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男の娘でも可愛い女の子は好きなのだ

「欲求不満……かぁ」

 一日が終わったその日の夜。

 部屋の電気を消してベッドに腰掛けながら、僕はぼんやりと呟いた。


 今朝、お姉ちゃんにずばり言われてしまったけど、確かにリーザのような可愛い女の子が夢に出てきてイチャイチャする(?)なんて、欲求不満の表れと言われても仕方ない。

 けれど、あれは本当に夢だったのだろうか。

 ほうきで空飛ぶなんて夢の中以外に考えられない。

 でも、もしリーザの言う通り、寝ている間だけ召喚されていたのだとしたら?

 だとしたら、それは異世界という現実のはず。

 普通は夢の続きを見ようと思っても見られるものではない。けれど、夢ではないのなら、もう一度、あの世界に行けるかもしれない。

 いずれにしろ、まずは寝てみないことには、始まらない。


「よしっ」

 僕は寝る前に気合を入れるという変な行為をしつつ、ベッドに潜り込んだ。

 出来ることならば、リーザにもう一度会ってみたい。そして、もう一度、もっと自由に空を飛んでみたい――

 そんなことを考えていたら、興奮して目が覚めてしまいそう。あぁ駄目だ。これじゃ眠れそうにもないなぁ……

 すぴー。




「……あ。来れた」

 気づいたとき、僕は思わず声を漏らしてしまった。

 昨夜いた紅葉が眩しい湖畔とは違う場所で、どうやら町の中みたいだ。背の高い建物の間に囲まれた小さな路地で、すぐ近くから雑踏が聞こえる。

 場所が違っても、すぐにまた来れた、と思えたのは、普通の夢とどこか違う、存在感・雰囲気を感じたからだ。

 なんていうか、質量が違うんだ。自分の重さを感じるというか。

 風の感触とかざわめきとか、視界も細部まで鮮やかで、夢とは違うことが、はっきり分かる。


「やっほー」

 そして僕を迎えてくれたのは、あのときの女の子――リーザだった。

 昨日会ったときはそっけないシャツにズボン姿だったんだけれど、街中仕様か、今日はチェック柄のスカート姿だ。うん。似合っていてかわいい。


「やっぱり夢じゃなかったんだ」

 思わずつぶやくと、リーザはぷぅっと頬を膨らませる。

「だから夢じゃなくって召喚だって言ってるじゃん」

「でもホイホイ召喚できないって……」

「あ、一度召喚した精霊は、二度目以降は「卵」を使わなくても簡単に呼び出せるのよ。昨日は慣れないままついつい調子に乗って魔力を使っちゃったせいで、強制的に召喚が解けて戻っちゃったけれど、もう大丈夫だから」

 あぁ。なるほど。

 それで気づいたら向こうの世界に戻っていたというわけか。何となく、パソコンを強制終了させたみたいなイメージが浮かんだ。


「それより、ねぇねぇ。ついてきて」

 リーザはそう言うと、僕を誘うように背を向けて歩き出した。

 ……あれ?

 僕もその後に続こうと歩き始めて、違和感に気づく。けれど、リーザがすたすたと先に進んでしまうので、問いただす余裕はなかった。夢じゃない異世界に一人で放り出されるのは遠慮したいし。


 リーザを追うように路地を抜けると、広い道に出た。

 レンガのようなカラフルな壁面の高い建物が並び、路地に比べて道幅はかなり広い。それなりに発達したヨーロッパ風のオフィス街みたいな感じ。

 広い道には自動車も馬車も走っていなかった。

 代わりに、道路を埋め尽くすほどの人が立っていた。


「うわぁ。なにこれ。すごい人の数……」

 人々の髪の色は黒だけではなく、青や緑とさまざま。けれどそれが違和感なく溶け込んでいるのを見て、やっぱりここが異世界なのかと改めて実感する。

 周りのみんなも、僕の姿を見ても特に不思議がる様子もない。というより僕ではなく、みんな道路に立ち止まったまま、上を見ていた。

 上?

 それに気付き、僕はみんな同じように空を見上げた。



 はるか遠くから歓声が起こった。それはどんどんこっちへ近づいてくる。

 その方向に目を向けた途端、ほうきにまたがった真っ赤に燃えるような髪をした少女が、頭の上をものすごいスピードで通り過ぎて行った。

 彼女を追うように歓声が続く。さらに頭上を次々とほうきに乗った人たちが通り過ぎてゆく。

 これがもしかして、リーザの言っていた、レース?

 彼女たちを目で追っていると、レンガ造りのビルの一つに大きなスクリーンが設けられていて、そこにさっきの赤毛の少女が映し出されていた。

 スクリーン中では場面が変わって、少し古風で大きな塔が映し出された。その塔のすぐ横に、人が数人くぐれそうなほど大きな光り輝くリングが、宙に浮かんでいた。

 歓声とともに、猛スピードで赤毛の少女がそれをくぐる。

 その瞬間、花火が上がりひときわ大きな歓声が鳴り響いた。

 何も知らずに見ていた僕にもすぐに分かった。彼女はゴールしたんだ。それも一番で。

 その光景に心奪われて余韻に浸っていると、リーザに肩をちょんちょん叩かれた。

「どう? これがエルハローネよ」

「うん。凄いねっ」

 僕がそう答えると、リーザは自分を褒められたわけではないのに胸を張った。

「でしょ。今のレースは、ピングリーブ市杯って言って、毎年この町を舞台にして行われるA3ランクのレースなの。Sランクのレースに比べたら、格は低いけれど、地元が舞台だし、毎年盛り上がって注目されるのよ」

「へぇ。そうなんだ」

 僕が感心しながら答えると、リーザは不敵に笑って続けた。

「そうよ。今年はこうやって見ているだけだったけれど、来年の優勝者は、私と……」

 そこまで口にして、リーザは止まってしまった。――はれ?

「そういえば、あなたの名前ってなんていうんだっけ?」

 がくっ。

 いや、確かに名乗っていなかったけど……ねぇ?

「えっと、じゃあ改めて。僕の名前は、白村時久」

「へぇ。トキヒサって言うんだ。可愛らしい名前ね」

 リーザが感心した様子でうなずく。

「うーん。可愛らしい、のかなぁ? あの、もしかして勘違いしているかもしれないから言っておくけれど……」

 僕はそう言って、身に着けている服を指さして続ける。

「こんな恰好をしているけど、僕、男の子だから」

 異世界だから何でもありかもしれないけれど、今日の僕はなぜか西洋風の民族衣装的なワンピース(スカート)を穿いていたのだ。ちなみに、昨日は寝ているとき身に着けていたパジャマだった。

 そんな僕の様子に、驚いた様子を見せる。

「うそ。男なのっ? 私てっきり……」

 やっぱり勘違いされていたみたいで、ちょっとショック。ま、まぁ僕の世界でもたまに間違えられるんだけどね。はぁ。

「でも、『僕』って言ってたし、名前だって女の子っぽくないのに」

「……むぅ。でもほら、僕って言う女の子もいるじゃない? トキヒサもそうなのかなーって。精霊の名前の性別は分からないし」

 名前で性別が分からないはともかく、こっちの世界にも、そういう人とかいるんだ……

 なんか頭が痛くなる。

「うーん。でもそっか。男の子なんだ……」

「え? 男じゃダメなの?」

 リーザの顔が少し曇る。それを見て僕は急に不安になる。

 精霊と召喚士と言ったら、魔力でつながった一般的な主従関係よりもはるかに深い関係。マンツーマンに手とり足とり指導は当たり前。となると、やっぱり男女のそういう関係とかが問題になっちゃうのかなぁ?

「――いや。全然そういうのじゃないんだけどね」

 何てことを言ったら、リーザにきっぱりと言い切られてしまった。いやいや。そこはもう少し意識してくれてもいいんだよ?

「エルハがそうだったように、一般的に女性の方が魔力は強いのよ。だからエルハローネに関わる召喚士も精霊も女性の方が圧倒的に多いんだけど……」

 そう言えば、さっき見たレースも、女の子ばかりだったっけ。女子限定というより、そういうものなんだ。

 ということは、男の子である僕は、いわゆるハーレム状態? いやむしろ逆ハーレム的なイメージかな……。

 逆ハーレムって言っても、女の子が男の人に囲まれる、というやつではなく、周りの女の人にちやほやされるのではなく、逆にこき使われるような、そんなイメージ。……まぁ、お姉ちゃんで慣れているんだけどね、そういうの。

 そんなわけで、ちょっとがくってきちゃったけれど、僕より先にリーザが吹っ切れたように言った。

「ま、いっか。一応ちゃんと飛べたし、たぶん大丈夫でしょ。新たな精霊を召喚するにも『卵』は無いし買えないから無理だし、先輩や先生から聞かされた色々な失敗例に比べれば、ましな方よ」

 そう言うリーザの顔は、やけっぱちになっているとかそういうのじゃなく、本当に気にしていない感じだった。って、それでいいんかい。

「というわけで、これからよろしくねっ」

「えっと……僕に拒否権は……?」

「大丈夫よ。精霊にも向こうの生活があるっていうのは学校で習ったけれど、迷惑がかからないようになっているから」

 あれれ? 微妙に話をすり替えられてしまった気が。ってことは、拒否権なし?

 うーん。確かに僕からしたら、夢の中の出来事みたいなものだから、実生活には影響ないかもしれないけれど。目覚めたとき、疲れが残ったりしないのかなぁ。

 とそんなことも頭に浮かぶけれど、心の中はすでに決まっていた。

 とてもレースに向いているとは思えないし、自信もない。

 けど空を飛ぶことなんてこの世界でしかできないし、なにより、見た目可愛い女の子のお願いを断れるわけないっ。僕だって、一人の男子として、可愛い女の子は好きなのだ!

「うん。分かった。こちらこそよろしくっ」

 僕はリーザに向かって手を伸ばして言った。こっちの世界にも握手という習慣があるみたいで、リーザは笑顔で握り返してくれた。

 握ったその手は、夢の中とは思えないほど暖かくて、改めてここが「異世界」という現実であることが分かった。




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