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ライバルは金髪美少女

 天井の高い実技会場には、僕を含め三十人ほどの精霊が集まっていた。

 おー。やっぱり女の子が多いかな。どれどれ、目移りしちゃうなぁ。――って、そんなことして試験に落ちたら、マジでリーザのお仕置きが怖いって。


 僕たちの向かいに、スーツを着た女性が立つ。彼女はさっきの係の人と同様、こっちの世界の人だ。

 彼女は拡声器みたいなものを掲げ、話し始めた。


「はーい。では時間になりましたのでこれより、実技試験を行いまーす。そんなに難しいことはないので、お気楽にどーそーぉ」

 どうぞ、って言われてもねぇ。こっちはお仕置きがかかってるんですけど。


「まずは皆さん、前方の壁を見てください。右上と左上にそれぞれ穴が開いているのは分かりますでしょうか」

 うん。確かに開いている。左右の壁際の天井近くに、人ひとりくぐれそうなくらいの穴がある。

 この会場。高さと横幅は体育館くらいの大きさなんだけれど、奥行きは極端に狭い。おそらく、前方の壁に開いたあの二つの穴の先に、何かが広がっているのかな。

 とそんな僕の予想通り、係の女性の人が説明する。

「あの穴の先は、練習用のコースになっています。皆さんから向かって右側の穴から入って、中のコースを回って、左の穴から出るようになっています。皆さんには、これから一人ずつ、中のコースを回ってもらいます。中にモニターがあって、試験官が皆さんの飛行をチェックします。タイムはあまり関係ないので、肩の力を抜いて、頑張ってくださいねー」

 タイムはあまり関係ない……ってことは、少しは関係あるのかな?

「飛ぶ順番は、特性検査を受けられた順になります。順番が来るまで、各自ごゆるりとくつろぎながら、適当にお待ちくださーい」

 いや、だからそんなにお気楽にはいられないんだって。

 でも特性検査順だとしたら、しばらく待つことになりそうだ。ごゆるりとくつろげはしないだろうけれど、一番初めに飛ぶわけじゃなくてよかった。


 係の人が最初に飛ぶ精霊の名前を読み上げる。

「それでは。ゲンヒーハさーん。いらっしゃいませんかー」

「はっ、はいっ」

 少し上ずった声で返事をしたのは、二十代前半くらいの女の人。黒髪で日本でOLさんしているような見た目をしているけれど、名前からして、僕の世界の人じゃないんだろうなぁ。

 彼女は係の人から竹ぼうきを受け取ると、緊張した面持ちでほうきにまたがった。

「それでは、スタートです」

 ピーッと開始を知らせる音が鳴る。

 それとともに、ゲンなんとかさんがほうきにまたがったまま、ふわりと浮かび上がる。おお。本当に浮かんだ。他の人が飛ぶところって、ピングリーブ市杯のレースの時しか見ていないので、ちょっと新鮮かも。

 彼女は緊張しているのか、ふらりふらりとしながら、入口の右上の穴に向かっていく。天井近くだから、結構高さはある。

(うーん。危なっかしいなぁ)

 最初は緊張しているからかなと思ったけれど、どうやら緊張に加え、飛ぶこと自体、それほど上手じゃないみたい。たぶんこれなら、僕の方が上手い。てことは、やっぱり特性検査ナンバー2(暫定)は伊達じゃないのかな?

 しばらくして彼女が入口の穴の中へと入って行った。

 試験官の人はモニターで見ているって言っていたけれど、こっちにはモニターがないので、中がどうなっているのかわからない。つまり待っているだけなので、暇である。


「はい。では次の人――」

 最初の人がまだゴールから出てきていないけれど、次の人の名前が呼ばれる。ある程度時間差スタートということは、抜いたり抜かれたりしちゃうのかな。タイムは関係ないって言っているけれど、ちょっと緊張してしまう。

 えーと。僕が会場に入ってきたときにはすでに十人以上の精霊がいたはずだから、呼ばれるとしたらもう少し後かな。

 ごゆるりとくつろげる心境ではなかったので、気分晴らしに、他の精霊たちを観察することにした。――べ、別に、目の保養とか、そういうんじゃないからねっ!

 とツンデレってると、僕の目に、映える金髪が入った。ロビーで見かけた美少女だ。やっぱり彼女も試験を受けに来た精霊だったんだ。

 特性検査のお姉さんが言っていた、同じ世界から召喚された、というのが彼女なら、もしかすると、イギリスとかフランスとか、そっちの人なのかもしれない。

 うーっ。声をかけてみたい! けれど、外国語はからっきしだしなぁ。

「ちょっとそこのあなた、何じろじろ見てらっしゃるの?」

 というわけで、代わりに思う存分、目の保養でもしようとしていたら、なんと向こうから声をかけられてしまった。

 おおっ。声もきれい。いかにもお嬢様な口調も似合ってる。

「――って、あれ? いまの日本語?」

「……あら? あなたもしかして日本人?」

「そうだけど。うわぁすごい。日本語ぺらぺらなんだね」

「……あなた何もご存じないのね。あたくしからすれば、あなたは流ちょうなフランス語をしゃべっているんですのよ」

「えっ? そうなの?」

 これは意外な大発見。

 けどよく考えれば、異世界の住民であるリーザと普通に会話で来ているんだし、精霊同士、会話ができてもおかしくない。

 それにしても凄い。どこにあるかわからない異世界で、日本の裏側のフランスの女の子と出会って普通に話ができるなんて。

 と僕が感慨にふけっていると、美少女が怪訝そうな表情を浮かべている。いけない、何か言わなくちゃ。男として。

「あっ、ねぇ、僕、白村時久っていうんだけど、君の名前は?」

「ミレイユですわ。よろしく」

 すっと髪をかき上げる動作も様になっている。

 せっかくの交流のチャンスだし、さて何を話そうかなと考えていたら、会場にちょっとしたざわめきが起こった。あ、最初の人がゴールしたんだ。

 相変わらず緊張した面持ちのまま、ゆっくりと左の穴から降りてくる。そして彼女が床に降り立つと同時に、二番目にスタートした人が上の穴から出てきた。タイムは表示されていないからわからないけれど、スタートの時間差からすると、二番目の人の方が速くゴールしているっぽい。

「次、ミレイユさーん」

「はい。今行きますわ」

 あ、行っちゃった。いろいろ話したいことがあったのに残念。

 まぁせっかくだし、飛ぶところも見せてもらおう。何となく優雅に飛びそうな気がするし。

 というわけで、彼女の様子を見ていると、予想の斜め上を行くミレイユの行動に驚かされた。

 ほうきといえばまたぐもの(こっちの世界の精霊では)だけれども、何とミレイユはほうきをそっとお尻に押し当てるようにして、すらりと長い両脚をそろえたまま、ほうきに乗って浮かんだのだ。いわゆる横乗りだ。

「それではー。スタートしてくださーい」

 ミレイユはほうきの進行方向、左向きに座った状態で、ふわりと浮き上がると、少しもぶれることなく、まっすぐにスタート地点の右上の穴の前まで移動する。そしてほうきの先を右手でそっとなでた途端、すっと、はじけるように加速して穴の奥へと消えていった。まったくバランスを崩す様子もない。

 僕を含む、残った精霊たちからため息のような歓声が漏れた。


「それではー。続いて、トキヒサさーん。いませんかー」

「は、はい!」

 いよいよ僕の名前が呼ばれてしまった。

 うー。緊張してしまう。ダメダメっ。集中しないと!

 係の人からほうきを受け取る。ほうきはリーザと毎晩のように(何かえっちな、ひ・び・き?)練習していた時に使っていたごく普通の竹ぼうきだ。

 そういえばスカートみたいな服を着ていることを今更ながらに思い出したけれど、下に穿いているので気にせずにまたがる。

 すぅっと深呼吸して、意識を集中。竹ぼうきをつかむ両手に力を込める。

 足が床から離れる。大丈夫。いつものように飛べている。それでも慎重に、スタート地点の右の穴の前まで移動する。ミレイユほどじゃないけれど、意外とふらふらして危なっかしい人もいる中、うまく飛べた方じゃないだろうか。自覚なかったけれど、やっぱり僕って、結構すごいのかな?

 なんて思っていた途端、左奥のゴールの穴からミレイユが平然とした顔ですっと飛び出てきた。は、早っ! これは間違いなく、何人か抜いているよね。

 左向きにほうきに座っているので、ちょうど僕と目が合うと、にこりと微笑まれた。

 おお。なんかやる気が出てきたかも。

 ミレイユの飛行を思い浮かべながら、ゆっくりとスタートする。彼女の飛び方を意識していたら、自然と僕の飛び方も良くなった――気がした。


 穴の中に飛び込んだら何かが広がっていた――というわけではなく、ただ穴がつながっていた。どうやらくねくねと曲がったトンネルのようになっているみたい。少し飛ぶと正面の壁に『←』と書かれているのが見えた。近くまで飛ぶと、トンネルの先が左に曲がっているのが分かった。

 なるほど。こうやって矢印に従ってくねくね飛べばいいのかな。

 どこにモニターがあるのかわからないけれど、のんびりしていたら後ろの人に抜かれちゃうので、気にせずとにかく前だけを見て飛ぶ。

 左に右に。下に上に……うう。目が回る。

 しばらく飛んで「←」の矢印通り曲がったら、前を飛ぶ人の後姿が見えた。

 ――あ、もしかしたら、抜ける?

 なんて思ったとたん、前の人がまっすぐ行った先にある明かりの中に飛び込んで姿を消してしまった。ゴールしちゃったんだ。ちょっと残念。

 まぁ後ろから迫ってくる気配もないし、少し前との差を縮められただけでも良しとしよう。

 あとはゴールまでまっすぐ。気持ちを切り替えて、スピードを上げる。

 そして僕は、そのままの勢いでゴールの穴を飛び出した。



 トンネルの中が暗かったわけでもないけれど、ゴールして外に出た途端、眩しさに思わず目を閉じてしまった。他の精霊たちのざわめきが耳に入る。別に僕が速かったからざわめいているわけではなく、ただ単に他の精霊たちとお喋りしているだけみたい。

「はい。お疲れ様でしたー」

 ゆっくりと床に降り立って、係の人にほうきを返すと、急に疲れが襲ってきた。宇宙飛行士が地球に降り立った直後みたいな感じかな。――実際宇宙に行ったわけじゃないから、よく知らないけど。

「お疲れ様。意外と早かったようですわね」

「ありがとう。ミレイユほどじゃないけどね」

 ミレイユに言われると皮肉にも感じ取れるけれど、ここは素直に喜んでおこう。

 実際タイムは表示されていないから、僕がどれくらい早かったかは分からない。タイムは関係ないと言われているけれど。うー。やっぱり気になる。

 ま、ミレイユは合格だろうけどね。


 そのあと僕たちは、別室に通され、「エルハローネの昔と今」というビデオを見せられた。この間に試験官さんたちが試験を受けた精霊たちの合否判定を行っているのだ。そのため、合否のことが気になって、ビデオの内容はほとんど頭に入らなかった。

 そしてビデオ終了後、その場で試験官さんによって、合格者が告げられた。

 受験者32名。

 うち、合格者18名。

 ミレイユはもちろん、合格。

 そして僕は……

「……トキヒサさん」

「はいっ!」

 もちろん、合格だよっ! 



  ☆ ☆ ☆



「やった。合格だよーっ」

 部屋を出た僕は、ロビーの端で待っていたリーザを見つけると喜びに任せて突進する。

「ま、当然の結果ね」

 リーザはあっさりと言って、あっさりと僕の突進をかわす。うぅ、さすがにどさくさに紛れて抱きつこうっていうわけにはいかなかったか。

 いやいやリーザも喜び反面で照れてるのだろうと、ポジティブ思考することにする。ふふふ。

「でも良かった。私の教え方が間違っていなかったってわかってほっとした」

「大丈夫! たとえ間違っていても、僕が合格してそれが正しかったことにしてみせるから」

「ふふ。何よそれ」

 そんな僕につられてか、リーザもにこりと微笑んだ。作った感じや怒りを押し殺してもいない、本当ににこりとした笑み。

 えっ? これってもしかして、本当にいい感じ?

 なんて雰囲気だったのに――

「あらあらぁ、リーザじゃない。あなたも来てたんだぁ」

 見知らぬ女性が、リーザになれなれしく声をかけてきたのだ。

 え、えっと。この人、誰?

 おっとりとした口調だけれど、身体の凹凸ははっきりした女性だ。精霊でなくこっちの世界の人で、リーザと知り合いっぽい。もっとも、仲はあまり良くないのか、リーザは、嫌そうな顔をしているけど。

「……ユーリカ。やっぱりあなたも来てたのね」

 リーザの口調にはやや棘があるというか。

 けどユーリカと呼ばれた女性はリーザの露骨な反応を気にせず、今度は僕に視線を向けてきた。

「あら、あなた、もしかしてリーザの精霊? さっきの様子だと合格したようねぇ。おめでとー。名前、何て言うのぉ?」

「……えっ、えっと時久です。白村時久」

 勢いに押され、つい答えてしまう。

「トキヒサちゃんねん。可愛い名前ねぇ」

 えーと。もしかしてこの恰好のせいで、また勘違いされてる?

「やっと見つけましたわ。待ち合わせの場所は向こうじゃなくって?」

 抱き付かれそうになって逃げまわっていたら、聞き覚えのある声が届いた。声の方を見ると、白いワンピースに身を包んだ金髪美少女、ミレイユがこっちに向かってきているところだった。

「ミレイユ、ごめんねー。ちょっと知り合いがいたんもんだから。試験はお疲れ様。ちゃんと合格した?」

「ええ。当然ですわ」

 ミレイユは平然を装いつつも誇らしげ。それを見つめるユーリカさんの目も優しい。なんかいい感じだなぁ。あ。もしかすると、ユーリカさんが召喚士で、ミレイユがその精霊なのかな。

 そんな僕の予想が正しかったことを証明するかのように、ユーリカさんがリーザに向けて言った。

「紹介するねぇ。私の精霊のミレイユよ」

「よろしくお願いしますわ」

「どうも」

 ミレイユに対して、明らかにおざなりな挨拶を返すリーザ。これは、ミレイユが気に入らないというより、キリカさんとの仲が関係しているみたい。

「それじゃリーザ、私たちは先に行くわねぇ。来年のレースは、私とミレイユで勝つから、楽しみにしててねぇ」

 そう言い残して、二人は出口に向かっていった。

 何か独特の空気を持つ人だったなぁ。リーザやミレイユとは違うベクトルな綺麗な人ではあったけど。

「ねぇ、リーザ、今の人は誰?」

 僕の質問に、リーザはふぅとため息をついた。

「……まぁいつかは言っておかなくちゃいけないことだからね。彼女の名前はユーリカ。召喚士学校の同期で、私と同じ新米の召喚士よ」

 へぇ。そうなんだ。雰囲気からして、ライバル関係なのかな。

 ぜひとも聞いてみたいところなんだけれど、リーザの様子をみて、別の話題を振ることにした。

「ところで、キリカさんの言っていた、来年のレースって……?」

「ああ、それはピングリーヴ市杯のことよ」

「あ、やっぱり」

 二度目に召喚されたとき、リーザに見せてもらったレースだ。このあたりで一番規模の大きく格の高いレース。でもって、リーザの目標でもある。

 リーザは来年のレースで勝つ、って気でいるけれど、まだ僕はエルハローネの試験に合格したばかりなのに、本当に大丈夫かな。

 でも僕たちと同じ立場であるユーリカさんとミレイユも、勝つ気でいたよね。

 なんてこと考えていたら、リーザも同じことを言った。

「ユーリカは生意気にも、あれくらいのレース一年で勝ってみせる、なんて言うのよ。首席で召喚士卒業試験を通ったからって、しょせんは私と同じ新人のくせにね。ガキの頃はちんちくりんの鼻たれ娘だったくせに。いつの間にか胸ばっかり大きくなって」

 えーと。何か話がそれているような。僕、貧乳でも全然ウエルカムですよ?

「何か言った?」

「イ、イエナニモ」

 おっと、危ない。貧乳じゃなくて、微乳に言い換えた方がいいかな。

「いくら私がぎりぎり試験に受かったからって、私だって負ける気はないわ!」

「胸が?」

 思わず口に出したらぎろりとにらまれてしまった。――僕の業界ではご褒美です。はい。

 とまぁ、それはさておき、急に饒舌になったリーザの説明でいろいろと分かったけど。やっぱりリーザは、ユーリカさんをライバル視、というかかなり意識しているみたい。

「つまり……ユーリカさんとリーザの勝負のために僕が呼ばれたってこと?」

「ふん。別にあんなやつとの勝負なんて眼中にないんだけど、同じレースを目指しているのなら、そうなるわね」

 リーザがうなずいた。

 それってつまり、あのミレイユに勝てってことだよね。今日ちらりと試験を見ただけだけど、うぇぇ、無理だぁ。

 そんな僕の心情を読み取ったのか、リーザがにっこりと、笑っていない笑みを僕に向けた。

「……まぁ、まさかとは思うけど、ユーリカの精霊ごときに、負けたりはしないわよね?」

「ううぅ……」

 今からプレッシャーかけないでください。




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