第14話 師匠の出し物
「……いよいよですね」
「……うん」
中央広場に置かれた木の椅子に私とトリエラさんは並んで座り、ステージを若干緊張しながら見ていました。ステージの上では高級な燕尾服などを売っている服屋のおじさんが大げさに手足を動かしながら、鳩を出したりして、観客を沸かせ、舞台から降りていきました。
この次に舞台に上がるのは、予定通りであるなら師匠である筈です。太陽は街を囲う壁によって隠されてしまい、夜が空の半分程を覆っています。師匠は、少し前に露店を畳む私たちと目が合った時に「大丈夫大丈夫!」と逆に不安になるような呑気な声で言った後、ステージの裏に行きました。師匠だから大丈夫だと思うんですけど……何をするか分からないので……。
「あ、ミリア見つけた」
「あ、レイシア」
不安がりながら座っている私の後ろからレイシアが声を掛けてきました。
彼女は普段からすこし高そうな感じの服を着ていますが、今日の服は舞踏会で着るドレスと見間違う程立派な物を着ています。
そういえば首都からわざわざ人が来てるんだっけ?それなら彼女がおめかしをしているのにも納得です。
「そろそろレースさんの番だからね。ミリア、隣いい?」
「良いよ。レイシアは大丈夫なの?」
「私はお父さんから雑用押し付けられるだけだし。それならこっちで見てるほうが気楽で良いわ」
そう言うとレイシアは肩を軽く回して、小さな音を鳴らします。どうやらお手伝い続きで大変だったみたいです。
その後レイシアはお手伝いに対する愚痴を私に零していると、昼に比べると酔っている人などが多く、騒がしくなっている人たちが一斉に拍手をし始めました。そしてステージの上には何時も通りの質素な服装の師匠が何時も通りの緊張感の無い歩みで現れました。そして後ろから二人の男たちが前に私に見せた大きな樽をステージの真ん中に置いていきます。師匠は樽が置かれたことを確認するとステージから客席の方を見渡し、口を開きました。
「えっとこういう時ってレディース・エンド・ジェントルメン?っていうんだっけ?私人前に出ないからそういうところさっぱりだね~」
……流石師匠。この緊張感の無さはある意味尊敬に値します。
「あー、うーん……とりあえず自己紹介からかな? 私はレースって言います。職人通りの方でお店開いてるんだよ~」
呑気に師匠がそういうと客席にいる人たちから「あー……あの店の」とか「何売ってるんだっけ?」といった声が続々沸いてでてきます。……知名度はあるけど、何のお店かはさっぱりだったようです。まあ、分かっていたので今更ですけど。
「思ってたよりも知名度無かったわね……」
その反応に隣のレイシアも呆れ顔で、トリエラさんは何も言っていませんが、普段よりも無表情な気がしないわけではありません。師匠はそんな周りの反応に少し苦笑いした後
「まあ、色々便利な道具とかが売ってたりするから、これを機に寄ってみてね~……じゃあ私がする出し物は、これ」
といって両手を樽に向けて見せびらかすような体勢をします。それによって再び観客の方から「何だ何だ?」といった疑問の声が発せられます。けれども師匠はそれに対して「見れば分かるよー」なんて言った後、樽にゆっくり近づきます。
私たちを含む観客たちがそれを興味深そうに注視していると、樽が……正確には樽の中身が突然光りだしました。そして樽の中から光の玉のような物が勢いよく飛び出していきます。
「うわぁ!」
「何だぁ!?」
「……宝石?」
その光る玉の対して驚きの声を上げる人たちとトリエラさんがそう呟くのが聞こえたと思った途端、日が落ちかけていた空が突然明るくなりました。
「何これ……」
空の突然の変化に私は思わず呟いてしまいました。空が突然明るくなる……とはいっても太陽のように輝くわけでも、火みたいに赤々としているわけではありません。私たちの頭上に突然光の布が現れたのです。
その布は私たちの街どころかキーヌの森さえ覆いそうな大きさで。緑、黄色、赤、紫といった色に次々と変わりながらまるで風に吹かれるカーテンのようにゆっくりと揺れています。……こんな景色、見た事ありません。
その突然の空の変化に観客の……いや、この街の誰もが呆然としてしまいました。ついさっきまでお酒を飲んでいたおじさんも、商人通りで楽器を弾いていた青年も、夜店で食べ物を売っていたおばさんも皆空を見上げています。
「……神地の入り口」
「……え?」
しばらく私とレイシアも馬鹿みたいに見上げているとトリエラさんがぼそりと呟きました。その言葉に私は反射的に返してしまいます。
「神地の入り口って何ですか?」
「……昔、北の街で見たことがある。そこで、そう呼ばれてた」
「神地の入り口……」
色々聞きたがったが、私は光景に圧倒され、言葉を反復することしか出来ませんでした。
「頼まれたからね、思いっきりど派手にしたんだよー」
「本当に凄かったですね……まさかあれほどのものになるとは」
光のカーテンが空に輝き続ける中、今日の街祭りは終了した。そして今は雑貨店に場所を変え、私と師匠とトリエラさん、そしてレイシアの四人で出し物の話で盛り上がっていた。
「で、レイシアちゃんどうかな?これで知名度は上がったかな?」
「上がったと思いますよ……というかこれで上がらないわけないじゃないですか」
師匠の質問に対して、若干苦笑しながら返答するレイシア。でもまあ、レイシアの苦笑も尤もであろう。今回の街祭り……どころか、今までの街祭りで「空の景色を変える」なんてことをやった人は誰もいないだろう。それにその景色がキラキラと輝く光のカーテンだったのだ。トリエラさん曰くこの景色は北は北でも本当に寒いところでしか見えないとのことなので街の人の大半は見たことが無かったこともあり、これに驚かない人はいなかっただろう。
「これが、魔法?」
「うん、魔法。紫光石に魔力を溜めて、空で一気にパーッと光らせたの。凄かったでしょ」
「……説明だけ聞くと何か凄さが薄れますね」
「ミリア酷いー!」
師匠が笑いながら私に抱き着き、勢いよく私の頭をぐしゃぐしゃとしてきます。そしてそれを見て、レイシアと、普段無表情のトリエラさんも軽く笑っていました。
街祭りが終わったという開放感からか、師匠は何時もよりもニコニコと笑っていました。




