第11話 お祭り準備 その3
何時も通りレジカウンターに座る私の前に置かれた巨大な樽。そしてレジの前でやり遂げたような顔をするボサボサ髪の師匠。師匠、何日お風呂入ってなかったけなぁ……なんて頭の中で思いながら、私は樽と師匠の顔を見比べます。
「……何ですか?師匠」
「何でしょう~」
……何この師匠。面倒くさい。私はレジの前でドヤ顔をする師匠を見上げ、思わずそう思ってしまいました。
街祭りまでもう三日を切り、街の風景もすっかり祭りの雰囲気になりました。建物の窓から窓へ色とりどりの綺麗な花を沢山付けたロープを取り付たり、建物にも沢山の装飾が目立つようになりました。普段は人が余り来ず、特別汚い訳でもなく、特別綺麗な訳でもない職人通りにも綺麗な装飾がされ始めました。(レイシア曰くこの仕事は街祭りの役員がやったそうです。他の通りは通りの人が率先して手伝ってくれるのに……と愚痴っていました)
私も街祭りの参加するのだから、師匠の出し物以外にも何かした方が良いと思い、何をすればいいのかトリエラさんと軽く相談して雑貨店の商品を中央広場の方で売ろうという結論が出ました。そしてどの商品を出店しようか、考えている時に樽を持った師匠が意気揚々と登場。そして冒頭に戻ります。
「ふっふ~ん」
「……」
先ほどから鼻歌を歌いながら私の方を見ている師匠……かなり期待しています。これは私の目の前の樽の正体を尋ねなきゃいけない雰囲気です。
とりあえず私は師匠から目を離し前に置かれた樽に注目します。大きさは結構大の男が座るの丁度よさそうな大きさ。私は座りながら樽を見上げているので中々の迫力です。けどこの樽何処かで見たような……。
「あ、この樽。トリエラさんが持ってきた……」
「うん、当たり~。トリエラちゃんが持ってきた樽だよ~」
どうやらこれは師匠がトリエラさんに頼んでわざわざ持ってきてもらった樽の様です。なんでそんな物を今更見せに……?と私は一瞬思いますが、直ぐに私の思考回路が自分の考えに拒否をします。
師匠が自慢げに見せるんだから普通の物では無い!
とりあえず師匠が新しくぼったくられた物ではないでしょう。今のこのお店の財政にそんな贅沢は有りませんし、この樽はトリエラさんの貰い物。なら、師匠が新しく作った?
「……あ」
この時、私はやっと目の前の樽の正体に気が付きました。何でこんな当たり前の事に気が付かなかったんだろう。
「もしかしてこれは街祭りの出し物の……」
「うん、そうだよ~。もう、ミリアの鈍感!」
私が気が付いた瞬間。師匠は両手を合わせ、今にもジャンプしそうな位喜びを表現してきます。
そんな師匠を私は見ながら、樽の方に再び視線を動かします。
表面だけを見てもそこらへんにある樽と遜色は無い普通の樽です……師匠の作る道具にしては珍しい平凡な見た目。危なそうな色に変色とかはしてません……ある意味それが怖いのだけれど。
「ふふふ……不思議がってるねミリア」
師匠は樽を見て不思議がる私の様子に気が付いたのか変な笑い声を上げてきます。……やっぱり面倒くさい。何というかずっと部屋に籠っていて、暫く静かだった分テンションが高めの師匠ペースに流されているのは何かいただけません。なので少し位カウンターしても罰は当たりませんよね?
「はい、とても不思議です。師匠から魔法については全然学んでいませんのでさっぱり分かりません」
「う」
私の言葉に師匠は狼狽えました。こうやって師匠がとても上機嫌で面倒くさくなりそうな時のカウンター技はこれです。私としては別に魔法を特別知りたいとは思っていませんが、師匠は私に魔法を全くと言って良いほど教えていないので師匠としては少し後ろめたいみたいです。……そもそも私はなんで師匠を師匠と呼んでいるんでしょうか?少し不思議に思わなくも無いです。
「え、えっとね……や、やっぱりミリアも少しは魔法を」
「ところで師匠。見た目は普通って事は中に何か仕掛けられているんですか?」
「え!?あ、あぁそうそう。中はね~凄いんだよ~」
私の言葉に若干慌てながらも師匠は明るい声を上げ、樽の上の蓋を簡単に開けます。レジに座っている状態では覗くことが出来ないため私は立ちあがって師匠が開けた樽の中を見ました。
そして中を見て一言
「……何ですか?」
樽の中は外側からは想像できないような物で埋め尽くされていました。樽の内側の壁には真っ白な線が沢山描かれていて、底の方に有る円状の複雑な模様に集まっていました。そしてその円の中にあるのはロゼッタさんから貰った紫光石。けれども紫光石はロゼッタさんから貰った時と違い、中心で白い光の様な物が発光しており、明らかに衝撃とかを与えたら危なそうな雰囲気を放っています。
「……師匠。これで何が起こるんですか?」
私は思わず師匠に聞いてしまいました。師匠が作った物を幾つか見てきましたが、一目見て大体どんな道具かは分かりました。しかし今ここに置かれている樽に関したては全くといって良いほど分かりません。
そんな私の様子を見て師匠はすっかり先ほどまでの上機嫌に変わります。余程説明したいみたいです。
「ミリア。魔法陣って知ってる?」
「魔法陣ですか?まぁ、専門的なことは知りませんが知ってますよ」
魔法陣。それは魔法を使う為に地面や紙に描く図形の事で、おとぎ話の中では魔法陣の中に入って遠く離れた街まで移動する、魔法陣の中から魔物を呼び出すといった話まである魔法使いの代名詞と言える物です。まあ、私が初めて実物を見たのは私が自分の部屋を大掃除している時に、ベッドの下に放置されていた紙に描かれていた物で、見つけた時師匠の適当さとロマンの無さにがっかりした思い出が有ります。
「この樽に描かれているのも魔法陣の一種なの。キーヌの森で見つけた白雪草を混ぜたインクを使って書いたんだよ」
「そうするとどうなるんですか?」
「白雪草には魔力を増幅させる効果が有るの。魔法使いが魔法陣を書いたり、薬を作ったりする時は良く使われるんだよ」
「へえ」
白雪草を取ってきた意味を知って素直に感心していると師匠が樽の中の紫光石を指さします。
「そして紫光石には魔力を一杯貯めてあるんだよ」
「……つまり、樽の中で紫光石の中の魔力を使って何か魔法を使うんですか?」
「うん、そうなの!」
私の言葉に師匠は嬉しそうに答えていました。こうしていると師匠はまるで優しい先生の様にも見えなくは無いです。
「でもどんな効果は内緒ね。ミリアもびっくりすると思うよ~」
「……それは良いですけど。驚かせようとして大爆発とかはさせないで下さいよ」
「だ、大丈夫だよ。街の中では爆発しないよ~」
「……街の中では?」
師匠の言葉に少し不安になりますが、元気に笑う師匠を見ていると何だか気が抜けてきます。……まあ、何だかんだ言って師匠ですしね。大丈夫ですよね……多分。




