第7話 森の中で対決
私とトリエラさんが動きを止め、周りに意識を集中させると「ガサガサ」といった茂みの中を動く音が聞こえてきました。音からして私たちとの距離は結構近いかもしれません。
私はどうしたらいいか分からずトリエラさんの方に目を向けますが、彼女は音のした方をジッと睨みつけていて、なんというか話しかけられる雰囲気ではありません。
「……来る」
私がどうしようか動かずに迷っているとトリエラさんがボソッと呟きました。その瞬間すぐ近くの茂みから黒い影のようなものが飛び出してきます。それは近くの根っこに着地して私の方に飛び掛かろうとしてきました。
「うわっ!?」
勢いよく飛んでくる何かに怖気づいてしまった私は、重いバッグを持っていたせいか背中から地面に転んでしまいました。けれどそのおかげで黒いなにかは私の頭上を通り過ぎていきました。
「な、な……」
「動かないで」
私が混乱していると頭上からトリエラさんの声が聞こえます。私が声の方を向くと無表情ながら真剣な顔のトリエラさんが居ました。そして、その視線の先には……
「な、なんですか、あれ」
「……スライム」
なにやら真っ黒い雫のようなものが居ました。大きさは私の膝位の大きさがあり、なんかテカテカ薄暗い森の中でやけに光を反射していて……凄く気持ち悪いです。
私がそんな感想を持っていると、スライムは体を上下に大きく動かした後、勢いよくトリエラさんの方へ突っ込んでいきました。彼女をそれを正面で待ちかまえ
「ふっ……!」
と短く言うと、ナイフを勢いよく振りました。ナイフはスライムの体に見事当たり、真っ二つに切断しました。そして、真っ二つになったスライムはトリエラの横を通って、茂みの中に落ちていきました。
「やった!」
「……しまった」
スライムは二つに分かれたまま、地上に落ちて体が崩れました。私はそれを見て思わず声を上げましたが、トリエラさんは逆に苦い顔をしながら言葉をこぼしました。
「トリエラさん、何が『しまった』なんですか?」
「……これ」
私が体を起こしながら尋ねるとトリエラさんは自分のナイフを持ちあげました。そのナイフは刃が見事に無くなっていて……え?
「……溶かされた」
トリエラさんの顔を見るにどうやらこれはスライムにやられたみたいです。私が転ばなかったら私の顔や体はどんな目に遭っていたのでしょうか……そのことを想像して思わず体が身震いします。
「で、でもあれはトリエラさんがやっつけましたよね!?」
「いや、多分生きてる……厄介なことにもなってると思う」
「厄介?」
私が尋ねた瞬間、トリエラさんが立ち上がったばかりの私を押し倒すように倒れこみます。トリエラさんの急な行動に私はびっくりしましたが、私の色々入ったバッグがクッションになったおかげで背中にそれほど衝撃は有りませんでした。そして押し倒されると同時に先ほどの茂みから影が一つ飛び出してきました。もちろんその影は
「スライム!」
「……まだ来る!」
その言葉と共にもう一つ、先ほどの茂みから黒い塊が飛んできます。それは勢いよく私の顔へ向かって飛んできて……!
「あ、あれ?生きてる?」
「……大丈夫?」
スライムが飛んできて思わず目を閉じてしまいましたが、予想していた痛みが中々来なかったので目を開けると、私の上に倒れ掛かっているトリエラさんの声が聞こえてきました。
倒れているので上手く視線を動かせませんが、なんとか見渡すと私の目の前に水風船が弾けたような跡が有りました。
「な、なんですかこれ?」
「し、まだ居る」
私が震えた声で尋ねると上からまたトリエラさんの声が聞こえます。その声を聞いた後、また見渡すと言葉通りスライムが一体、私たちの隙を伺うかのように居ました。
「一体はなんとか倒した……後はあいつだけ」
「……な、なんで二体居るんですか!?」
「スライムは、分裂することが有る。さっきのあいつが二体になって襲ってきた」
どうやらスライムが分裂して襲ってきて、後から襲ってきたのはトリエラさんが倒してものの、先に襲ってきたのとにらみ合いになっているみたいです。どちらかが、先に集中力を無くした方が負け……といった感じ……なんですか
「その、トリエラさん!苦しいです!」
「……ごめん」
「あ、いや、重いとかいう訳ではなく、その、胸が……!」
押し倒されている私と押し倒しているトリエラさんは向かい合って倒れています。けれど身長の差か、それとも偶然か……どちらにせよ私の顔の鼻から下はトリエラさんの胸に見事にはまってしまいました。トリエラさんとしては集中したい場面なのでしょうが、私としては息が出来なくてそういう方面でもかなり危険です。
「……ミリア、くすぐったい」
「ご、ごめんなさい!でも、苦しくて……」
私がなんとか息をしようと動いているとトリエラさんから抗議が来ます、私がトリエラさんの顔を見るとスライムを注視しているその顔が少し赤くなっていました。
そしてその様子を好機と思ったのか、黒い塊が私たち目掛けて突進してきました。それに対してトリエラさんは上半身に体重を掛け、何か技をしようとするのが感触で分かりました。私としてはそのせいで更に胸が押し付けてきて更にピンチになります。やばい、意識が無くなってきた……
「えーい!」
私の視界が暗くなる寸前、間延びした声が聞こえ、何かが弾ける音がしました。
「ミリア、大丈夫?」
私が目を開けた時、私の前には長い茶髪の女性が立っていました。雪のように白い肌に青い垂目。見る人が皆美女と形容しそうな美しい女性……
「師匠?」
だけれどもダメダメな魔法使い。師匠が居ました。師匠と私の顔の距離はとても近くて驚きましたが、しばらくして師匠が私を膝枕していることに気が付きました。あれ、師匠いつの間に……
「良かった!ミリア気が付いた?大丈夫?」
「……あれ?師匠。トリエラさんは?それにスライムは……」
「トリエラ?それって赤髪の女の子?それだったら」
「白雪草、取ってきた」
師匠が何か言おうとした直後、私の視界の外からトリエラさんの声が聞こえました。私が顔を上げるとそこには手に白い花の束を持っていてなぜか片足だけ裸足のトリエラさんがいました。
「ミリア、大丈夫?」
「え、ええと……トリエラさん、スライムは?そして何で師匠がここに?」
「……いきなり現れてもう一体のスライムを倒してくれた」
「え?」
私はスライムがやられた瞬間を見ていません。けれどあの師匠があのなんでも溶かす危険な生き物を倒せるとは……
「まあ、出来そうではありますね」
思えます。なんとなくですが
「でも師匠。なんで私の場所が分かったんですか?」
「ん?いや、ミリアの場所が分かったんじゃなくて……」
そう言うと師匠は急に眼をあらぬ方向に向き始めました。……怪しい。
「その……途中でミリアが居ないことに気が付いて探していたらスライムの巣に入っちゃって……」
「「……」」
「それで、ちょっとそのスライム達をバッサバッサと斬ってたら何匹か逃げちゃって……」
そういいながら師匠は持っていた細長い袋から両刃の剣を見せてきます……あの中身あんなものが入っていたんだ。師匠のイメージから離れた物騒なものに若干びっくり……ってあれ?
「師匠、それって……」
「うん、肩こりが良くなる邪剣!良いでしょ~」
「……はぁ」
邪剣なんてそう簡単に使っていいものではないのでは?なんて思いましたが、師匠の軽い様子を見ているとそういう事をいう気力も無くなってしまいます。
「……最終的には助かったけど。別に、逃げたのを追わなくても良かったんじゃない?」
「まあ、そうなんだけど……ほら、スライムって貴重な素材がいっぱいだから……」
「……」
師匠の能天気というか……独特な考え方にトリエラさんの無表情な顔にも驚きの色が出ていました。