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第16話 魔法雑貨店の平穏

「……でね、最近うちの旦那がもうずっとお酒を飲んでばっかりで」

「は、はあそうなんですか……」

以前までは殆どの客の来なかったレース魔法雑貨店。ですが街祭りのときの師匠の出し物のおかげで、街の人が少しづつ商品を買ってくれるようになりました。しかし、私としては悩みが一つ。

「まあ、あ、ミリアちゃん。知ってる?最近私の隣のウェインさんが大騒ぎしてねぇ……」

「へ、へー……」

お店のレジの前で座っている私にものすごい勢いで次々と話題の矢を放ってくるふとましい奥様。彼女は街祭り以降半ば常連になっている奥様のルーカナさんである。ルーカナさん商人通りから細い路地に入った所に住んでいるそうですが、お店の超漂白石鹸を目当てにわざわざ職人通りまで来てくれます。しかし彼女は物を買いに来るたびに結構な時間を私とのお喋り(というか一方的に話されてる)に費やすのです。

物を買ってくれるのは嬉しいのですが、私は余り見知らぬ人と喋る性格ではないので中々にハードです。あぁ、少しだけ人の居ない頃の雑貨店が恋しくなってきました……。

「あ、ルーカナさん。そろそろ夕飯の準備をしないといけないんじゃないですか?」

「あらま、もうそんな時間。ミリアちゃんごめんなさいね~。じゃ、そろそろ帰るわね」

私が、窓の外が暗くなっているのを確認して、伝えるとルーカナさんは脂がの乗った頬を揺らして笑うとお店のドアを開けようとしますが、ドアノブに手を掛けたところで何かを思い出したかのように一回動きを止めます……あ、これはまだお喋りが続きそうな予感。

「そうそう、ミリアちゃん。役人通りの方に何か豪華な馬車が止まっているのは知ってる?私の隣のアーバラさんが見たんですって!あれは絶対王族のだって!そんなはずないわよね~」

私がそう察した直後。ルーカナさんから言葉の矢が再び射られます。あぁ、こうなると暫く止まらないんですよね……。




その後暫くルーカナさんが帰るまでお喋りに付き合った後、私は商人通りへ夕食の材料などを探しに来ていました。街祭り直前まではどうやって食費を削ろうか悩んでいましたが、最近はどんな料理を作ろうか悩むようになってきました。師匠は食事の時大体「おいしい」という言葉を使うのですが、トリエラさんは「おいしい」という言葉を使うことは珍しいので、トリエラさんに「おいしい」っていつも言わせることを目標にしています。

「さて、レイボンの実が買えたから、これをカボチャと一緒にスープで……ってあの後姿」

今日の夕飯のメニューを思わず独り言にしながら歩いていると商人通りの人々の中に、印象的な赤い髪と頭に生えた耳が見えました。そしてお尻の辺りでゆらゆらと揺れる尻尾……間違いありません。

「トリエラさん!」

「……ミリア、買い物?」

トリエラさんは私の声に気付いて、こちらへいつも通りの無表情で向いてきます。

「何か買い物ですか?」

「特別な事はしてない」

「そうなんですか?」

トリエラさんのいつも通りの返答……にしてもトリエラさんは何をしているか分らない時が多いです。夕食までにはお店に帰ってきますし、時々昼間の店番を手伝ってくれますが、普段は店の外に朝から出ていく事が多いです。時々師匠の手伝いをしているみたいですが……それ以外の事は一切分りません。

「……ストップ」

「はい?」

突然、トリエラさんが歩いている私を制止しました。私は、歩いている足を止め、トリエラさんの方を向きます。

彼女は私の方を向かず、頭の上の耳を心なしか伸ばして居ます。

「……えっとどうしたんですか?」

「嫌な足音が聞こえる」

「え?」

トリエラさんの言葉に思わず言葉を返してしまいました。しかしトリエラさんは「数は……3……4、違うもっと多い」とぼそぼそ独り言を呟き始めます。

「トリエラさん?」

「……大丈夫、問題ない」

私が暫く真剣そうな表情のトリエラさんを見ていると、私の方へ顔を向け、いつも通りの口調ながら何処か安心させようとする感じで、話しかけてきました。

「えっと何が……」

「大した問題じゃない」

「え、えぇ……」

トリエラさんの先程までの表情的に絶対安心できない……内心そう思いますが、恐らく様々な苦難も乗り越えたであろう旅人のトリエラさんがそう言うのなら大丈夫なのでしょうか?けれどあの表情はスライムに襲われた時と同じくらい警戒した表情のような気もしますけど。

「ところで、今日の夕食は?」

「……明らかに話題を変えましたね」

「……いいえ」






「すみません、トリエラさん荷物持たせてしまって」

「別に、問題ない」

その後、トリエラさんは私の買い物に付き合ってました(但し先程の件にはノーコメントを貫きながら)。

ルーカナさんとの会話で、買い物の時間が普段より遅れてしまった為に、店じまい寸前の露店が多かったりしましたがトリエラさんが遠くの露店まで行ってくれたりしたおかげで何とか食材を買えました。そしてその食材たちをトリエラさんが全部持ってくれています。先程の件を聞かれたくないためか、トリエラさんは有無を言わさずポンポン食材を持っていき、今の彼女は両手が紙袋で塞がっており、見てるこっちが不安とちょっとした罪悪感に包まれてしまいます。

「ん?」

「どうしたの、ミリア」

私たちが商人通りから中央広場へやってきた私は見覚えのある人を見かけました……あの後ろで一つにまとめた赤混じりの髪は

「レイシアだ」

私の友人のレイシアでした。彼女は中央広場から北の方の通りにいて、歩いています。レイシアは私とトリエラさんの姿に気づく事なく、途中の細い路地に入って行ってしまいました。

「ねぇ、ミリア」

私達がレイシアの姿を無言で見送った後、私にトリエラさんが顔だけこっちに向けてきました。

「あっちの通りってどんな通りなの?」

「え、ああ北の方の通りですか?北は役人通りっていうんです」

南は商人通り、東は旅人通り、西は職人通り、そして北の通りは役人通りと言います。この通りは、首都に近い為か国の役人さんが務めている大きな建物が通りに多く、役所や兵士さんの駐屯所、この街の裁判所といった建物が沢山有ります。役人通りはその為か他の通りに比べて治安が良く、大きなお屋敷が並ぶ場所でもあります。言うならこの街の政治的な中心って感じです。

「そしてレイシアのお父さんはこの街の何かの役員に入ってたりして、そこそこ偉い地位の人なんです」

「つまり、金持ち」

「……身も蓋もない言い方ですね」

しかし、そういう言い方をされるとレイシアと仲が良いのが実に不思議に思えてきます。私は職人通りで師匠と一緒に目立たない雑貨店に暮らし、対してレイシアは役人通りでとても優雅に暮らしている(そんな様子を見たことは微塵も無いですけど)。

「何か……不思議ですね」

「そう?」

私の言葉にトリエラさんは不思議そうに首をかしげていました。

「いや、ほら不思議じゃないですか?身分差というかそういうの」

「身分差……ここは余り、感じたことは無い」

「そうですよね」

「うん、ここは、とっても良い場所」

トリエラさんはそう呟くように言いました。私がトリエラさんの方を向いても、彼女の表情からは何も感じる事はできませんでした。

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