第8話 帰宅
「やっと出れた……」
「う~ん、大漁大漁!」
げっそり顔の私にテンションの高い師匠、そして無表情なトリエラさん。森から出た時の顔は三者三様でした。あの後、師匠の大雑把道案内で若干迷いながらもなんとか森の入った所から出ることが出来ました。ずっと木に覆われ見えなかった太陽は若干地平線に沈みかけています。
「じゃあ、暗くなる前に帰ろっか」
「はい……うぅ、早く帰ってお風呂入りたい」
「ねえ、ミリア」
私たちが歩き始めた時、トリエラさんが私に話しかけてきました。彼女は無表情ながらも少し目を逸らしています。
「はい、何ですか?」
「……疲れてる所悪いんだけど、宿の場所」
「あ」
そうでした。トリエラさんは旅人で一緒にいるときも宿があるか尋ねていたっけ。
「じゃあ、街に着いたら私が案内しますね」
「……助かる」
「ねえねえ」
私がトリエラさんと約束をした時、隣から師匠が話に加わって来ました。そして師匠はトリエラさんの歩いている足に目を向けています。
「トリエラ……だっけ?森の中でも思ったんだけど、なんで片足だけ靴はいてないの?」
そういえばトリエラさんはスライムに襲われた後、私が気付いた時には片足だけ裸足になっていました。どうやら師匠もそれが気になっていたようです。ですがトリエラさんの方は無表情なまま「ああ」と呟いて
「スライムを蹴った時に……」
「スライムを?」
「そう」
どうやら森の中で私を押し倒して一匹目のスライムを回避して、二匹目が襲ってきたときにトリエラさんは靴でスライムを蹴って倒したみたいです。ですがその時に靴を溶かされそのままおしゃかになってしまった……という感じですかね?なんというか
「凄いですね……」
「別に、モンスターに襲われるのは慣れてる」
そう何でもないかのように言うトリエラさん。でも襲われるのに「慣れる」って……彼女はどれくらい旅してきたんでしょうか。
その後、しばらく歩いて空全体が真っ赤になった頃に私たちは西の城門に到着することが出来ました。
「じゃあミリア。宿、教えて」
「了解です。師匠はどうするんですか?」
「私は先に戻るよ。今回見つけた物の整理をしないとねー」
そう言うと師匠は先に歩いていってしまいました。私たちはそれをしばらく見ていましたが、トリエラさんが私の方に向きます。
「で、何処に行く?」
「そうですね……ひとまず真っすぐ行きます」
「分かった」
私たちが入ってきたのは西の城門でそれは職人通りに直接繋がっています。つまり私たちは今、職人通りの端っこにいるわけです。ですが職人通りは基本的に物づくりの人たちの密集地。宿屋などはありません。なので別の大通りに行く必要が有ります。
私たちはしばらく歩き続け、中央広場へと足を踏み入れました。
「……何かあるの?」
トリエラさんは中央広場の様子を見て立ち止まり、そう呟きました。今の中央広場は木で組まれている途中のステージが真ん中にどんとあり、組み立てをしていたであろう男たちが広場の地面に腰を下ろして談笑をしていました。百人中百人がこの景色を見て、何かイベントがあると思うでしょう。
外から来たトリエラさんもそう思ったみたいです。
「ええ、もうそろそろ街祭りをやるんです」
「街祭り……」
トリエラさんは私の言葉を聞いた後、しばらく赤い髪を弄りながら作りかけのステージをぼうっと眺め始めました……昔の大事な記憶をぼんやりと思い出しているような、無表情なりに何処か切ない感じ。
「トリエラさん?」
「……なんでもない」
私の声にトリエラさんはハッとして、私の方を向きました。今の彼女の無表情な顔からはさっきのような感情は微塵も感じません。
「……で、宿は何処?」
「あ、はい。こっちです」
私たちはその後中央広場から西へ、職人通りとは対になっている通りへ来ました。そこは日も暮れかけているのに至る所に人がいます。人々のやっている事も様々で、外のテーブルで夕食をがっついたり、お酒を飲むガタイの良い男達。外の樽に座り、弦楽器を弾きならす吟遊詩人。フードを使って顔を隠して気配を消そうとしているかのように静かに飲み物を飲む怪しい人……職人通りのような静けさは無いが、商人通りとは違った賑やかさがあるこの通りは旅人通りと言います。
旅人通りは名前の通り、この街に泊まる旅人や商人の為の宿。そういう人たちだけをターゲットにした露店。それに夜だけ開かれる……その、少しいかがわしいお店など。なんだか騒がしい通りです。
「……ミリア、宿は?」
「あ、はい……その、トリエラさん。どんな宿にします?」
「……どういうこと?」
私の言葉にトリエラさんは首をかしげました。しまった、言葉足らずになっちゃった。
「その、高い宿が良いか、多少あれでも安い宿が良いかって話です」
「ああ……」
トリエラさんが私の言葉の意図に気付いたのか言葉を漏らします。その後、腰に付いていた小さなポシェットの中を漁ってから「……あ」と呟きました。
「どうしました?」
「お金、無い」
「へ?」
「……無いわけでは、無い。けど」
そう言ってトリエラさんはポシェットの中から手を取り出し私に硬貨を何枚か見せてきました。
「えっと……これで、全部ですか?」
「……そう」
トリエラさんが見せてくれた金額では幾ら安い宿でも泊めてくれはしないでしょう。というか一食食べれるかどうかも怪しい位の金額です。
「……どうしたらいい?」
「……どうしたらいいんでしょうね」
「で、ここで泊めようって話になったの?」
「は、はい!」
旅人通りでトリエラさんとどうしようか悩むこと約十分。トリエラさんが「野宿で良い」と言って町の外に出ようとするのを何とか止めて、私の脳が頑張って出した代案が「師匠のお店に泊まる」というものでした。
とはいってもそれには師匠のお許しが不可欠。その為お店に戻り、自分の部屋で怪しい実験を始めようとしていた師匠をレジの所まで引っ張り出して事情を説明しました。
師匠は私の事情をすべて聞くとケロッとした表情で
「別に良いよ?」
と簡単に許可をだしてくれたのでした。
「……良いの?」
トリエラさんもここまであっさりだったのには少し驚いた様子。師匠はそんな彼女の様子を見ながら、レジの近くに置かれていた硬貨を弄りだします。
「私の部屋に入らなければ好きにしていいよ~」
「……ありがとう」
師匠に感謝の言葉を言って頭をぺこりと下げるトリエラさん。まあ、私としては師匠はそこらへんルーズだから大丈夫だと思っていましたが、トリエラさんの泊まる場所が決まって私も少しホッとしました。なんか捨て猫を拾って、親と交渉する子供みたいですね、私……。
話が終わり師匠が体を伸ばしながら部屋に戻ろうとしましたが、扉を開けた瞬間ぴたりと止まり、私の方に向きます。
「……何ですか?師匠」
「いや、別にミリアが良いなら良いんだけど……食費とか大丈夫?」
「……あ」
そうだ、師匠と二人で街祭り位でお金が尽きる。それプラストリエラさんの分が色々増えると……
「……大丈夫?ミリア」
「ありゃ?ミリア?おーい!」
トリエラさんと師匠の心配する声がどこからか聞こえます。……大丈夫、ギリギリまで削れば何とかなる、よね?