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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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鉄仮面の裏


 木立の隙間を見渡して、最上兄は首を傾げた。

 いつの間にか妹の姿が見えなくなっていたのだ。何も告げずにふらりと姿を消すことが多々ある妹だが、彼女の強さは存じている。それでも兄としては心配だが、今は丸太落としの留め具代わりとして罠の一つとして組み込まれているのでろくに動くことが出来ないでいた。

 組み込まれているといっても、階段の縁に乗せられた一番最初に転がす予定の丸太に腰掛け、強靭な脚力で階段を踏みしめて後続の丸太が転がらないように固定しているだけだ。随分と無茶な行動に見えるが本人は至って涼しい顔をしている。

 そんな体勢の最上兄があっちこっちを見回していることを不審に思ったのか、韋駄天が空中に寝転がりながらふわふわ浮遊して近づいてきた。

「何してんだ?」

「ああ、カレンチャンが見当たらないんだ。テンクンはみなかったかい?」

「その呼び方は……まあいいや。あの鉄仮面女なら奥に行ったぞ」

「鉄仮面て……。確かに笑わない子だけどさ」

 韋駄天が気怠そうに階段の上、神社の方を指差した方向を見た。

 まぁ、大丈夫だよね。

 兄は妹を信頼している。

 とはいえ、やはり心配そうだった。

 いつの間にか姿を消した最上妹はというと、瓦礫の山になった社務所の脇を通り過ぎ、本殿近くの林に向かっていた。林といっても樹木が多く立ち並んでいるわけではなく、便宜上そう呼んでいるだけのようだ。

 目を覚ましたお稲荷様に軽く今までの経緯を聞いたが、俄かには信じ難い話だった。

 神社には似つかわしくない赤黒く変色した地面を彩ったは衛だというのだ。温厚な彼の性格を知っている兄妹は半信半疑ではあったが、お稲荷様の怪我を見れば納得出来るものだった。

 そして衛自身が生死の境をさ迷う羽目になった怪我も、お稲荷様とトーコを守った結果だという。それを聞いて兄は大きく頷いていたが自分にはよくわからなかった。

 衛に大怪我を負わせた男が、この林の中にいるらしい。最上妹はそれを殺すためにここに足を運んだのだ。

 木立の間をきょろきょろと見回してお稲荷様から聞いた特徴に合致する男を探していると、複雑に絡み合った根っこの上に黒い布きれが乗っかっているのを見つけ、それに近づいていくと脱力した人間の足が視界に入った。

 木の影に倒れこんでいて姿は良く見えない。ぐるりと回り込んで姿を確認すると、最上妹は更に近づいた。

 今にも弾けそうなほどぱつぱつな燕尾服を肥えた体で無理やり着込んだ似非紳士の太った男。トレードマークのシルクハットは遠くに落ちていた。

 男は口元を血で汚し、目を見開いたまま気を失っていた。

 お高いであろう燕尾服も土にまみれてしまって埃っぽくなってしまっている。今では似非とはいえ紳士だった面影は欠片もなくなっていた。

 靴先で男の肩を何度か蹴って揺らし、完全に意識がないことを確認すると最上妹は足を軽く振り上げた。

 狙うは顔の輪郭と大して差のない太い首だ。

 最上妹は躊躇いもせずに足を鋭く振り下ろした。

 鈍く不気味な骨折音がわずかに浸透し、残響も残さずに夜の空気に溶けて消えた。

 このために最上妹はここに来た。

 彼らの無事をより確実にするために、些細な障害も懸念も、微塵すらも消し去る。ひいてはそれが兄のためになるのだ。

 彼らのうち一人でも死んでしまうことは悲しい。そう思うことは、彼らに情を抱いている何よりの証拠だ。韋駄天はよくわからないが、ついでだと思えばいい。

 自分がいなくなったことを心配してくれたかな、と少しばかり期待しながら最上妹はその場を後にしようとして方向転換した。

 向かう先はぽつりと寂しく地面に落ちていたシルクハットだ。これがおの肥満男の持ち物だと思うと触りたくもないのだが、自らが手を掛けたのだ。これくらいはしてもいい。

 使い古した雑巾を拾うように、親指と人差し指で汚い物をつまむようにしてシルクハットを拾い上げると、最上妹は男に再び近付いた。

 首の骨が折れたことによって奇妙なほどに曲がった顔目掛けてシルクハットを落とした。しかし最上妹はそれ以上見るつもりはないようで、さっさと踵を返して兄の元に向かった。

 最初から興味がないといわんぱかりの態度だが、よっぽど物好きな物の怪以外はこんなものだ。

 他人には微塵の興味を抱かない。

 ということは衛たちはもう他人ではなくなったということだ。

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