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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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退かない

 桃花の絶叫を聞いた鳴海は、心が暖かいもので満ちていくことを感じた。

 自然と涙が溢れてきた。

 自分を置いていけないと言ってくれた嬉しさと、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない悲しさが涙としてこぼれてきたようだった。

 だが今拭ってしまえば泣いていることを桃花に気取られてしまう。だから必死にまばたきを繰り返して涙を振るい落とした。

 本音を言ってしまえば、一人になりたくはない。こんな冷徹な男と戦うのも、面と向かって対峙することさえも嫌だ。心を押し潰すような恐怖が、体ごと潰してしまいそうで指先の震えがずっと治まらない。

 それでも鳴海は覚悟を決めた。

 桃花だけは、命に代えてでも助けると。

 それと同時に鳴海には桃花がここを動かないという確信があった。

 友達思いで優しい彼女のことだ。梃子でもここを動かないだろう。そして自分には彼女を説得出来ないだろうことも良く理解している。

 更に男に敵意を向けた時点で奴の中で自分は駒という立場から敵という立場に変わってしまっているだろう。蛇のような執念で確実に殺すまで追い詰めてくるだろう。彼はそういう男で、そうして生きてきたはずだ。物の怪に対する並々ならぬ殺意ありきで推察出来ることだが間違いはないだろう。

 つまるところ、鳴海にはどうしようもなかった。

 だがもう後には引けないし、引く気もさらさらない。

 そこまで考えて思いついたことが一つだけあった。

 倒してしまえばいいのだ。いまここで糸目の男を倒してしまえば桃花に逃げるように説得することも、恩人たる彼らを助けることも出来るのだ。

 そんな風に軽く考えなければ男が発する重圧に耐えられなかっただろう。足は頼りなく震え、心臓の鼓動が耳に響いてくる。それでも踏ん張って耐えているのは鳴海の意地だ。

 呼吸をする度に喉が震えて情けない声を漏らしてしまいそうになる。その前に鳴海はポケットから抜いた手を糸目の男に向けた。

 その瞬間、男が発する威圧感が増大した。

 場に満ちる静寂を殺気で塗り潰し、爛々と目を輝かせながら男は足を肩幅に開いた。

 ひっ、とかすかに漏らした悲鳴を口の中で噛み殺し、歯を食いしばって強く睨みつけた。

 誰にでもわかる虚勢だ。それでも鳴海は男の前に立ちふさがっていた。

 そして、鳴海を手から一瞬の閃光が拡散し、紫の雷が一直線に男に向かってほとばしった。一瞬の閃光に周囲が照らされ、空まで届いた薄日に黒い鳥の影が横切っていった。

 ばちっ、と弾ける音が冷たい空気に溶けていった。

 鳴海の持つ札の中で最大の命中率と破壊力を持つ紫電は暗闇を切り裂き、しかし男には当たらず、奇妙にも男の目前で半円を描きながら湾曲して避けるとその背後の木に命中した。

 百発百中を誇っていた自分の得意技が外れたこと、なにより男を避けるように湾曲した不可解な光景に鳴海は目を見開いて後ずさった。

 大穴を開け、葉を散らしながら倒れていく木を肩越しに見た男はつまらなそうに鼻を鳴らすと口を開いた。

「私は他人を信用しないことにしているんですよ」

 突然身の毛もよだつような威圧感を引っ込めた男は不気味なことに笑顔を見せた。

「理由を話すつもりありませんが、とにかく他人を信用しないのですよ。仲の良い友人も、気が合う同業者も、優しく声を掛けてくれる見ず知らずの人も、笑顔の受付嬢も信用しないんです。だから自分の身の回りのことは絶対に自分でしますし、指一本でも触れさせたことはありません。そして信用ならないから相手の用意した物には何であろうと触れませんし、必要があれば私が用意した物を使って貰うんです」

 眉を潜めながら怪訝な顔つきで聞いていた鳴海は弾かれたようにスカートのポケットに手を入れた。

「おや、意外と頭は回るんですね。てっきり、他人に迷惑を掛けるだけの馬鹿とばかり思っていましたよ」

 くつくつと笑う男を無視して鳴海はポケットの中に入っていた札を全て取り出し、無造作に手を離した。

 ふわりと微風に乗ってわずかに飛行する札に、鳴海は唇を噛み締めた。

 先ほどの電撃が当たらなかったのは男が何かしらの細工をしていたからだ。

 父から渡された時に疑っていればこんなことにはならなかったはずだ。

 にやにやと笑う糸目の男を前にして、鳴海は信頼出来る攻撃手段を失ってしまった。

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