第2話 街祭りへ
「簡単に言うと街で出し物をしてほしいの」
「……出し物?」
「ええ」
レイシアが私の言葉に首を縦に振って答えました。私はその言葉を聞き、レジの近くにあったカレンダーに目を移します。それを見て「ああ」と思わず言葉が漏れてしまいました。
「もう街祭りの時期だったね」
「そうよ」
街祭り、まあ簡単に言ってしまえばみんなで騒ぎましょうっていう行事です。 色々なお店が出店を出してたり、特設ステージが出されて街の皆さんが一発芸をしたりします。
「大体こんな感じですよね?」
「まあ、あなたからしてみればそんな認識でしょうね……」
そう言いながらレイシアはため息をつきます。それにしても街祭りが近いってことは分かりましたが、なぜ出し物を師匠に頼むんでしょうか?
「まあ、いつもの街祭りはそんな感じなんだけど……今回の街祭りは首都から来賓が来ることになったの」
「来賓?」
レイシアの言葉に私は思わず聞き返します。街祭りなんて正直そこまで重大なイベントでは有りません。なのに来賓が来る……それにレイシアの口ぶりからすると重要人物の様です。
「その人をもてなす為に、師匠に盛り上げてほしいって事ですか?」
「そ、ミリアのお師匠様の魔法の力でね」
ふむ、大体レイシアの言いたいことは分かりました。ですが師匠がそれを受けるでしょうか?
「まあ、そういう話があるって師匠に伝えておきますね」
「ええ、よろしく頼むわ」
「……出し物?」
「はい」
師匠が研究室が出てきたのは、お店を閉めた後でした。夕食はいつもその位の時間帯に師匠と2人で食べるので、そこで話を切り出しました。
師匠はそれを聞き、少し困ったような表情をします。
「うーん、出し物かあ。レイシアちゃんの頼みだから受けても良いけど……」
「何かいやな理由でもあるんですか?」
「んー」
珍しい。誰かから頼みごとをされれば直ぐに承諾してしまう師匠が言い淀んでいます。魔法使いは表に出たがらないと聞いたことがありますが、師匠もやっぱりそうなんでしょうか。
「ミリア、私のお店の商品どんなものが有るか分かる?」
「え、商品?」
師匠の急な言葉に少し戸惑いながらお店の商品を思い出します。
確か、傷に塗ると直ぐに治るという薬、女の子のハートをがっつりゲットする不思議な匂いのする香水、運気が上がるという不思議な模様の刻まれた木のお守り……こういう商品は旅人とかが時々買っていくのでこのお店の大事な収入源です。それ以外に師匠が気まぐれに作った商品や師匠がついつい買ってきた物がいくつか置いてあります。
「うん、ミリア。その中に出し物に出来そうなのは?」
「……無いですね。見事に」
成程、師匠が悩むのも分かります。つまり「地味」なのだ。そんな道具でステージに出たって、失敗するだけだと師匠は主張しているようです。
「なら、出し物用に新しい道具を作るのは?」
「そうなるんだけど、今作ってるのはそういうのに向かないしね~」
「ちなみに師匠が今作っているのはどんな道具なんですか?」
「ん?虹を捕まえる装置だよ。虹って綺麗だから捕まえようと思ったの」
師匠はメルヘンチックな理由でサラッとすごい道具を作っていました。ですが虹が出ないと使えないので出し物には向かなそうです。
となるともしこの話を請けるとしたら師匠は新しい道具を0から街祭りまでに作らなくてはいけない。師匠は人の良い人ですが一人前の魔法使い。すごい力を使えるだけではなく自分の限界も良く知っているから悩んだのかもしれません。
「じゃあ、レイシアには難しいって伝えますね」
「うん……そういえばミリア。レイシアちゃんがなんでその話を持ってきたの?」
「あ、師匠知らないんでしたっけ。レイシアの父親がこの街の行事を担当する役員なんです。それでお祭りが近づくと色々と駆り出されているんです。私たちの所に話が回ってくるのは珍しいですが」
「ふ~ん、大変そうだね」
そう言いながら師匠は夕食のパンを口に入れます。にしても今日のお店に来たのはレイシア1人だけ。何とかして客を増やさないといけないですね……。
「という訳で、参加は厳しいそうです」
「ごめんね~」
「いえ、こっちが頼んだんですから……やっぱり魔法使いも色々あるのね」
という訳で次の日。昨日と同じくらいの時間帯でやってきたレイシアに師匠の答えを伝えました。それに対してレイシアは、「まあ、想定内」といった感じのちょっぴり残念程度のリアクションでした。
ちなみに今日はこの話に師匠も同席しています。
「まあ、今までも参加してなかったしね~」
「ええ、確かに影響は有りませんね……ところでミリア」
「はい?」
レイシアが急に私に話題を振ってきたので反射的にレイシアに顔を向けます。その時のレイシアは何というかちょっと意地悪そうな顔をしていました……なんか嫌な予感がします。
「今、お金が無いのよね?主にレースさんのせいで」
「え、えぇまあ大体師匠のせいで」
「む、その言い方は意地悪だよ。2人とも」
「でも、お金を直ぐに……とは言わないけど今よりも稼げる方法を私知ってるわよ」
「「へ?」」
思わず私と師匠。2人の口からすっとんきょんな声が出てしまいました。そんな私たちをよそに自信満々なレイシア。少しドヤ顔をしています。
「い、今よりも稼げる方法なんて……」
「有るわよ。というかこのお店が売れない理由なんて私でもすぐ分かるわ」
「え、そうなの」
レイシアの言葉に私はつい聞き返します。私店番の時によく考えていたんですが、正直全然分かりませんでした。なのに彼女はそれを見抜いていたようです。
「簡単よ。はっきり言って魔法使いのお店なんて珍しいもの入りづらいに決まってるじゃない」
「「うっ」」
「しかも宣伝不足。レースさんの顔は知ってるけど何を売ってるのか分からないってみんな言ってるわよ」
「「ううっ」」
「お祭りの時に出し物をいつも出さないから当たり前ね」
「「うううぅ」」
レイシアの言葉がズバズバと突き刺さり、私と師匠は2人同時にレジに倒れこみます。
このお店は私が弟子入りする前からやってるので周りに知られていると思っていましたが、のほほんとしている師匠が宣伝とかをするわけが無かったのです。こんな単純なことに私は気づけなかったとは……
「でも今更ビラとか配っても大した意味はないと思うわ。ある意味、風格が有るから」
「確かに、長い間やってるから変なイメージついてるかも……」
「だから、そういう問題を纏めて解決することが出来る方法を教えてあげるわ」
そう言い、少し間を置くレイシア。でも、そんな悪いイメージをどうにか出来るなんて一体どんな技を……。
「街祭りの出し物をやるのよ」
「え?」
「だから、出し物。そうすれば街の人にどういう物を作っているかアピール出来るし、来賓の方が気に入ればその話が遠くまで広まるかもしれない」
「で、でも私今から作ると結構ギリギリ……」
レイシアの言葉に師匠が何とか反論しようとします。だが、その時レイシアの目が鋭く光った気がしました。
「私たちだっていつもギリギリだから大丈夫よ」
「え」
「前回もステージを作る途中に事故が起きて、人手が足らなくなったり、予算が足らなくなったり何時もそんな感じよ。でもなんとか出来てるから大丈夫」
「で、でも」
「だ・い・じょ・う・ぶ」
「……はい」
レイシアの猛攻と闘気によって師匠が見事に沈められてしまいました。がっくりと項垂れる師匠に満足げな表情をするレイシア……その光景はまるで激しい戦いを終えたかのようにすら見えます。
こうして今回の街祭りで「レース魔法雑貨店」が初参加することが決定してしまいました……大丈夫でしょうか。私の心には不安しかありません。