お仕置き
羞恥に悶えるトーコを眺めながら、時々からかって楽しんだお稲荷様は未だぷるぷると震えるトーコの頭を撫でて謝り、それから大きく体を伸ばしながら立ち上がった。体の調子を確認するように柔軟を繰り返し、何度か飛び跳ねて全身の具合を確かめてから狐耳をぴんと立てながら改めて辺りをぐるりと見回した。
もう神社とはかなりの距離が開いているだろう。だからといって安心出来ないのが現状だ。ここから山頂を目指すには、またしばらく歩かなければならない。更に歩く距離と、二人の体力を考慮して計算すると、休憩なしで山頂に辿り着けるかは微妙なところだ。それでも進まなければ勝ち目はない。
「もう少し休憩する?」
今まで衛を背負って歩いていたトーコに気遣わしげにお稲荷様が聞くが、トーコはまだ赤みの残る顔を横に振った。
「あんまり長い時間休んでると体も冷えちゃうよ。だからいこ?」
名残惜しそうに衛に頭を一度撫でてから、トーコはお稲荷様に手伝ってもらいながら衛を背負った。
華奢な体格の女の子が少年とはいえ男を背負う光景は少々首を傾げるものがあるが、この場にはトーコとお稲荷様の女の子しかいないのでしょうがない。
「私もう平気だよ? 狼くんおんぶするの変わるよ?」
確かに見た目だけは平気そうだが、体の芯にダメージが残っている可能性が多いある。なにせ片腕を失っていたのだ。吸血鬼でもない限り早々に全快はしない。
「大丈夫。あ、でも、疲れたら変わってもらうからね」
うんしょ、と衛を背負い直してトーコは微笑んだ。
「絶対だからね?」
少しばかり困った表情を浮かべながらお稲荷様はトーコの隣に並んで歩き出した。
ちょっとだけつらいのでもバレちゃってるのかなぁ……。
トーコの優しさを感じたお稲荷様は緩く苦笑してワンピースの裾から飛び出た尻尾を左右に振った。
「おや? あ、カレンチャン。どこにいってたんだい?」
背後から音もなく近づいてきた妹を一瞥してから視線も前に戻し、最上兄はそう聞いた。
小さな声で一言、忘れ物、とだけ呟くと最上妹は丸太の上に腰を下ろした。
「うわっ、いつ戻ってきたんだよ」
気配なさすぎ、と怖々として最上妹を見上げた韋駄天は階段脇の堀から浮かんできた。どうやら点検をしていたようだ。見た目に似合わず、自分の仕事にはしっかりと責任を持つようだ。
ふわふわと堀を上がり、そのまま宙に浮いたまま胡坐をかいた韋駄天は階段の下を見た。
盛大な足音と共に左右に揺れながら黙々と前進する数十人の人間たちの姿に薄ら寒いものを感じて韋駄天は両腕を擦った。
「こんなんでビビるわけないっつーの」
粟立った肌を隠して強気に降魔師を睨みつけた彼は宙に浮いたまま仁王立ちでどっしりと構えるとびしっと眼下の人間たちに指を突きつけると小声で最上兄妹に言った。
「オレは離れたところから奇襲するからあとは頼んだぞ!」
それだけを言うをそそくさと後退して山の中に消えていった。
どことなく逃げ出したように見えるがもう追いかける時間もない。本当に奇襲を掛けるために木々に紛れたと無理矢理にでも信じるしかないだろう。
いやきっと大丈夫だろう。ここで踏ん張らなければ必死で逃げているであろうお稲荷様にも危険が及ぶ。
衛や最上兄妹、トーコのためには動かないだろうがお稲荷様のためなら韋駄天は何だってこなすだろう。彼がお稲荷様を助けようとした姿を見れば簡単に予想出来る。
「さて、ボクたちも頑張ろうかカレンチャン」
にっこりと笑顔を浮かべて隣に座っている最上妹に振り返る。
「あれ、カレンチャン? おーいカレンチャーン。どこいっちゃったんだよもう……。いくらボクでも一人は厳しいって……」
隣に座っていたはずの妹はいつの間にか姿を消していた。慌てて視線を左右に遣るが影すらも見当たらない。
気負いの一切ない笑顔を浮かべていた最上兄の顔が徐々に引きつっていく。
「冗談にならないって流石に……」
降魔師の集団はもう目前まで迫ってきている。夜の暗闇のおかげで人間たちがこちらを見えないだけでもうすぐそこまで接近している。
額から頬、そして顎へ、一筋の汗が伝い落ちた。
「こうなったら……」
色々な意味で吹っ切れた最上兄はおもむろに立ち上がった。座った状態で丸太をせき止めていた圧力がなくなったことで十本横倒しに設置された丸太が斜面に沿って転がっていく。背後から転がってくる丸太を高い跳躍で後退して避けると最上兄は指を鳴らした。
「ボク一人で終わらせて、カレンチャンにお仕置きかな」




