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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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思わぬ救い

 赤い達磨がまた増えた。


 素顔を隠していた仮面が剥がれ落ち、残虐な言動の本性を剥き出しにした男はその狂人じみた挙動を押し隠すことをしなくなった。

 全身から噴き出すありったけの敵意と殺意で周囲を満たすと男は突然笑い出した。

「ひひっ、てめぇらガキ共も化け物だ。化け物に肩入れする奴は全部消してやるよよぉ!」

 耳をつんざく不快な声。塞ぎたくても二人はまったく身動きがとれなくなっていた。

 経験したことのない濃密な殺意。巨大な塊ともいえるそれが彼女たちの精神をすり減らしながら押し潰しているのだ。成長しきっていない心には到底耐えられない恐怖に苛まれ、二人は気づかないうちに歯の根を震わせて腰を抜かしていた。中でも桃花の怯え様は尋常ではなく、感情を失ったように無表情のまま涙を流していた。視線は離したくとも離せないのか、男に固定されぼんやりともやが掛かり始めた桃花の意識は何かを拒絶するように半ば飛びかかっていた。

 視線を外したら最後、殺されてしまうのではないかという脅迫的な想像のせいで男から目を逸らせないのは鳴海も同じだが、それでも桃花と比べてば余裕はある。しかしだからといって出来ることはなく、尋常ではない怖がり方の桃花に視線さえも向けられないことがもどかしかった。

 だが桃花の心配ばかりしているわけにもいかない。鳴海は桃花を心配するあまり今もっとも危険な場所にいる自分のことが頭から抜け落ちていた。

 暴力的な人間の目の前に鳴海はいる。

 ぴた、と狂的な笑いを止めると、男は糸目の眦に緩く弧を描き、一見穏やかな表情で鳴海に歩を向けた。

 か細い悲鳴が口の中を転がった。

 力の入らない下半身をこの上なく恨めしいと思いながら、鳴海は接近してくる男から距離を取ろうとした。しかし全身が脱力してしまっている今、ほんのわずかに動けたところで男の歩幅を超える移動は出来るわけもなく、あっけなく見下ろされていた。

 口角を吊り上げ、男は鳴海に手を伸ばした。

 それを払おうとして腕を動かそうとするが持ち上がりもしない。途端にパニックに陥った鳴海は迫り来る腕を見開いた瞳で見つめながら、体の芯が急激に冷たくなっていくのを確かに感じた。

「あ……あ、あぅ、ぅううぁ」

 じわりと滲んだ視界が激しく揺れた。胸倉を掴み上げられたと理解したのも束の間、今度は鈍い音と共に視界が滅茶苦茶に回転して真っ暗に染まった。

 遅れてやってきた頬の痛みと熱に、殴られたのだと気づいた鳴海の恐怖は臨界点を超えてしまった。今まで耐えていた分だけ感情の爆発は大きく、唇を噛み締めることで辛うじて叫ぶことはなかったが心の防波堤が決壊してしまったことに変わりはない。

 もっとも恐怖を与え易い暴力を振りかざした男は愉悦の表情に顔を歪ませると振り下ろした腕の上腕を軽く撫でた。そこは鳴海の攻撃が命中した場所だが、痛みを感じないようだ。暗闇でよく見えないが血が流れた跡も見当たらない。

 ぱりっ、と枯れ葉が裂ける音を聞いた鳴海は全身を震わせながらも懸命に体を起こし、涙でぼやける視界を持ち上げた。

 男が近づいてきている。

 それを認識し、鳴海の目は男の握り拳に釘付けになって、瞳の色が恐怖に染まった。

「いや、いやぁ……こないで……」

 そんなか細い声で止まるわけもなく、鳴海は胸倉を掴まれされるがままに持ち上げられた。

 ぐいっと片腕で引き寄せられ、男の顔に急接近した鳴海は今すぐに気絶してしてしまいそうだった。激しい動悸に胸が痛み、絶えず涙がこぼれ落ちていく。

 男が腕を振り上げ、醜く顔を歪ませた。

 その背後で突如として天を貫くような大きさの竜巻が空に向かって伸びていった。その巨大さのあまり、竜巻がほんのすぐ傍まで近づいていて、いまにも男を飲み込みそうな錯覚が見える。

 竜巻に木々が薙ぎ倒れ、轟音を立てると共に荒れ狂う風の波が押し寄せてきた。あまりの強風に地に足がついていない鳴海はもちろん、彼女の壁になるように立っていた男共々大きく体勢を崩し、男は思わず鳴海から手を離した。

 その瞬間、影が男を挟んで鳴海の視界を横切った。

「いたい……」

 尻餅をついて落下した鳴海は衝撃に瞑ってしまった瞼を開いた。

 驚愕の表情を貼り付けた男の上半身が、ずれるように横に倒れて落下した。遅れて下半身も上半身に重なるように倒れ、鳴海の視界にもう一度影が横切った。

「ふー、間に合ったな。ってあれ、こいつ本体じゃないのかよ。めんどくせぇなぁおい」

 心底嫌そうな顔で乱暴に髪をかき混ぜた彼には奇抜という言葉がなによりも似合っていた。

 緑色のに染めた前髪を適当に輪ゴムで纏め、男性にしては長めの肩口まである残りの髪は薄茶色だった。

 突然の出現と奇抜な格好には似合わない体格の良い偉丈夫を唖然と見上げる鳴海の視線に気づいた男は不敵に笑ってみせた。

 気取った動作で影を、いや刀を血払いするように振ってからゆっくりと鞘に収めていく。かちん、と澄んだ音が響いて、奇抜な格好の男がな鳴海に手の平を差し出した。

「立てるか?」

 しかし鳴海はそれを無視し、後ろを振り返った。

 するとそこには鳴海と同じように尻餅をついた桃花が、修道服を着た長い黒髪の女性に手を差し伸べられていた。

「警戒すんのはわかるけどよ、オレたちは敵じゃねぇよ?」

 そう言って奇抜な偉丈夫――古今は首をすくめて苦笑した。

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