第9話 お祭り準備 その1
「……あなたはアホなの?」
「直球だね……」
キーヌの森での出来事の次の日。雑貨店にやってきたレイシアに森での事を話した瞬間帰ってきた言葉はかなり辛辣でした。
「いや、師匠に無理矢理付いていったら道に迷った挙句、その時に会ったお金の無い旅人を自分もお金がそんなに無いのに家に泊める」
「う……」
「あの師匠もかなりヤバいけどミリアも中々ね」
そう言うとレイシアはお店の中の丸椅子に勝手に座り、レジに居る私に分かりやすくため息を一つ付いてきます。……色々言いたいことはあるが口に出す前に言葉をしまう。言い方は若干アレだけどレイシアの言うことはかなり尤も。もしトリエラさんと師匠の二人が居なかったら私は今頃あの気味の悪い塊……スライムによってドロドロになっていたことでしょう。
「で、そのトリエラ……だっけ?助けてくれた旅人は何処に居るの?」
「あー、トリエラさんなら師匠から何か頼まれて外に行っちゃったよ」
トリエラさんは私が朝食を作っているときに師匠と話しているのを見ました。その後「師匠の頼み事なら私が行く」と私がトリエラさんに言いましたが、「……恩は返す」と言って外に出て行ってしまいました。恩を返すって意味では命を救われた私が返すべきなんでは……。
「まあ、良いんじゃない?好意は素直に受け取って損は無いわ」
「うーん、それはそうだけど……」
でもトリエラさんは街祭りに関しては全くの無関係。寧ろ彼女は直ぐにでも旅に出たいはず……そういえばトリエラさんは何処に向かっているのでしょうか?彼女の様子からしたら色々な街を渡り歩く根なし草のような気もしない訳ではありませんが。
「……まあいいわ。師匠の様子からして街祭りの出し物は順調ね」
「うん、それに関して問題無さそうだよ……問題あったら私の臨死体験が無駄になっちゃう」
「……全くね」
「今、戻った」
レイシアがお店を出て行ってから暫くしてトリエラさんが戻ってきました。その時、彼女は私の胴よりも太い、大きな樽を抱えて立っていました。
「お、お帰りなさい……どうしたんですか?それは」
「貰った」
私がトリエラさんに樽のことを聞くといつも通りのシンプルな返答が返ってきました。というか貰ったって……。
「……何処からですか?」
「酒場、ゲームの景品に貰った」
……色々聞きたいことが有りますが、トリエラさんがそんな私の前を通って師匠の部屋の扉の前に行きます。そして扉を小さく二回叩きました。
「……なあに?」
「……頼まれていたもの、持ってきた」
暫くして師匠が部屋から出てきました。その師匠にトリエラさんは大きな樽を渡します……あの樽が師匠が頼んだ物のようです。
「あ!トリエラありがとう!」
「……大したことはしていない」
トリエラさんから貰った樽を見て、大喜びする師匠。そんなにあの樽が欲しかったのでしょうか?特別な樽?
「いや、私が珍しくないものだけど……」
「あ、そうなんですか」
だったら猶更なんで師匠はあんなものを欲しがったんでしょうか……街祭りの出し物に使うんでしょうか?
「トリエラさん、師匠が何を作ろうとしているか分かりますか?」
「……全然」
まあ、それもそうですよね。トリエラさんは私たちと出会ってたった一日。私の方が師匠と長くいるのに分からないんじゃ、トリエラさんには師匠がなにをしようとしているのか見当つかないでしょう。
「でも、祭りに関係するものなんでしょ?」
「おそらくはそうなんでしょうけど……そういえばトリエラさんは何時までここに居ますか?」
トリエラさんの口から「祭り」という単語が出てきた時、ふとレイシアと会話した時の疑問を思い出したのでトリエラさんに聞きました。
「何時まで?」
「はい、いや、特に深い意味は無いんですけど。なんとなく不思議に思ったので……」
「……」
私の疑問にトリエラさんは口を閉じてしまいました。見たところ気まずいというよりは何も考えていなかったという感じのようです。そして暫くしてから
「靴とナイフを買えたら、出ようと思っている……」
と言いました。靴とナイフ?私はそう一瞬不思議に思いましたが、昨日の出来事を思い出して納得しました。
「そうだ、トリエラさんって昨日のスライムに……」
「そう、ナイフも靴も無くなった。流石に武器も無く旅に出るのは、危険」
それもそうです。トリエラさんが何処まで行くのかは知りませんが、武器も無く、裸足で歩くのはかなり危険です。
「街の中なら裸足でも大丈夫だけど、外の道は石も多くて、危ない」
「ってトリエラさん。今裸足なんですか!?」
トリエラさんの言葉に思わず驚いてしまいました。トリエラさんの足元を見てみると言った通り靴を履いておらず形の整った綺麗な爪がはっきりと見えていました。
私の驚きの声にトリエラさんは首を傾げます。そして何かが分かったのか「ああ」と声を上げます。
「ベッドが汚れるのを気にしてる?」
「違います!街の中だって地面に危ないもの一杯あるんですよ!?」
若干ずれた答えに、私はツッコミます。けれどトリエラさん今日靴履いてなかったんですね。同じ屋根の下に居るのに靴を履かせないのはどうかと思い、私は自分の靴を脱ぎ、それをトリエラさんに渡します。
「とりあえず、少しきついかもしれませんが私の靴を履いてください」
「……良いの?」
「はい、私はまだ靴を持っていますので、トリエラさんに上げます。でもその靴は長旅には余り向かないので街の中だけにしてくださいね」
「……ありがとう」
そう呟くとトリエラさんは私の靴を丁寧に履きます。まるで売り物の高級品を試しに履くような繊細な手つきに、私は何処かくすぐったいというな感じがします。
「……ぴったり」
そして私の靴を履いたトリエラさんはその場で足踏み等をした後、少し嬉しそうに呟きました。