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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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十五夜

 秋の夜にもなると肌寒いはずだが、今までずっと歩き通りだった二人には涼しいといった風だった。

 衛が目覚めるまで逃げ回ることになった二人は、山の中腹ほどに位置する神社の裏側を真っ直ぐ進み、山を一直線に横断するつもりだったのだが、一切整備されていない森の急斜面を歩き続けるのは危険な上、体力的にも問題があった。そのため、山の中を熟知しているお稲荷様が先導しながら、比較的使われている山道を使用して山頂を目指すことになった。山のてっぺんに逃げてしまえば人間たちの体力では早々追いつかれることはなく、逃げ道も多く選べる、時間稼ぎにはもってこいの場所だ。

 衛を背負ったトーコが彼を背負い直すと、隣を歩いていたお稲荷様が足を止めた。

 傾斜の緩やかな地面から顔を出した木の根に足を掛けたまま額に汗を滲ませたトーコが振り返ると、お稲荷様は空を見上げていた。

「どうしたの?」

 じっと空を見るお稲荷様に首を傾げたトーコは、釣られて同じように空を見上げた。

「凄く静かだなぁって」

「そういえば確かに。全然気づかなかったよ」

「山で暮らすみんながいなくなっちゃったからね」

 そう言って辺りを見渡すお稲荷様の横顔は寂しいそうだった。

「みんな?」

「動物たちとか、昆虫たちとかだよ。全然声が聞こえないでしょ?」

 こんなにも長閑な秋の夜長だというのに、鈴虫の美しい声も聞こえない。それが少し物悲しいが状況が状況だ。だがお稲荷様には思い入れがあるのだろう。

「見て見て、ほら」

「え?」

「ほら、あそこ。今日、満月みたい」

 濃紺の空の一点を指差して、お稲荷様が言う。

 見れば確かに、まん丸と輝く見事な満月が静かに空を照らしていた。

 下界の騒乱を気にせず、今もうさぎたちが餅をついているのだろうか。暢気なものだと頬が緩んだ。そんな想像の傍らで、この瞬間まで周りに目を配る余裕の一切がなくなっていたことにトーコは気づいた。視野が狭くなると集中することが出来る。しかし周りの物が見えなくなるため非常に危険だ。このままトーコが衛とお稲荷様だけを視野に入れてたまま行動していたらそのうちに悲劇的な出来事が起きてしまっていただろう。それもトーコ一人だけではなく、衛もお稲荷様も巻き込んでいただろう。

 ほっと深く息を吐き出し、黄昏の表情を浮かべるお稲荷様の肩を叩いて笑顔を浮かべた。

「だいぶ離れたし、ここらへんで休憩にしよ? お団子はないけど月見も出来るしさ!」

 そう言ったトーコに驚いた顔を見せると、お稲荷様も表情を柔らかくして頷いた。

 山の中で、天体観測とでも洒落込もうではないか。

 根の張っていない土の上に衛を横たえ、手近なスペースに腰を降ろしたトーコは衛の頭を膝に乗せて、お稲荷様を見ながら自らの隣の空いた地面を叩いた。お稲荷様が苦笑を浮かべながらよっこらしょの掛け声で座ると満足げに笑い、空を見上げた。

 鳶色と赤色の瞳にまん丸の月が反射して映る。

 薄黄色の光を放ち、地上を淡く照らす月光はこの世の万物全てに等しく光を当てる。今にも消えてしまいそうな儚い光の美しさは何物にも変えられない情緒がある。

「あ! 満月が出てるってことは今日は十五夜なんだよね!」

「そういうことになるね。アタシもすっかり忘れてたな」

 月を見つめる瞳を眩しそうに細めて、トーコは無意識のうちに膝に乗せている衛の前髪を撫でた。

 優しく、慈しむような慈愛に満ちた表情で衛を見下ろし、しばらく彼の寝顔を見てから再び月を見上げる。衛の頭を撫でる手は止まることはなかった。

 それを見て、お稲荷様は顔を綻ばせた。

「狼くんのこと、好きなんだね」

「へ?」

 すっとんきょうな声を上げたトーコは驚愕を顔に浮かべてお稲荷様に振り向いた。

「なななな、なにを……」

「だってほら、手、止めてないでしょ?」

 そう言われ、トーコは自分の膝に目を落とした。確かに衛を撫でる手は止まっていなかった。変わらない速度でゆっくりと撫でている。そのことに気づいて、トーコは先ほどのお稲荷様の言葉をしっかりと思い出した。

「えぇ!? 嘘!? うわわわわ!」

 衛の髪を撫でていた腕を胸元まで引っ込め、両手を慌ただしく左右に振ってトーコは頭を抱えた。

「あれ? 気づいてなかったんだね? 吸ちゃんたちも気づいてたのに」

 くすくすと楽しそうに笑うお稲荷様に、トーコは耳まで真っ赤にして俯いた。しかしそうすると膝の上には衛の頭がある。自分でも気づかないうちに衛の顔と急接近したトーコはいよいよ耐えられなくなって両手で顔を覆った。

「可愛いなぁもう」

 恥ずかしさのあまりぷるぷると震えながら呻くトーコを心底微笑ましそうに眺めているお稲荷様の顔色はすっかり赤みが戻っていた。

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