第4話 白雪草を探して
「……師匠。次は何処へ?」
ロゼッタ宝石店を出て、師匠と共に中央広場のほうへゆっくりと歩を進めている途中。私は尋ねました。
師匠はその言葉を聞き、私のほうを一度向いた後、あごに指を置き少し考えた後、言葉を口にしました。
「商人通りの方にね」
「商人通りですか?」
「うん」
商人通りとは中央広場から見て、南にある大きな通りです。商人通りは名前の通り露店があちこちで開かれ、いつも賑わっている元気な通りです。私も食料を買うときはいつもそこに行きます。ですが、師匠が欲しがりそうなものは余り売っていないような気もします……いや、ちょっと待ってください。
「師匠、また変なものを買うつもりじゃないですよね?」
「ち、違うよ。今回は欲しいものは決まってるよ!」
どうやら今回は今まで買ってきた変なものを買うつもりは無いようです。まあ、師匠の場合フラフラと言葉巧みに流されて買ってしまうので警戒しなくてはいけませんが。
「もう、ミリアは心配性だな~」
「本当にお金がピンチなんですよ。で、師匠は何を買う予定なんですか?」
「白雪草っていう草が欲しいの」
「白雪草……」
師匠の言った植物にはさっぱり聞き覚えがありませんでした。でも、商人通りに行くということは余り珍しいものではないのかもしれません。
「うん、そこまで貴重な植物じゃないんだけど……食べても美味しくないし、余り流通しないんだよね」
「それが今度作る物にどう関わってくるんですか?」
「インクに白雪草を混ぜるの」
「……は?」
私は一瞬、師匠の言っていることが分かりませんでした。それが出し物とどう関係が……と頭の中に疑問符が浮かび上がりますが、師匠はそれを気にせず、近くの出店に向かいます。
「おう!いらっしゃい、お姉さん方!」
「あ、白雪草有りますか?」
出店の人に元気よく尋ねる師匠。けど相手の反応はそれほど良いものではありませんでした。
「白雪草?何に使うんだそんなもの」
「無いんですか?」
「ああ、あの植物は採っても売れないからな。それにちょっと森の奥へ行かないと採れないんだ」
ふむ、先ほどの師匠の言葉通り流通はしないもののようです。
「じゃあ、ほかの露店も似たようなものかな」
「ああ、おそらくな。最近はさっぱり見てないぞ」
「うん、わかったありがとう!」
「ああ、悪いな!」
出店の方と明るく別れ、師匠はしばらく商人通りを歩いていきます。ですが、出店の方の情報通りほかの露店にも白雪草は売っていませんでした。
「どうしますか?師匠」
「……うーん、あれしかないかな」
「?」
私の言葉が聞こえなかったのか、師匠は西の外壁のほうを見て頷いていました。……何か嫌な予感がします。私の頭の中で警鐘が鳴り響いていました。
「よし、ミリア外に行くよ!」
「はい?」
ロゼッタさんと会って、白雪草を露店で探した次の日。師匠が元気な声で寝起きの私にとんでもないことを話しかけてきました。どうやら警鐘は当たったみたいです。
「ど、どういうことですか?」
「だーかーら!白雪草を採りに行くの!」
そういう言いながら師匠は研究室から丸めた古い紙を持ってきました。そしてそれをレジカウンターで開きます。
それは地図でした。師匠はその一点をビシッと指さします。そこには木のようなものが描かれており「キーヌの森」と書かれています。
「キーヌの森?キーヌの森っていうのは確かこの街のすぐ西にある……」
「うん、ここなら白雪草が採れるんだって。露店の人から聞いたの」
「へー、でも確かここってモンスターが出没するのでは……」
「大丈夫大丈夫。じゃ、行こー!」
「ま、待ってください!せめて準備しましょう!」
つまり、師匠は「白雪草が売ってないなら自分で採りに行こう」という結論に至ったようです。ですがそれ以外の事は一切考えていない模様。
「キーヌの森」というのは先ほど私が言ったようなこの街を出て、西の所にある森です。そこまで広くは無い森なのですが、人を襲うモンスターと呼ばれるものが生息しているので、余り人が入らない場所です。
まあ、師匠からしてみればモンスターも取るに足らない存在なのかもしれませんが、危険は出来るだけ減らしたほうがいいのは当たり前です。
「えー、時間がもったいないよ」
「師匠は時間と自分の体、どっちが大切なんですか。一日くらい待ってください。今日中に準備しますから」
「ん?ミリアも行くの?」
「はい、師匠一人で行かせると、迷子になって帰って来れなくなるかもしれませんので」
「……私、ミリアから信用されてないの?」
「自分の行いを振り返ってください」
「……はい」
私の言葉に師匠はぐったりと項垂れていました。まあ、それはいつものことなので無視して準備を始めます。
私は自分の部屋からリュックを持ってきて、とりあえずモンスターに襲われた時のために治療薬。迷子になった時のための乾パン等を入れていきます。ちなみに治療薬はお店に置いてあるものではありません。売れなくても商品ですからね。
師匠はしばらく私をジッとレジカウンターに頬をくっつけていましたが、ゆっくりと立ち上がり研究室に行ってしまいました。そして、何かを漁る物音が中から聞こえてきます。
恐らくは私の言葉を聞いて準備を始めたのでしょう……とは言っても研究室の中に何があるのか私は知らないのでどんなものを持ってくるのか若干不安ですが、出来るだけ気にしないようにしましょう。
次の日、私たちは西の城門にいました。そこで見張りの兵士さんに色々手続きをします。師匠はその間、街の外を見ながらのんびりと欠伸をしていました。かなりのんきです。
ちなみに今の私は自分の体ほどは有るリュックサックを背負っています。中身は治療薬や乾パン以外にももしものための道具でいっぱいで、準備万端な感じです。
「師匠、手続きが済みましたよ」
「あ、うん。ありがとうミリア」
私の声に反応して師匠がこっちにやってきました。師匠の持ち物は肩に掛けるバッグが1つと、布でグルグル巻きにした細長いものを手で持っています……何なんでしょうか、これ。師匠に聞いても「後のお楽しみだよ~」といって教えてくれませんでした。
「そこまで警戒しなくても良いのに~」
私の装備に師匠が苦笑いしていました。ですが、私たち人間は毎年モンスターに襲われ、何人もの人が亡くなっています。警戒して損は無いと私は思います。
「キーヌの森はそんなに凶暴なモンスターは居ないし、大丈夫だと思うけど……まあ、いっか。じゃあミリア、行こうか」
「はい、師匠!」
師匠の掛け声で、私と師匠は街の外へとゆっくり歩きだしました。目指す先はすぐ先のキーヌの森。
私は一度、上を見上げます。そこにあるのは綺麗な青空。とりあえず日が落ちるまでには帰ってきたいです。
「あ、ミリア見て!バッタだよ!待てー!」
「あ、師匠!勝手に道を外れないでください!」
……かなり不安ですが、大丈夫でしょうか?