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突撃特攻少女さくらちゃん

「あれれ?」

 呼ばれて来てみて、ふと違和感を覚えた。周りが暗いのだ。てゆーか、夜?

 見上げると、地球みたいに月は見えないけれど、星がきらきら見える夜空だった。もしかすると、あの光る星のどれかが地球だったりするのだろうか。って、恒星じゃないから、あっても見えないかな。

 なんてことを考えながら、視線を前に移すと、正面に競技場が見えた。ライトアップされていて綺麗だなぁ。


「おーい。こっちこっち。どこ見てるのー?」

 後ろから声をかけられて振り返ると、召喚を終えた制服姿のリーザが、にっこりと手を振っていた。

 あっ、そっか。今日のレースは夜中にやるんだっけ。リーザに事前に説明されていたのに、すっかり忘れてた。

 普通、レースは昼に行われるものである。けれど、なんの変哲もない田舎にあるこの競技場では、特色を出すためにあえて夜にレースを行うことで差別化を図っているんだって。

 レストラン施設やイルミネーションを充実させて、恋人たちのデートコースとして売り出そうとしているみたい。確かに、入場門へ向かう人たちは男女の組み合わせが多い気がする。やっぱ恋人たちだよね。

 ということは、僕とリーザも……うふふっ。

 ――って、いけない、いけない。今日はそういうつもりじゃないんだから。

「どうしたの? 今日はいつもと違って大人しいわね」

 そんな僕の様子に、リーザから話しかけてきた。

「そりゃもうレース三戦目だもん。浮かれてなんかいられないって。ふふふ」

 さりげなく大人の男性な雰囲気をアピールしてみたんだけど、リーザに気味悪がられて、引かれてしまった。しくしく。

 けど僕の雰囲気が違うのは、大人風にしているからだけじゃない。今日のレースの相手はあのミレイユ。厳しい相手だとは分かっていても、ライバル視するリーザの手前、簡単には負けられない。

 そんなことを考えながらふと気づく。

「そういえば、今日は前の二回と違って、審査室みたいなところで呼び出されるわけじゃないんだね」

「ええ。競技場によっていろいろなルールがあるのよ。ここではどこで呼び出しても自由なの。だったら、せっかくだしこうやって競技場を外から見てもらおうかな、って」

「えっ? それって……」

 もしかして、リーザも僕と同じように、恋人気分を味わいたかったってこと?

「いい? 今日のレースは、ほとんど競技場の外を飛ぶの。あのあたりから出て、あっちの方の……」

「う、うん。そうなんだ」

 予想はしていたけれど、リーザの有難いアドバイスを聞きながら、僕はこっそりと内心涙していたのは、秘密である。


 と、まぁそんな感じでちょっぴし出鼻をくじかれてしまった印象もあるけれど、いつものようにリーザと別れて、精霊の控室に向かう。今回で三回目ということもあって、初めての競技場でも、ちゃんと一人で控室まで行けるようになったのだ。

 あんま自慢にならないけど。

 けどまぁ、慣れもあって、それほど緊張もせず、扉を開けて中に入る。

「トキヒサ、待っていましたわ」

 するといきなり声をかけられた。

 声の方に目をやると、そこに美少女がいた。

 人の顔をおぼえるのが苦手な僕でもすぐに思い出す。金髪美少女フランス人精霊なんて、そういない。

「わあミレイユ、久しぶりっ」

 ついフレンドリーすぎたかなぁとも思ったけど、ミレイユも気にした様子はない。

 会ったのは検定試験の時の一度きりだけど、ミレイユは速くて凄い、憧れみたいな存在でもある。だから一度は、勝ち負け関係なく一緒にレースしたいという気持ちもあった。

 まぁ、召喚士の関係でライバル状態でもあるんだけれど。もっともそのおかげで、ミレイユも僕のことを覚えてくれていたのかな。

「キリカから今日のレースはあなたと一緒、と言われて、控室に一番乗りしてずっと待っておりましたけれど、まさか最後に控室に入ってくるなんて、なかなかやりますわね。おーっほっほっほ」

「……えーと、ミレイユって、性格変わっていない?」

 前に会ったときにも強気な感じはあったけど、高貴なお嬢様みたいな感じで。

 けれど、今目の前にいるのは、タカピーフランス娘だ。

「そうですわね。確かに前は、『突撃特攻少女さくらちゃん』の生みの国である日本人ということで尊敬の意みたいなものはございましたが、今日は敵同士。手加減はいたしませんわよ」

「とつげきなんとか……って、何?」

 聞きなれない単語を聞き返したら、ミレイユの顔色が一気に変わった。

「まさかご存じない? あの不朽の名作アニメをっ」

「アニメ? 僕あんまり見ないなぁ。『エスカルゴさん』くらいは知ってるけど」

「何てことですのっ。確かに『エスカルゴさん』は高視聴率で、伝説的なファミリー向けアニメらしいですけれど、エスカルゴさんのどこに萌よっ、というのですっ?」

「も、萌え??」

 もしかしてミレイユって、……そっち系の人?

「――はっ。それとも、エスカルゴさんに萌えてこそ、真のアニマーということですの? さすがは本場の日本人ですわね。ゆ、油断しましたわ……」

 ……なんか、認められちゃってるけど。僕はどう反応すれば……

「まぁ良いですわ。たとえエスカルゴさん萌えの上級者だとしても、あなたにさくらちゃん魂がないというのなら、恐れるに足らず、ですわ! 勝負ありましたわね。おーっほっほっほ」

 ミレイユはそう言い残すと、高笑いして去って行った。

 といってもレース前だから、控え室を出ることできないので、なんかおまぬけ。

 はぁ……

 なんか無性に疲れてしまった。

 ――もしこれが作戦なら、ミレイユって、やっぱ凄いよ。



 とまぁ、控室ではそんな出来事があったりもしたけれど、部屋の外では滞りなくレースプログラムが進んで、本日のメインレース、ペンネ賞の時を迎えた。ちなみに、ペンネとはこの近くにある地元の会社名前だ。

 スポンサーとなって広告料を支払う代わりに、レースに社名を付けることで宣伝になるんだって。そして広告料等が、僕たちへの賞金の上乗せにもなる。また優勝者には、ビール一年分(お酒を造っている会社みたい)が贈呈されるとか。どうせ飲めないけど。

 ついでに言うと、夜間手当みたいなものもついていて、結果的に、賞金総額は一般的なDランクのレースよりも高い。よって出場するエルハたちのレベルも自然と高くなる。

 けれどそれは逆に、ここで勝てば絶好のアピールになるってことだ。



 いよいよレースが始まる。

 歓声に迎えられながら、控室から競技場に出た僕たちに、係の人から用意されたほうきが配られる。今回はマイほうきではなく、レース場が用意したものだ。

 特別仕様になっていて、ほうきのしっぽの部分に蛍光塗料みたいなものが使用されている。これが尾を引いて、僕たちが飛ぶことで、色鮮やかな光線が夜空に描かれるとか。

 今回は宙に飛んだ時点がスタートになるので、さっそくほうきにまたがってスタート地点まで浮かぶと……おお、確かに赤い光が尾を引くように描かれている。これは綺麗だし、面白い。

 眼下には、前回の陸上競技場みたいなトラックではなく、芝生が敷かれた公園のようなものが広がっている。中の芝生は立ち入り自由で、恋人たちが寄り添うようにして、宙を見上げている。自分が出場するんじゃなかったら、リーザと一緒に、のんびり見たかったなぁ。

 宙に浮かぶ光の玉で設置されたスタート地点に、およそ2メートル間隔で、出場者の十一人が並ぶ。隣にはよりによって、ミレイユだ。

 ちなみに今回のレースでは、服装も自由になっている。それでも僕は前回前々回と似たようなレーシングスーツみたいなものだけれど、ミレイユは何と、ひらひらとした可愛らしいスカート姿なのである。控え室で会ったときは、レース前になったら着替えるんだろうと思ってたけど、そのままの姿でスタート地点までやってきた。

 下手したらぱんつが見えちゃいそうだけど、見せてもいいやつなんだろうなぁ。まぁ、ぱんつは別として、白くて長い足もなかなか……って、見惚れてる場合じゃないって!

 ミレイユと視線が合うと、彼女は僕の視線に特に気にした様子もなく、ほほほと微笑んだ。なんていうか、女王然とした笑いだ。勝ってしまってはいけない気持ちになってしまう。

 ってダメダメっ。僕は頭を振って、雑念を取り払う。今はレースに集中しないと。

 誰が出てこようと、自分の飛行をすればよい。先頭に飛ぶ人を見るように後ろに付けて、最後にきっちりと交わして、一番にゴールゲートに飛び込む。前回勝ったときのレースを再現すればいい。ただそれだけのこと。

 もうミレイユのことは見ず、まっすぐ視線を戻す。すぅっと息を吸って、吐いて、深呼吸。――よしっ。

 そして、スタートを知らせる花火が打ち上げられた。頭上に花火の鳴り響く音を耳にして、僕たちは一斉にスタート地点を飛び出した。



 僕はスピードを調節しながら、ちらりと左を向いた。

 スタート前は二メートル横にミレイユがいたのだが、姿が見えない。ならばあっさりと前を飛んでいるのかと思うけれども、目立つ金髪は視界に映らない。少し前を、一人の少女が飛んでいるだけだ。

 どうやらミレイユは僕の後ろからレースを進めるようだ。姿を確認できないのは正直怖いけれど、かといって彼女のペースに合わせて、僕のレースを変えるわけにもいかない。

 ――仕方ない、か。

 僕は少しだけ迷ったけれど、結局飛び出した少女の後ろに付けた。二番手。ここまではイメージどおりだ。

 ペンネ賞は競技場内を何週もするのではなく、スタートからずっとまっすぐ飛び、リーザに説明されたように、競技場の外を出てさらにまっすぐ飛ぶ。そしてその先に設けられている大きく膨らんだ緩やかなカーブになっている折り返し地点を曲がり、再び競技場に戻ってゆき、スタート地点がゴールとなる。ようは、折り返し地点以外はずっと一直線。ただその直線の長さが、新人戦の総距離に比べて少し短いくらいでほとんど変わらない。つまり、行って帰ってくる分、約二倍の飛行距離なんだ。そのうえに、ずっとまっすぐなので、仕掛けどころも難しい。


(……うーん。ちょっと速いかなぁ?)

 僕は先頭を飛ぶ少女の後姿を見つめながら考えた。ズボンから生えた尻尾がぴょこぴょこと動いていて、ちょっと可愛い。とりあえず「しっぽ子ちゃん」と命名する。

 それはともかく、彼女のペースに合わせて飛んでいると、ちょっときついのだ。

 ペースについては、リーザ直伝の心得がある。


『自分が飛んでいて早いと思ったら早く、遅いと思ったら遅い』

 ――って、まんまやん。


 というツッコミはさておき、ペースが速いときは後ろから、遅いときは前から、というのは基本。


 さて、どうする? 

 気付くと、前を行くしっぽ子ちゃんの姿はずいぶん小さくなっていた。


 よし。決めた。何もせずに負けて後悔するよりも、仕掛けて負けるほうがまだいい。駄目でも、リーザへの言い訳になるよねと、後ろ向きな気持ちもよぎったけど。


『うん。それでいいわ』

 ちょうどその時、リーザからの通信が入る。おっと、危ない危ない。直前の気持はばれていないよね。

『直前の気持ち?』

『こ、こっちの話っ』

 召喚士と精霊との通信はレース中一回のみ。時間も限られているので、無駄話をしている場合ではない。僕は話を打ち切って、気になっていることをリーザに尋ねる。

『ねぇ、ミレイユはどんな感じ?』

『彼女は五番手でレースを進めているわ。相変わらず余裕のある飛び方をしているから、そのうち順位を上げてくるはずよ』

 なるほど。まぁ予想通りだ。真後ろに付けられていないだけでも、気が楽かな。

『それと先頭を飛んでいる尻尾娘の、のん子選手は、前のレースもずっと先頭を飛んだまま、一番にゴールしているの。彼女にとっては、案外普通のペース化もしれない。だから少し無理してでも付いていった方がいいわ』

 へぇ。それは油断できないね。

 リーザの言葉を聞いて気を引き締める。テレパシー最初の一言はそういう意味だったんだ。

『そろそろ時間ね。前のレースのような展開、期待しているよ』

『うんっ。任せて!』


 通信時間、終了。

 あとは僕だけで、レースに対処しなくてはならない。

 うーっ。まだ折り返し地点も先なのに、大丈夫かなぁ。

 少し不安になりつつも、スピードを少しずつ上げ続けて、再びしっぽ子ちゃん改め、のん子の後ろに付ける。真後ろだと彼女のほうきから流れている緑色の光線にぶつかってしまうので、少しずれているけれど。

 このくらいの距離に付けていると、前を飛ぶ彼女にも、僕が後ろを飛んでいるのが分かるかなぁ……とぼんやりと考えた瞬間だった。


 一瞬にして、僕の背後に気配を感じた。

 静かだけど、圧倒的な力の感じ。


 見なくても、それが誰なのか、すぐに分かった。



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