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ほうきと言ったら、またがって空を飛ぶもの!

 リーザから手渡されたのは、ごく普通の竹ぼうきだった。学校の掃除の時間に、昇降口で砂埃を掃いていたなぁ、なんて記憶がよみがえる。

 話の流れからすれば、これにまたがって空を飛べ、っていう意味なんだろうけれど、飛び方なんて知らないし。

 はっ。もしかして、周りに散らばっている落ち葉を掃除しろってこと? いや、まさかね。


「ん? どしたの」

 リーザが無邪気にきょとんとした様子で首をかしげた。

「えーと。ほうきだけ渡されても、どうしたらいいか分からないんだけど」

「えっ? 精霊なんだから、普通にほうきにまたがれば飛べるんじゃないの?」

 リーザがさも当然といった様子で言う。少なくとも、冗談を言っているようには見えない。

 ほうきにまたがって空を飛ぶ魔法使いの話はよく聞くけれど、いくら外見も中身も子供っぽいといわれる僕だって、それが創作の中での夢物語だってことくらい知っている。

 けれどここは異世界で、実際にほうきで空を飛んでいる精霊がいるみたいで。

 だとしたら、もしかして本当に飛べるのかな?

 そう思った途端、僕の心の中に、空への想いがむくむくと膨らんでいく。

 もし自由に飛べるのなら――僕だって空を飛んでみたい。

 どこ○もドアとタケコ○ターだったら、断然タケコ○ター派なのだ。


「それじゃあ、やってみるけど」

 ちょっと恥ずかしいけれど、夢の中のようなものだからと自分に言い聞かせながら、ほうきにまたがる。

「……それで、どうすればいいの?」

「だからどうすれば、って私に聞かれても……。召喚士自身はほうきで空を飛べるわけじゃないし。大丈夫よ。とりあえず精神を集中してみたら? 学校でそう教わったから。うん。大丈夫!」

 そんなアドバイスでよく召喚士の学校を卒業できたなぁ、と思いつつも、言われた通りに僕は瞳を閉じて、「浮かべっ」と念じてみた。



 初めに気づいたのは、いつの間にか足の裏が地面から離れたことだった。

 ジャンプするときのような直前の反動もなく、本当にふわりとした感じだった。

 僕は精神集中のため閉じていた瞳を恐る恐る開けて、下をのぞき込んだ。


「わっ、わっ、ほんとに飛んでいるっ!」

 今はひざを少し曲げてほうきにまたがっている状態だから、足を伸ばせばつま先が地面に届くほどの高さだけど、確かに浮いている。

 しかも、足が地面から離れていてほうきに全体重が乗っているのに、鉄棒にまたがったときに感じるような身体の重さも、全く感じないのだ。

 すごいっ! 


「ふふ。当たり前でしょ。この私が呼び出した精霊が、飛べないわけないじゃない」

 リーザは平然としているけど、その表情から、僕と同じように少なからずは興奮している様子なのが見て取れた。

 そんな彼女を見ていると、僕も嬉しくなっちゃう。

「それじゃあ、次は、前に飛んでみて」

「う、うん」

 もう一度瞳を閉じて精神を集中、前へ前へとイメージする。

 なんとなく、大名行列が脳裏に浮かんだりする。

 結果――



「えーっ。私、その場でくるくる回れ、なんて言ってないよー」

「はは。まだ上手くいかないみたい。一応前へ飛ぼうとは思ってるんだけど」

 僕がそう答えると、リーザはぽんと手を打って言った。

「あ、分かったっ。後ろに飛ぼうしたら、逆に前に飛ぶ、ってやつ?」

「うんうん、そうそうそんな感じ」

 なんてノリで答える僕に、リーザが笑顔のまま告げる。

「それじゃ、逆に考えたらちゃんと前に飛べるってわけよね?」

 あれ? リーザの顔、笑顔なんだけど笑っていないような……

「――言っておくけれど、ちゃんと飛べるようになるまで返さないからね」

「えーっ」

 リーザって、可愛い顔しているけれど、意外とスパルタ?

「はいはい。文句を言う前に、やってみる」

「ふぁ、は、はいっ」

 えーと。後ろにー後ろにー。

「わわっ。ちゃんと後ろに飛べた!」

「へぇー。それは凄いねぇ。で、前に飛ぶのはどうなったの?」

 リーザの声に殺気みたいなものを感じて、思わず僕は平謝り。

「ご、ごめんなさい。次はちゃんと飛びますから!」

「謝っている暇があったら、ちゃんと飛ぶっ」


 こうして、リーザのスパルタ特訓が始まった。


 それからしばらくして――


「うーっ……うぅーっっ」

 ほうきを持つ手をぎゅっと握って自分の身体ごと持ち上げるようにしながら、ほうきの先を右に左に上へ下へと動かすことで、何とか思っている方向には飛べるようになった。

「うん。うん。良い調子じゃない。これも私の特訓の成果ね」

 地上からリーザの満足げな声がする。ってリーザは何もしてないじゃん。

 と僕は恨めし気に、地上にいるリーザに目を向けた途端、そんな不満も疲れも吹き飛んでしまった。

 眼下に映るリーザの可愛らしい笑顔に癒されて――ではなくて(それもあるけどね♪)、むしろその周りに広がる光景。普段見られない角度から見下ろすその景色は、ベタな言い方だけれど、鳥になったかのようだ。

 身体全体にまだ疲れは感じるけれど、それが心地よい疲れに変わった感じ。ほうきにまたがっているお尻は痛みもないし、まだまだ飛べそうだった。

 そんなとき。


「あっ――」

 不意にリーザが間の抜けた声を出した。

「ふぇ?」

 と僕が思わず聞き返そうとして……世界が暗転した。



  ☆☆☆



「うっ……うぅん。あれ……?」

 気づいたら、僕は薄暗い部屋のベッドの上で布団に包まれていた。

 薄暗いのはカーテンがかかっているせいで、窓の外はうっすら明るくなっている。

 見慣れた天井、いつもの机。出しっぱなしのゲーム機。

 どうみても僕の、いつもの部屋だった。

「……あれ? 結局、夢、だったのかな……ぁ?」

 リーザという少女と出会い、ほうきにまたがって空を飛んだこと。

 紅葉に染まった湖畔。可愛くて、けどちょっぴり怖い女の子。ほうきにまたがって飛んだ空。徐々に飛ぶことに慣れてきて、空高くから見下ろした光景。

 どれも、夢とは思えないほどリアルな雰囲気だった。

 夢から覚めると、たいていその内容を忘れてしまうんだけど、まだはっきりと思い浮かべることが出来る。


 けれど、やっぱりこれが現実だよなぁ。

 部屋の中を見回しながら、僕は小さく欠伸をしてベッドから起き上がった。

 たとえ、あれがすべて夢の中の出来事だったとしても、いい夢だったからか、目覚めも良く気分も良かった。

 そんな気分のまま洗面所で歯を磨いていると、欠伸しながらお姉ちゃんがやってきた。


「あれ? 時久、なにかいいことでもあった?」

 僕の様子に気づいたのか、お姉ちゃんが聞いてきた。

「あ、お姉ちゃん。えっとね……」

 僕は喜々して、夢の話をする。

 するとお姉ちゃんは苦笑しながら、僕にこう告げたのだった。

「ねぇ、時久、知ってる? 空を飛ぶ夢って、欲求不満の表れなんだって?」

「えっ、えぇぇっ」

 僕は思わず、手にした歯ブラシを落としそうになってしまった。




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