第3話 宝石店のロゼッタ
「う~……」
レイシアによって約束を取り付けられた日を境に、師匠が悩んでいる姿を見ることが増えました。というかほぼずっと悩んでいます。
朝食を食べた後いつもの師匠なら研究室に篭ってしまうのですが、そのままテーブルに頬杖を付きながら考えることが多くなりました。そしてお店が開店してからはお店の中にある椅子に座りながら古そうな本をめくる。
「う~ん、魔法陣の中にある物体を鉄にする……でもそれじゃインパクト無いしやっぱ1つ前の光に当たったものを全部お菓子にする機械……駄目だよね~」
私がレジに座っている横で若干恐ろしいことを言いながら、メモを書き、一瞬悩んで文字を消す師匠。
師匠、それはインパクトしか無いと思います……という突っ込みを心の中に閉じ込め、私は師匠を見守ります。師匠にとってはそんなことじゃインパクトが無いのでしょう。師匠のインスピレーションの邪魔にならないよう黙っておきます。
そうやっている内にお店を閉める時間となり、日が過ぎていく……街祭りまでまだ時間が有るとはいえ大丈夫でしょうか。かなり不安です。
「ねえ、ミリア」
「はい?」
そんな日が続いたある時、私がいつも通りお店番をしていると師匠が話しかけてきた。
「ちょっと買い物に行ってくるね~」
「え、師匠作る物決まったんですか?」
師匠が手をブンブン振り回しながらお店から出ようとするのを見て、思わず引き留める。
師匠は一度考え事をすると他のことが全然見えなくなる性格の人です。そんな師匠が外に出ると言いだした。それはつまり自分の作る物が決まったということです。
「うん~、だから街の中で帰る材料を買ってくるね~」
「すみません。師匠一緒に付いて言っても良いですか?」
「え、何で?」
私の言葉に師匠は文字通り首を傾げます。
「いや、私も一応師匠の弟子ですから。勉強のために」
「だったら私が買い物した物を後で見せてあげるね~」
「いえ、付いていきます」
私は師匠ののんびりとした提案をばっさりと拒否します。それに対してまたも首を傾げる師匠。すこし不思議がられています。
「でもお店を閉めることになるよ~」
「大丈夫です。お客さんは来ませんから」
「……それ言ってて悲しくならない?」
「……まあ、良いじゃないですか!ちょっと一緒に買い物位」
「話題逸らした~」
とはいっても師匠も自分の言葉で少し傷ついたらしく、少し項垂れてしまいました。けど数秒後に立ちあがり、私に手を「おいでおいで」と振ってきました。
「まあいっか。とはいっても大したものは買わないよ?」
「ええ、大丈夫です。ところで何を買うのですか?」
「ん?秘密だよ~」
私たちは煉瓦でできた大きな道を2人で歩きます。私達の住む街は円形状の壁に囲まれたそこそこの大きさがあります。この街は真ん中に中央広場という広い空間があり、そこから東西南北の四方向に大きな通りが伸びています。
私達が今歩いているのは中央広場から見て西にある職人通りです。ここは名前通り物を作るお店が立ち並んでいる通りで、「レース魔法雑貨店」もここにあります。
職人通りは昼間でも余り賑わってはいません。この通りには露店は無く、何か買う目的がある人しか通らないんです。……立地条件にも問題がある気がしてきました。
「あ、あそこだよ」
ふいに師匠が一軒の建物を指さしました。そこにあったのはレンガ造りのそこそこ大きなお店。建物に取り付けてある看板には「ロゼッタ宝石店」と書かれています。
「師匠、無駄なものは買わないで下さいね」
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと買うものは決まってるよ」
私は思わず師匠の方を訝しむ目で見てしまいます。私から目を逸らす師匠……怪しい。
「鉱石っていうのはね。魔力をため込みやすい性質があってね。その性質を利用するの」
「へ~……知りませんでした」
「うんうん、ここ大事だからね」
素直に驚くする私に少し上機嫌になる師匠。つまり今回は宝石やら鉱石を利用した魔法の道具を作るようです。そんなことを思っているうちに私たちは「ロゼッタ宝石店」の扉の前に到着しました。そして師匠は葉っぱのようなものが描かれているドラノブを握り、扉を開けます。
私の目に入ったのはショーケースの中に入った美しい宝石の数々でした。大きな赤いルビーのはめ込まれた指輪に、ダイヤモンドのネックレス。そんな数々の宝玉が光を放って私たちを出迎えてくれました。
そんな光のお城の中に1人、レジで膝を立て私たちを眠たそうな目で見る女性が居ました。年は恐らく20代半ば。肩ほどび長さの茶髪はぼさぼさで全体的にだらけたイメージが有ります。
「ロゼッタ、徹夜?」
「あぁ、レースじゃない。どったの?」
どうやらこの方が宝石のお城の主で看板の名前のロゼッタさんのようです。彼女は最初に師匠を、その次に私をぼーっと眺めます。
「ん、誰?知り合い?」
「私の弟子だよ~」
「ミリアです」
「……へ~」
ロゼッタさんは観察するかのように目を上へ下へをゆっくり動かして私を見ます。そして目だけを師匠のほうへ向けます。
「レースも弟子をとるような時期になったんだ」
「結構前から居たんだけどね~」
「え、私教えてもらってないんだけど」
「うん、教えてないもん」
「ひど」
そういいながらばったりと倒れこむロゼッタさん。どうやら師匠はここの常連さんで、ロゼッタさんとは友達の様です。でも、私のことはロゼッタさんには一度も言っていなかった模様。
しばらくロゼッタさんは「ひどい~」なんて言いながらグダグダしていると不意に顔だけをあげて、師匠のほうを向きます。
「まあいいや。レース、用件は?新しい道具に石が必要になったの?」
「うん、今度の街祭りの出し物でね~」
「街祭り……あぁ、そんな時期ね。レース出るんだ」
「うん、というかレイシアちゃんに無理矢理ね~」
「レイシアって誰?」
「ミリアのお友達」
「あ、それは知らない」
「だよね~」
どうやら師匠とロゼッタさんはふわふわとしたリズムが見事にフィットしているようです。成程こういう人は師匠と友達になれるのか……思わず私は納得してしまいました。
「じゃあ、どんな石が良いの?」
「ん~っとね色は暗めの宝石が良いかな。宝石じゃない鉱石でも良いよ」
「じゃあ、紫光石で良い?安くするよ」
「じゃあ、それで良いよ~。あ、大きさはこれぐらいね」
そういいながら師匠は腕を使って、そこそこ大きな円を空に描きます。
「ん~、分かった。一週間で用意してみるよ。大丈夫?」
「うん、良いよ~」
どうやら、商談が成立したようです。ロゼッタさんが「じゃあ」といいながら紙に数字を書いていきます。
「2万2000G。紫光石だからこれくらいかな?」
「……ミリア?」
「はい、何でしょう」
ロゼッタさんが値段を見せた途端。師匠の顔色が変わりました。何か後ろめたいことでも有るのでしょうか?
「もし、これを買ったとして……後、どのくらいお金残ってる?」
「はい、本当に切り詰めても街祭りが終わるころくらいにはお金が尽きます」
「……ギリギリだよね」
「はい、でも今更なので」
今更です。街祭りが無くても尽きるのは時間の問題だったのでもう後戻りが出来ないくらい使ったって関係は有りません。私がそう言うとロゼッタさんが少し面白いものを見る目を私に向けていました。
「レースにこんな弟子がね~……ミリアだっけ?」
「はい」
「レースのお金が無くなったらここに来なよ。従業員として雇ってあげる」
「はい?」
「いや~、良い子だし。私のお店にも欲しいな~って思っただけだよ」
「だ、駄目だよ!ミリアは私の弟子なの!」
ロゼッタさんが誘った瞬間、師匠が私の手に勢いよくしがみついてきました。珍しい。いつものんびりほのぼのな師匠にしてはかなり素早い動きです。
「え~、でもミリア。大変でしょ?レースのお店」
「ええまあ、師匠が勝手に変なものを買ってくるし……」
「私そういうことしないからさ~。それに首都の方にいつも買ってくれる貴族とかもいるんだよ~」
「だ、駄目!悪い言葉を聞いちゃ駄目!」
そういいながら師匠は私を半ば引きずりながらお店を出ます。それに対して「じゃ、一週間後ね~」とのんきな声を上げながら手を振るロゼッタさん。
……なんというか見たことのない師匠を見た瞬間でした。