただじゃすまないし」

「へぇ」

 だからこそ、空へのあこがれが強くて、エルハローネというレースが成立しているのかな。

「でも、不特定多数のお客さんはともかく、召喚士のリーザが僕の後ろに乗れば、魔力の負担は大丈夫なんじゃない? それにこの辺はこうやって練習で飛んでいるくらいだから、問題ないよね」

「まぁそうやって買い物の足代わりに利用する召喚士もいるけれど……で、何が言いたいの?」

 どことなく一歩後ろに下がるリーザに向けて、僕はほうきを持った手を掲げて笑顔で提案した。

「つまり、リーザも一緒に飛んでみようよ?」

「いいよ。私は」

 そう答えるリーザの瞳が微かに泳いでいる。

 あれ? これってもしかして……

「もしかしてリーザ、空を飛ぶのが怖いんじゃあ……」

「そっ、そんなわけないじゃないっ。いいわよ。そこまで言うのなら、乗ってあげようじゃない!」

 ……なんかいつもとキャラが違っているような。

 けどこれはチャンスだ。僕はリーザの気が変わらないうちに、ほうきにまたがる。リーザが乗りやすいように、なるべく前に寄る。その後ろにリーザがすっとまたがった。残念ながら僕の身体には触れてくれなかったけど、その差はわずか。もおドキドキなのですよ。

「言っておくけど、下手な飛行したら、どうなるか分かっているよね?」

 そう言って凄むリーザに対して、僕はいつもとは逆の立場になったかのように笑顔で答えた。

「大丈夫だって。仮に落ちても湖の上だし」

「……やっぱり止めようかしら」

「わっわわっ。冗談だって!」

 あんまりうだうだしているとリーザに何されるかわかんないし、逃げられてしまうので、素早く精神集中する。ほうきを強く握る。

 しばらくして、ふわふわっと浮かび上がり始める。

 いつもと違って、浮かび上がるまでかなりの力を要した。普段は、すうって感じで浮かぶのに、今はぐらりって感じ。

「ううっ……重い。リーザ、体重何キロ?」

 ぽかりされました。

 たちまちバランスを崩して、僕はひざから地面に激突。いっ、痛い……。リーザはちゃっかり足で着地しているし。

「どうする? やっぱりやめる?」

「いいえやります。本気と書いてマジです」

 僕は再び力を入れる。最初から重いと分かっていれば、何とかなる。根性だ、根性ーっ。

 というわけで、やがてかなり不安定だけど、いつも湖の周りを飛んでいるくらいの高さまで上がることができた。


「へぇー。空から見ると、このあたりってこうなってるんだー」

 あれれ? 僕の予想に反して、リーザは余裕そう。怖がってぴたってくっついてくれると思ってたのに。ううぅっ。これじゃ僕のくたびれ損だーっ。

「それじゃあ運転手さん。とりあえず、湖の周りを一周してくれるかしら」

「……は、はい……っ」

 お客さん(リーザ)の要望に従って、いつものように、湖の周りを飛ぶ。もっとも、いつものようにすーっと飛べなくて、ふらふら浮かびながら移動している感じだけれど。

「――ねぇ。トキヒサ」

「だめ、いやあん、リーザ、いま声をかけられたら気が逸れて落ちちゃうん」

「って、気持ち悪い声出さないっ。それよりトキヒサ、手に力入れすぎ」

「えっ?」

 こっちの世界に召喚されてすぐのころ、ほうきで飛ぶことについて、リーザに簡単なアドバイスをもらったことがある。

 精霊にとっては、力=霊力。つまり、ほうきを強く握って力を入れることで、より多くの霊力を発生させることができ、その結果、より早く高く飛ぶことができる、と。

 だから今の僕には、リーザとの二人分の体重を支えるため、ほうきの先を上に持ち上げるように握っているんだけど。

 そのことをリーザに話したら、ぽかり、はなかったけどあきれた感じのため息を背中めがけてされた。

「それは、あくまでたとえよ。単純にして言ってみただけなのに、それをそのまま信じるなんて、まったく、本当に単純なんだから」

 ううっ、あまり言わないでほしい。

「えっと、じゃあどうすれば……」

「まずは力を抜いて」

「はい」

 言われた通りにする。途端、自由落下。うわーっ、逆Gがきもちわるい……


「ばかーっ。ほうきから手を放してどーするのよっ?」

「あっ、はは……今は気づいたんで何とか飛んでいます」

 半分くらい落下したけれどなんとか持ち直し、ふらふら再浮上する。

 うわぁ。ドキドキが治まらない。

 それは落ちかけたこともあるけれど、それより落下の際にリーザに後ろから抱きつかれたからだ。今の僕は精霊だけれど、ちゃんと感じる柔らかな膨らみ。むふふっ。

「いい? 大切なのはイメージよ。自由に空を飛びまわる姿を想像して飛んでみてごらん」

 それだけ? 僕は半信半疑ながらも、リーザの言う通りにする。

 ――あれ? あれれ?

 すると不思議。あれだけ不安定な飛行が安定したのだ。


「たぶんさっきのトキヒサは、私たち持ち上げるため『ほうきを強く握る』ってことばかり考えていて、飛ぶことに頭が行っていなかったのよ。それが原因」

 へぇ。僕は思わず感心してしまった。

 リーザには馬鹿にされっぱなしで反論しなかったけれど、最初のころは「みたい」とか「らしい」ってかなり適当で、今みたいな教え方してくれなかった。

 それが今、こうやって分かりやすい説明をしてくれているのは、たぶんきっと、僕が練習しているのと同じくらい、リーザも精霊のことについて勉強したからだろう。

 ――それを学校に通っていた時に覚えてくれていれば、って話だけど。


 ともかく、リーザの教えに従って、イメージを先行させる。

 ほうきを強く握る必要はない。

 試験時のミレイユのように、そっと触れるだけでも大丈夫なんだ。

 そう理解したとたん、今までの悪戦苦闘が嘘のように、すいすい空を舞うことができるようになった。

 うーん気持ちいい。これもリーザのおかげ。やっぱ愛の力って偉大だよね。

 なんて感じで、心地よい向かい風と、背中に触れるリーザのぬくもりを感じながら飛んでいた結果――


「……ねぇリーザ」

「なぁに」

「ここ、どこ?」

「……さぁ?」


 いつの間にか、足元にいつもの湖はなく、僕たちは自由な空で迷ってしまったのであった。

 ――ごめんなさい。



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