異世界にも試験はあるのです
「うん。だいぶしっかりと飛べるようになったね」
僕の飛行を見ながら、リーザが満足げにうなずいた。
初めて召喚された日から、こっちの世界で約半月が経った。
リーザにいろいろ聞いてみたところ、こっちの世界でも、一年は十二か月であるというのは同じだった。けれど、ひと月の長さは三十日固定で少し短く、それでいて一日の長さは、地球に比べて長いみたい。みたい、っていうのは、こっちの世界の時間の基本である「ティメ」が、僕の世界の「秒」と微妙にずれている感じだから。一日を「秒」で計算するなら、60秒×60分×24時間だけれど、こちらだと……。
と、そんな時間のずれがあるせいか、そもそも召喚自体に不思議な力が働いているせいか、夢を見ていてまた別の夢を見るって感じで、一晩に二回呼ばれることもあれば、普通に呼ばれず寝っぱなしのときもある。学校や通学の電車で居眠りしたときに呼ばれたこともある。
さすがに居眠りのときは「早く返して」と焦ったけれど、リーザの「大丈夫よ♪」によって強制的に長時間滞在され……けれど僕の世界では、ほんの十分程度の出来事だった、ということもあったりする。
最初のうちは、法則を調べてみようと時間を計算してみたけれど、あまりにばらばらだったので、やめた。あんまり数学得意じゃないし。
そもそも言葉が通じている時点でアレだし、リーザの言う通り、「不思議な力」というものなのだろうということで納得する。
「そりゃ。リーザの教え方が上手だからね」
僕はほうきから降りて、笑顔で答えた。
結構いい加減なリーザだけれど、ほうきのまたがり方から、魔力の使い方まで、それなりに基本をしっかりと教えてくれたので、だいぶ慣れてきた。
最初はふわふわ浮かぶだけだったけれど、今ではすーって感じで湖の周りを一周できるし、飛んだ後にくる疲労も、当初に比べてだいぶ減った。
「うん。うん。これなら、明日の試験も大丈夫そうね」
「試験?」
「ええ。今のトキヒサは、私と契約したけれど、まだ野良精霊みたいなものなの。指定機関でエルハとしての登録試験に合格しないと、レースにも出られないのよ」
「それは分かったけど――いきなり明日なんて、聞いてないんだけど」
「うん。だって言ったら緊張するでしょ」
リーザがさも当然といった様子で答えた。
いや、確かにそうかもしれないけれど。黙ってちゃ試験対策もできなんですが。しなくても平気なのかなぁ。
「それじゃ、今日は明日に備えてここまでにしよ。また明日呼ぶからねー」
リーザはそう言うと、名刺サイズのカードを取り出して、呪文を唱え始めた。
特殊な素材でできたカードで、そこに召喚されて契約された僕たちのような精霊の情報が詰め込まれて、自由に召喚できるらしい。
あれをリーザ以外の人が手にしても僕を呼ぶことができるのかなぁ……
なんてこと考えているうちに、僕の意識は飛んでいった。
☆☆ ☆
というわけで、リーザの宣言通り、普通に翌日の睡眠時に呼ばれたわけだけど……
「……なんでまたこの服なのかな」
「あれ、言わなかったっけ。今日は試験だから。しっかりとした町用にしてみたんだけど」
そう言うリーザも、湖畔の練習時のパンツ姿ではなく、ひらりとしたスカート姿だ。
いつもほうき乗りの練習は山の中で行っている。リーザの家から近いというのに加え、周りに人や家がなくて好都合だからみたい。僕の世界でも、住宅街で空飛ぶラジコンを飛ばせないみたいなものかな。今では悪用問題で規制されそうな勢いだし。
ちなみに、家から近いとは聞いているけれど、まだ実際にリーザの家にはお邪魔していない。というわけで、僕の当面の目標は、レース云々よりも、リーザの家に行くことだったりする。
――と、それはさておき、精霊の服装というものは僕の世界で言うところのアバターみたいなもので、呼び出す際に設定できるみたい。
最初は無設定だったので、寝ていた時のパジャマ姿。次は女の子と勘違いされていたので、リーザが用意したスカート姿。練習の時は、動きやすい恰好。
そして今日は、下にちゃんとスパッツのようなものを穿いているとはいえ――なんでまたスカート姿なんだろう。
「いいじゃん。似合ってるし。それに精霊は女の子がほとんどだからその方が目立たないよ」
「……ってことは、僕に女の子のふりをしろ、ってこと?」
「ううん。普通に男の子していても問題ないわよ。ただ、その恰好の方が女の子たちに囲まれても溶け込みやすいかなぁって」
「いやいやいや。男の子がこんな格好していたら、普通に変な人だからっ」
と僕は抗議したけれど、着替えるにはまた還して呼び戻さないといけないからめんどい、とリーザに却下されてしまった。ううっ。これで試験に落ちたら、この恰好のせいだ、って言ってやる。
「あとはもう少し髪が長ければ可愛いのに。ねぇ、トキヒサ。髪伸ばしてみる気、ない?」
というリーザの提案は聞こえないふりをしてスルーした。
そんなことを話しながら、僕とリーザは試験場まで歩いて向かう。いつも山の上で練習だから、こうやって町を歩くだけでも新鮮だ。僕はきょろきょろあたりを見回しながらリーザの後に続く。なんか山奥から出てきた珍獣の気分……って、あまりにもそのままだから、今の言葉は忘れよう。
それにしてもこの町並みって。
「何か、フツー」
「え? 普通だけど。それがどうしたの?」
「僕のイメージだと、ほうきとじゅうたんが空を飛びまわっていて、路肩には露店やパサージュって感じで……」
なのにここは普通にビル街だ。道行く人は黒いスーツ姿だし。道路を走るのは車輪のついた車そのもの。ここって、東京?
「じゅうたんが空を飛ぶわけないし、普通の都会よ。レースのときに見たじゃない」
「それはそうだけど」
「それに飛行禁止区域での無許可での飛行は法律で禁止されているのよ」
「ほ、法律……」
空=自由のイメージが、僕の中から音を立てて崩れ去っていった。
「そういえば、どうして登録する場所の前で僕を呼ばなかったの?」
「同じことを考える召喚士は多いからね。試験会場の周りが混むのよ。それにこうやって時間をかけて歩いていれば、私自身、トキヒサを長く召喚する訓練にもなるじゃない」
へぇ、そうなんだ。そういえば、最初はリーザの魔力が尽きて、気づいたら戻されていたんだっけ。普通に話して歩いているだけだと思っていたけれど、僕だけじゃなくて、リーザもこうやって特訓してるんだ。ちょっと感心。けれど着せ替え人形はNG!
ま、のんびりとリーザと町を歩けるは、素直に嬉しいけどね。
そんな至福の時を過ごしつつ、そろそろ目的地に近づいてきたかな、と思ったときだった。
「あっ」
前を歩く若い女性二人組。それ自体は別に珍しくもないんだけれど、そのうちの一人から、なんとなく違和感というか……
「もしかして、あの人も精霊?」
「うん。そうみたいね。きっと私たちと同じ目的ね。そのうち、もっと見れるようになってくるんじゃないかしら」
リーザの言う通り、歩いていると、道行く人の中に精霊の姿がちらほら見えてくる。見た目はリーザたちとほとんど変わらない精霊が多いんだけど、魔力に纏われているような感じって言うのかな? まだこの世界に浅い僕にでも、何となく分かる。
召喚士であるリーザも魔力の持ち主だけれど、精霊のはそういう潜在的な魔力ではなく、魔力が発動した状態でそれが身体を覆っているって感じ。それはもちろん僕にも言えること。これはリーザの魔力でも、僕自身の魔力でもあるみたい。
ちなみに、待ちゆく人たちを見ると、やっぱり女性の精霊が多くみられる。召喚士は大体半々かな。男の召喚士と女性の精霊の組み合わせを見ると、恋人同士に見えなくもない。
てことは、僕たちも……むふふ。
そんな僕の様子に、リーザが後ずさるという珍しい光景を見せてくれたりする。ちょっと不満だけど、面白い反応を見せてくれたから、満足したことにする。うん。
何て事をやっているうちに、目の前に白い屋根に覆われたドームが見えてきた。
「ここ?」
「そう。ここがピングリーブ市にあるエルハローネ研修センターよ」
リーザに続いて中に入ると、そこはロビーになっていた。
「おぉっ」
かなり広々としていたその空間。
そこには、たくさんの精霊たちの姿が見られた。
リーザが受付をしている間、僕は許可をもらって少しふらふら歩いてみることにした。視界のあちこちに僕と同じ精霊が目に入る。一通り見た感じ、僕と同年代の女の子が多い。
精霊としての能力は一般的に若い女性が強いってリーザが言っていたけれど、人数的にもそうなのかな。でもよく探せば、男の人やおばさんの精霊もちらほらいる。さらには肌が真っ青な人や、頭に触覚みたいなものが生えた人まで。この世界に召喚されるのは、僕のような日本人……というか地球人以外の人? も多いみたい。もしかすると普通に見える人も、リーザみたいに全く別の世界の人なのかな? これって何気に凄いことだよね?
って感じで物色していたら、またすごい人を発見した。
「わぁっ」
リーザと同年代くらいだから、僕より少し年上と思われる若い女性の精霊だ。
で、何が凄いのかというと、至極単純、とても綺麗なんだ。
さらーりとした金髪、肌は白くて、瞳なんてまるで宝石のような青色。僕のようななんちゃって精霊とは違って、ゲームや漫画にでてくるような本物のファンタジーの精霊みたいなオーラで光り輝いているように見える。
ひらひらとした白いワンピース姿がまた似合っているんだけれど、ほうきにまたがる試験には不釣合いにも見える。まぁ、それを言ったら僕も似たようなものだけど。
ここに居るっていうことは、僕と同じように試験を受けに来たのだろうか。
なんて思わず見とれてしまっていたら、不意に背後から冷たい声が響いた。
「……ふぅん。トキヒサって、あぁいう子が好みなんだー」
リーザだった。少し不機嫌そうな顔をしている。
僕は慌てて弁解する。
「ち、違うって。僕はリーザ一筋だからっ」
「ま、そんなことはどうでもいいんだけど」
……どーでもいいですか?
ここはもうちょっと、嫉妬心とか見せてくれてもいいのよ?
今度は僕が少し不満げな顔になるけれど、リーザは特に気にした様子もなく、いつものようにさらりと告げた。
「登録は済ませてきたわよ」
「えっ、てことはもう終わり?」
「まさか。まずはあっちで一人ずつ特性検査。それが終わったら、実技の試験が待っているんだから」
「うぇぇぇ……」
知ってて来たとはいえ、試験という言葉を聞いて、一気に気が滅入ってしまった。
「ま、これくらいの試験で、トキヒサが落ちるとは思ってないけどね」
そんな僕に向けて、リーザがにっこりとほほ笑んだ。
えっ――? もしかして期待されている?
「あ、ちなみにこの試験に落ちたら、次回試験が行われる一か月後までレースに参加できないの。――もしそうなったとしたら、その間の一か月間はどうなるか楽しみにしててね♪」
「はっ、はい!」
こうしてリーザの怖ーい笑顔に送られて、僕は特性検査会場へと向かった。
☆☆ ☆
「はい。それじゃ、そこの上に立って、軽く深呼吸してくださいね」
他の精霊たちの後に並んで待つことしばし、順番が来た僕は小さな部屋へと通されていた。真ん中にちょっとした魔法陣みたいなものがある部屋だ。
係の人の指示に従って、僕はその中心に立たされた。
検査というのは、ただここに立っていればいいだけみたい。
「それじゃ、測りますよ」
係の人の言葉が終わると同時に、カメラのフラッシュのような光が当てられた。それで終了。
「えーと。登録名『トキヒサ』さん。性別は……あれ、男の人なんですね。私てっきり……」
「いや、それはいいですから」
僕は係の女性の人の言葉を遮った。
そんな僕に対し、係の人は目を輝かしながら告げる。
「能力値が出ました。……問題ないですね。というよりむしろ凄い方ですよ。見てみます?」
「え、いいんですか?」
「ええ。この紙に印刷された文字は特殊加工されていますので、言葉が通じるのと同様、精霊の人にも読めるはずですよ」
僕はプリントされた紙を係の人から受け取って目を通した。彼女が言う通り、最初は町中のいたるところに散らばっているよくわからない文字が、しばらく目を通しているうちに、普通に読めるような文字へと変わる。しかもすべて日本語というわけではなく、必要なところは、数字やアルファベットにも変換されている。おお。凄い。
☆☆ ☆
・登録名:トキヒサ
・性別 :男
・総合値 C
能力値
・スピード:C(42)
・スタミナ:C(52)
・瞬発力 :C(50)
・持続力 :B(71)
特性
・底力 A
・安定 C
・集中力 D
☆☆ ☆
以上が僕の能力らしい。
「うーん」
なんていうか、自分で言うのもなんだけど微妙な感じ。底力っていうと熱血っぽくって、なんか主人公みたいだけれど、僕のキャラじゃないみたいだし。
まぁ、集中力が低めなのは思いっきり納得だったりする。
そんな微妙と思われる評価を、係のお姉さんは絶賛してくれた。
「新人さんでこのレベルは高い方ですよ。基礎値は、今日二番目の数値ですね」
「えっ?」
そんなにすごいの?
今まで何人の精霊が特性検査を受けているかは分からないけれど、二番目って、けっこうすごくない?
「そういえば、一番の人もトキヒサさんと似たような魔力を感じましたね。もしかすると、同じ世界から召喚されたのかもしれませんね」
ふーん。同じ世界、かぁ。
係の女の人の話を聞きながら、僕は何となくロビーで見かけた金髪美少女の顔を思い浮かべていた。
「はい。それじゃ。まっすぐ進んで実技の会場まで行ってください。次が押していますんで」
「あっ、は、はい」
僕は慌てて係の人にお礼を言って歩き出した。
せっかく基礎値云々が良くても、次の実技で失敗してしまったら、試験に落ちてしまうかもしれない。
そうしたら、リーザの怖いお仕置きが待っている。気を引き締めないと!
――まぁ、お仕置きはお仕置きで、ご褒美かもしれないけどね♪