第13話 トリエラさんの秘策
「……とりあえず持ってきましたよ。急いで探してきたんで形がバラバラですけど大丈夫ですか?」
「……ありがとう、うん、問題ない」
トリエラさんに少し店番をしてもらってお店の中から空き瓶を三本持ってきました。空き瓶自体は師匠が作った薬を入れたりする為にいつもストックは有るので簡単に用意できました。けれども突然だったので形はバラバラです。人が持ちやすく、そして飲みやすくするために飲み口と真ん中から下の方が少し凹んでいる瓶と、大きなビーカーの様な瓶、そして正六角形のちょっと変わった形の瓶。見事に形がバラバラです。トリエラさんはそれを無表情で受け取ると各々の瓶の手触りを確かめるかのように触り、手首を利かせて少し空中に飛ばしたりし始めました。
「何をするんですか?」
「さっきあっちでやってたの」
「あっちでって……」
私は不思議そうにしているとトリエラさんは瓶を指の間に器用に入れ、舞台の方を指さします。今その舞台では時々商人通りで見る頭が眩しいおじさんがお酒を一気飲みして、変な盛り上がりを見せています。
「トリエラさん、お酒の一気飲みは気絶したりして危ないですよ……」
「あんなのじゃない。ちょっと前にやってたの?」
「ちょっと前?」
「そう」
短く応えた後、彼女はその瓶を手で弄りながら露店の前に立ちます。そして瓶を一本勢いよく、トリエラさんの身長の二倍以上の高さまで投げました。その後、一本目の瓶に続いて二本、三本と次々瓶を投げ、落ちてきた瓶を器用に回していきます。
つまり、ジャグリングです。けれども舞台でやっていた人よりも遥かに大きな円を描いて飛んでいます。
……つまり、トリエラさんはジャグリングで目立つことによって露店の注目を上げようという作戦みたいです。でも、トリエラさんが回しているのは専用の道具ではなく、壊れやすいガラス製の瓶。しかも形が違います。トリエラさん、怪我しなければ良いのですが……。
私の不安を余所にジャグリングは徐々に勢いを増していきます。クルクルと飛ばしながら、瓶を背中に回して飛ばしたり、足の間に通したりとどんどん瓶の軌道が複雑になっていきます。
「トリエラさん、上手いですね」
「……昔取った杵柄」
トリエラさんは私に対していつも通りの返答をしながらも瓶の動きは全くぶれません。……結構熟練されているような気がします。
ジャグリングを始めてから大体三分程で中央広場で舞台を見ていた人たちや、露店を開いている人たちがトリエラさんの曲芸に気が付いて、徐々に視線を集め始めます。
「ん?何だ何だ?」
「うわー、お母さん!あれすごーい!」
「ん、ありゃあ最近来た姉ちゃんじゃないか?」
そして徐々に私の露店の周りにちょっとした輪も出来始めます。こんなお祭りの時でも人が少ない職人通りの中に小さな輪が出来てちょっと不思議な気分です。
「……そろそろ、締め」
そうぼそりと呟く声が聞こえた途端、更に体をひねったりし始めます。まるでジャグリングというよりは一種のダンスみたいな感じで……なんというか
「すっごい綺麗……」
私が呆然としていると突然拍手が沸き上がりました。
気が付くと頭を下げるトリエラさんの後ろ姿と、トリエラさんの周りで彼女を称える人達の姿。どうやら私はトリエラさんの踊りが一区切りしたようです。
「凄いな!姉ちゃん!」
「お姉ちゃん格好いい!」
トリエラさんに対して様々な言葉が飛んできます。けれどもその本人はジャグリングに使っていた瓶を右手で持ってのんびりと私の所に戻ってきます。
「これ、返す」
「え、あ、はい……」
そして私に瓶を手渡してきました……周りの人達の事は一切スルーです。ですが、目立っていた彼女が私の所へ来たことによって彼女が浴びていた視線が私の方にも集まってきました。まず、私の方を見てから、皆私の露店で売っている師匠が作った様々な品物を見てきます。
「ん?あの姉ちゃん嬢ちゃんの所の売り子なのか?何のお店だ?」
「わー、何か変わったものが一杯あるよ!」
「えぇっとこれはですね。飲むと体が元気になる飲み物で、こっちは日の当たるところに置いておくと、夜に明るくなって灯り代わりになってくる布で……」
「こっちはこっちは~?」
「お、何だこれ?面白そうだし一個買ってみるか」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
そして私の露店が先程までとは打って変わって一気に忙しくなってしまいます……これだけで普段の一日に来る客の数よりも遥かに多いかも……。
これで客が集まるのなら、師匠の出し物って必要ないのでは?なんてちょっと思ったのは内緒です。
「……お疲れ」
客が露店に暫く集中してから大体三十分程で露店の商品と人の姿が無くなり、辺りは何時もの職人通りの雰囲気へと変わりました。普段はあり得ない位の大盛況で接客に疲れた私は、思わず露店に倒れるようにして寄りかかってしまいます。そんな私にトリエラさんがコップを二つ持ちながらやってきました。
「何ですか?それ」
「ジュース。広場で配ってた」
そう言うと、片方を私に差し出してきます。それを感謝しながら受け取り、コップに口をつけてちょっと飲んでみます。中身はちょっと酸っぱい柑橘みたいな味でした。確か、街からもっと南の方で栽培されている果物がこんな味だと、商人の人が言っていた気がします。
「……売れてよかった」
私がジュースを飲んでいると、トリエラさんが呟きました。
「あ、トリエラさん。ありがとうございます。トリエラさんのおかげでですよ」
「……問題ない」
「あの、あれって何かやっていたんですか?とっても上手でしたね。何というか踊ってるみたいでした」
彼女のジャグリング姿を思い出して、素直な感想を言いました。持ちづらい瓶たちを器用に回している姿は。劇場で見ても遜色がないのでは?と思わせるものでした……まあ、劇場とかは行ったことないんですけどね。
「……大したものじゃない」
「そんなことは……」
「それよりも、あなたの師匠のがすごいと思う」
「え?」
トリエラさんの突然の言葉。どうしてここで師匠?
「私が目立ったかもしれないけれど、最終的にはあの商品が魅力的だったから買っていった」
「で、でもトリエラさんも頑張ってましたよ!だから皆さん買っていったんです」
私は思わず少し声を大きくして言い返してしまいました。余りにも自分は役に立っていないというトリエラさんに少しイラついた……というか悲しくなったというか。なんとも言えない気持ちが心に沸いてきてつい言葉が出てしまいました。
トリエラさんはそんな私の様子に少し目を大きくすると口元を少し上げて
「……ありがと」
と言いました。




