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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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準備

 迂闊だった。もっといえば油断していた。

 だが仕方のないことだ。

 これほど大きな結界を作り上げ、いくら戦闘に向いていないとはいえ神ですら閉じ込めてしまう結界を張ることの出来る知識と実力を持つ降魔師がこの町にいるとは、一体誰が予想出来たというのだろうか。この町に暮らす物の怪の一人として思ってもみなかったはずだ。

 この結界を壊すには基点となる部分を破壊しなければならないのだが、衛を除いた五人は純血の物の怪だ。唯一結界から抜け出せるかもしれない衛は身動きの一つもしないまま目を覚まさないままだ。彼に関してはもはや出来ることはなく、ただ祈る他にないのだが、それでも彼が目を覚ましていればと思わずにはいられなかった。

 状況は最悪の一言に尽きるのだ。

 逃げ道がなく、負傷者が二人、そして両手の指では到底足りないほどに足音が迫ってきている。

 戦うにせよ山の中を逃げ回るにせよ、極めて危険かつ不利な状態になってしまっている。

 それを最上兄が説明すると、全員顔色を変え、表情を暗くした。

 万が一にもここを切り抜けられたとしても、十中八九全員が動けないほどの大怪我、あるいは誰かが命を落としているだろう。

 吸血鬼の再生能力も無限ではなく、神様も死なないわけではないのだ。

 最悪の想像が最上兄の頭を過ぎるが頭を振って追い出した。

 今はいかにして生き残るかを考えなければ確実にここが墓場になってしまう。

 せめて衛が目を覚ますまで逃げ続けられればいいのだ。

 しかし彼が目を覚ますかの保障はなく、目覚めることがあってもそれがいつになるのかまったくもって不明だ。

 逆に言えば衛が目覚めない限り、最上兄たちは延々と山の中を逃げ続けるしかないのだ。

 はっきりいって逃げられるはずがない。どんなに上手く姿を隠してもいずれは必ず見つかってしまうのだ。量で掛かられてしまえばなす術がなくなる。そのことは降魔師たちも折り込み済みだろう。だが量を減らしてしまえばどうなるか。

 町の外から降魔師が来ていないのならば切り抜けることは可能になる。

 元々小さい町で人口もそれほど多くなく、降魔師たちの数もそれに比例して少ないことが救いだ。仮にも大都市で同じ規模の場所に閉じ込められてしまえば目も当てられない結果になるだろう。

 しかしそこが唯一の狙い目になる。

 あまり時間がないため詳細を省いた大雑把な作戦しか立てられなかったが、有効な手立てを一つでも持てるだけましというものだ。

 まず、不調のお稲荷様と戦闘能力のないトーコが衛を背負って神社の反対側に向かって逃げ、戦闘能力と再生能力を持ち合わせている最上兄妹が降魔師たちに奇襲をかける。韋駄天は出来るだけ高い木に登って身を隠しながら風を操る力を利用しての陽動だ。竜巻でも起こせばそれだけでも足止めにはなる。

 最上兄妹がいかに降魔師たちの数を減らせるかがこの作戦の鍵だ。衛という一番の不安材料があるが、そればかりはどうしようもない。彼が目覚めなければ全滅は必至だ。

 言葉少なに作戦を話した最上妹はぐるりと全員の顔を見回した。大きさは違えどそれぞれが不安げな色の覗かせているが当たり前だろう。誰一人として失敗することが出来ないのだ。

 衛を避難させる二人は元より、降魔師の数を減らすことが出来なければいずれ追い詰められてしまうし、陽動が失敗してしまえば作戦は破綻してしまう。この場にいる誰一人として気の抜けない作戦だ。

 不安ではあるが、他に方法はないのだ。お互いがお互いに命を預け合い、持てる力を振り絞って全員が生き残る。五人の心に同じ目的が宿った。

 だれからともなく頷き合い、五人はそれぞれの役割を全うすべく散開した。


 本殿を迂回して神社の反対側へ向かって走るのは衛を背負ったトーコと服を着替えたお稲荷様だ。

 二人の役目は衛の目が覚めるまで彼と一緒に逃げることだ。とはいえお稲荷様はそれほど体力が戻っていない上、元通りの調子には程遠いためトーコが衛を背負っている。

 一切手の加えられていない不安定な足場の道なき道を進みながら、トーコは何度も振り返っていた。

 衛を連れて逃げるこちら側も危険ではあるが、やはり陽動、奇襲を担う三人の危険度の方が遥かに高い。彼らの強さも目の当たりにしているし、必ず帰ってくると信頼しているが、心配するなというほうが無理だろう。顔色の優れないお稲荷様も横目に背後を気にしている。

 二人は無言のまま進んでいくが、胸の内はまったく同じだった。

 力のない自分が恨めしく、彼らの力になれないことが酷く歯がゆい。

 適材適所の分担なので異論は一切ないのだが、悔しいのだ。

 だがらこそ、こそばゆい小さな息遣いと背中越しに感じる確かな鼓動を守るのだ。

 この命に代えて守る。彼がそうしてくれたように、今度は自分が命を賭ける番だ。

 気合を入れるように衛を背負い直してトーコは枯葉を踏み潰しながら草を掻き分けひたすら山を歩く。

 衛を背負って背を向けたトーコとお稲荷様の姿が闇の中に消えて見えなくなるまで最上兄妹と韋駄天は彼女たちを見送った。

 作戦の要である彼らは神社から少し会談を降りた先にある開けた場所を陣取った。

 この階段続きの地形を使って足止めを図ることにした。

 まず、階段、狭い道というこの場所の性質を利用して、最上兄妹ができる限り一対一の戦闘に集中出来るようにした。だが、降魔師たちが馬鹿正直に一列のまま突っ込んでくるはずがない。階段から外れても土が剥き出しの斜面の上に移動するだけなので一対一の状況を作ることは難しい。

 そこで韋駄天は山の斜面を風で削った。堀を作るように垂直に土を掘り、なるべく根を傷けないように木立の間を巧みを掘り返してその作業を山の半周まで続け、掘り返した土を壁代わりに堀の奥に集めて巨大な砦もどきを作った。いや、砦というよりも門といったほうが適切だろう。

 二メートル以上の高さでそびえる土壁に、一メートル強の深さの堀が階段外から山の半周まで続いている。唯一通れるであろう石畳の階段は最上兄妹が守衛として立ちふさがっている。

 準備万端だとはいえそうにないが、限られた時間の中で出来ることは全てしたつもりだ。

 三人の視界の先には、延々と続いているであろう人間の行列が蠢いていた。それを見て最上妹は兄に耳打ちをした。

「ん。なんだい? ふむふむ。ほうほう。それはいいね! おーい。テンクン。ちょっといいかな?」

 兄妹から少し離れたところで階下を見下ろしていた韋駄天が顔を顰めた。

「その呼び方やめろ! でなんだよ?」

 不機嫌そうにねめつける韋駄天にどこ吹く風で最上兄は傍らに生える一本の木を指差した。

 三人の中で一番背丈の高い最上兄を軽々と越える高さを持ち、兄妹が手を繋いで幹に抱きついても手が触れないほどの太さのまさに大木という言葉が相応しい木に最上兄は近づいた。

 太い幹を叩きながら韋駄天に言う。

「この木を切ることは出来ないかな?」

「出来なくもないけど、何するつもりだよ」

 怪訝そうな韋駄天に最上兄は胸を張る。

「カレンチャンがすごいことを思い付いたんだよ」

 説明不足な最上兄を軽く睨みつけてから韋駄天は渋々最上兄に浮遊しながら近づいた。

 ぺしぺしと最上兄が叩いている木を指差して彼を見ると笑顔で頷いた。

 この状況でふざけるはずもないかと韋駄天は風の刃を手元に作り、大きく振りかぶって木の根元を一発で切り裂き、切り倒した。

 斜面に沿って倒れる大木に潰されないように各々避難し、地響きと共に地面に転がった木を最上兄は再び指指した。

「これを堀の前において、人間たちが近くまできたら転がして落とすんだよ」

 合点がいった韋駄天は切り倒した巨木を丸太に加工していく。葉や枝はもちろん、出っ張りなども綺麗に取り払っていく。

 一通り完成したら風を操って木を持ち上げ、堀の前に横に倒して設置した。

 その丸太を最上兄が吸血鬼の怪力にも物言わせて押さえて転がらないようにしつつ、最上兄は言う。

「あと何本かあったほうがいいかな?」

「そう、だな。待ってろすぐに丸太にしてくる」

 こうして、原始的ではあるが地形的に効果的な仕掛けが着々と設置されていくのだった。

 途中、何もしない最上妹に突っ掛かった韋駄天が彼女の一睨みで黙らされたこともあったが迎撃準備はつつがなく進んでいった。

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