異変の兆し
ほんの数分で最前列の降魔師たちを壊滅に追い込んだ最上兄だったが、自分の周りに人間がいなくなり空間が出来たことによって後続の降魔師たちからの遠距離攻撃が届くようになってしまった。
周囲の人間を壁に見立て、外から遠距離攻撃を受けないように真っ先に乱戦に持っていったのは良かったのだが、いかんせん人間を叩きのめす速度が早すぎて後列の降魔師たちが新しい壁、いや最上兄の周囲を囲むよりも先に烈火のごとき勢いで倒してしまったせいで降魔師たちが尻込みして足踏みしてしまったのだ。
尾を引いてほとばしる紫電を右に一歩移動して避け、待ち構えていたように不可視の風が最上兄の顔面を狙って飛んできたが上体を大きく横に倒して難なく避けるとそのまま大きく飛び退いた。
追撃してくる不可視の風や青白い電光を空中にいながら器用に躱して着地すると、そのまま更に後退して必要のなくなってしまった堀の元に移動した。
物凄い勢いで距離を開けていく最上兄を逃がさないように慌てて走る降魔師たちには彼の意図は気づかなかったようだ。幾分か冷静であろう後列の声は怒号と悲鳴が行き交う前列の味方には届かず、彼らはまんまと最上兄たちの罠に引っかかったのだ。
我先にと足の早い人間が階段を駆け上がり、或いはそれすらも煩わしいと階段脇の斜面にずれて走る。しかしその一寸先に道はなく、頭に血が登った彼らはなす術なく堀に落下していった。酷いものでは走る速度が早すぎた故に堀に落ちるだけではなく、そびえ立つ土の壁に激突して気を失ったまま落下していく人間が少数見られた。そのどれもが年若い降魔師でいかに周りを見ていないのが良くわかる猪突猛進の光景だった。
そんな彼らの激痛の悲鳴に後列で距離を保ったまま様子を窺っていた降魔師たちはびくりと体を震わせた。直後、最後尾に固まった人間が強烈な勢いで何かに弾き飛ばされた。いや、微かに風が渦巻いている。これは……。
考える必要もなく、それはわかった。
最後尾の人間を蹴散らし、そこに突如として樹木の背丈よりも遥かに巨大な竜巻を創造できるのは一人しか知らない。
辺りの木々から木の葉、更には小石や砂などを巻き込んで物理的な攻撃性を混ぜながらじりじりと階段に沿って前列へと迫る竜巻に人間たちは次々と悲鳴を上げた。一番声高く叫んでいるのはもっとも最後尾に近かった降魔師たちで中には鼻水を垂らしながら大慌てで階段を駆け上る者もいた。
突然発生した自然災害に泣き喚きながら仲間たちを押しのけるて必死に逃げる男はその甲斐あって中列ほどまで避難出来立てが彼の不運はここで終わらない。
がさり、とすご脇の茂みから物音が聞こえ後ろから竜巻が近づいているにもかかわらず身を固くした彼は恐る恐る茂みの奥を見やる。瞬間、この暗闇の中で何かが輝いた気がした。
パニックを起こして散々逃げ回っていた男が目の前で昏倒した。反射的に身構えるが時既に遅く、彼もまた手招きしている闇の中にいざなわれていった。
前列、後列に続いて中列からも悲鳴が上がり始めた。その悲鳴と仲間たちが次々と倒れ伏していく光景に、行列の真ん中辺りから降魔師たちはそれぞれ前後に向かって後退し始めた。
土の壁に身を隠して降魔師たちの攻撃をやり過ごしながら最上兄は見るまでもなく確信した。
狭い階段の途中で前後を挟まれ、身動きの取れなくなった行列の脇腹を、抉るような攻勢で戦闘に参加した最上妹はまるで槍のようだった。
列の中程に強襲を仕掛け、最上兄と韋駄天に押し付けるようにして前後に降魔師を分断させることに成功した最上妹はそのまま列が修復しないように威嚇しながら前後の敵を交互に減らしていった。
と、そこで再び韋駄天が動いた。
三方向からの熾烈な攻撃に降魔師たちは残りの一方向、つまり森側にじりじりと移動していた。そこで小さな神様は降魔師たちが動き始めた残りの一方向にもう一つ、巨大な竜巻を巻き起こした。
誰かの絶叫が広がり、そこかしこから共鳴するように悲鳴が上がる。
押し込まれたせいでやむを得ず自分に近づいて紫電を放った降魔師の懐に入り込んで回避と同時に反撃して吹き飛ばした最上兄は上手く作戦が機能していることを喜んだ。しかしここまで上手くいくとどこか不気味でもある。そう意識した途端、誰かの手の平の上で踊らされているような怖気が足元から這い摺り上がってきた。
気のせいだと頭を振って嫌な想像を追い払った最上兄は集団から押し出されたように飛び出してきた男性降魔師の顔面に拳を叩き込んだ。
失神させる程度の手応えを感じ、大きくのけぞった人間から別の人間に標的を移そうとした。だが確かに気絶させたはずの男が何事もなかったかのように掴み掛かってきた。
頑丈だな、と反対の拳で顎を打ち抜き、右足で男の脇腹を蹴り飛ばして標的を変えようとした。
地面を転がった男がすくっと立ち上がり、猛然と走り込んでくる。
流石に気持ち悪さを覚えた最上兄は手加減無しで殴りつけた。両腕、両足の骨を砕き、叩きつけるように殴って男は地面に転がった。
正体不明の寒気を感じながら今度こそ気絶させたかと眉をひそめながら後退した。
だが。
「なんで立ち上がれるんだ……」
骨を砕いたにもかかわらずまるで効いていないような動きで三度立ち上がった男の姿に、最上兄は唖然と呟いた。
どういうことだと周りを見渡し、最上兄は愕然とした。今までに気絶させたはずの降魔師たちがゆっくりとこちらに向かって歩いているのだ。
しっかりと気絶させて地に伏すまでしっかり見届けてから標的を変えたはずだ。経この短時間で意識が戻るほど手加減はしていない。経験から言ってそれは確実だ。しかし現にこうして向かってきているのだ。それもまるでゾンビのように。これは明らかに異常だ。彼ら一体何が起きたのだろうか。
しかしいくら考えたところで原因がわからなければ答えが出ることはない。
今はとにかく倒すことだけ考えろ。
男が掴み掛かろうと伸ばす手をいなしながら最上兄は覚束ない足取りで向かってくる降魔師を強く睥睨した。




