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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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糸目

 ぱきり、と乾いた枝を踏みつけた音を、最上兄は確かに聞いた。

 お稲荷様が目を覚ました後、妹や韋駄天と同じように彼女の具合を確認した兄はお稲荷様の身の回りの世話は妹たちに任せて見張りに戻った。何かあっては本調子には程遠いお稲荷様に大きな負担が掛かってしまうと判断したのだ。未だ意識を失った衛を除いた中で次点で聴覚が良いのは最上兄だ。本人もそれを自覚しているのか珍しく真剣だ。

 そしてその判断は正しかった。

 音の発信源は恐らく山の入り口付近だろう。山道をしばらく歩き、階段を登った先にある神社とはまだ距離があるが、離れるにせよ留まるにせよ早く知らせた方が無難だろう。踵を返した最上兄は何故が足を止めてしまった。

ぱきり、ぱきり、ぱきりと破裂したような音が連続して聞こえてくる。それは連続した音だ。中には重なるように破裂する音も混じっている。そう、決して一人ではできない、聞こえてこないはずだ。

 何らかの集団が、こちらに向かってきているのだ。

 階下を睨んで苦々しい表情を浮かべた最上兄は四人の元に走った。

 一刻も早くここから離れる提案を抱えて。

 そして、結論から言えば、彼ら四人はどこにも逃げられなかった。

 いや、その言い方にはわずかばかり語弊があるだろう。

 彼らはこの山に閉じ込められてしまったのだ。

 山の東西南北を基点にした結界を降魔師たちは張っていた。いくら小さいとはいえ山は山だ。この町に暮らす降魔師の約半数がこの結界の維持に携わっていた。

 道路の一部を閉鎖してまでの大規模な術の効果は最上兄妹やトーコといった物の怪を完全に閉じ込め、それどころか神であるお稲荷様と韋駄天をも押し込めることに成功していた。

 しかし問題がある。

 物の怪が多く住み着いているとはいえこの町は治外法権というわけではない。当たり前に何も知らない人間や警察組織もしっかりと存在しているのだ。ならば住人から警察への通報もあるはずだが、そういった動きは一切ない。何故なら結界を張ると同時に認識阻害の術を併用しているからだ。

 認識阻害の作用はこの町全体に及んでいる。その作用は比較的簡単なもので、この山の周辺に近づきたくなくなるというものだ。元からこの辺りに近づく人間はおらず、その上そんな作用もある。更に街灯がほとんどないこの土地は真っ暗闇だ。接近しないと降魔師が道を塞いでいようと見えはしない。そして接近することもないのだ。

 そう、万全なのだ。

 町のあちこちに物の怪は未だ存在しているが、とりわけ強い力を持つ物の怪たちは今まさに結界に閉じ込められているのだ。そしてその物の怪たちさえ殺してしまえば後は弱い物の怪だけだ。殲滅することは容易に可能になる。

 だからこその大掛かりな仕掛けであり、大人数なのだ。

 もう逃げ場はない。

 山を登る降魔師たちの列に紛れて、町の外部からやってきた糸目の男は忍び笑いを漏らした。

 周囲の降魔師と同じような狩衣を着て一見した限りでは計画者とはわからない偽装をしていた。この集団の先頭を別の降魔師に歩かせているのもその一つだ。

 男が漏らした笑い声に、近くの人間全員がびくりと震えた。緊張に顔を強張らせ、全身に汗を滲ませながら恐る恐る男の顔色を窺って、ほっと息をついた。

 たった一個人の挙動に異常なほど怯える人間たちだが、何も彼らが臆病だからというわけではない。恐れられるだけの経緯が、この糸目の男にはあるのだ。

 全世界、地球上からの物の怪の撲滅を目的に掲げ、全人類がそれを望んでいると信じ、そのためならばどんな陰惨たる手段をも厭わない超主観主義者。ほんの一滴でも物の怪の血が混じっていれば生まれたての赤子であろう容赦なく殺害する冷酷漢。そして、物の怪に一度でも手を差し伸べたただの人間ですら同族と弾圧する。

 それがこの糸目の男だ。

 その噂はこの町の降魔師の耳にも届いていた。だからこその恐怖。

 だが不可解なことにこの糸目の男の本名は誰一人として知らないのだ。噂になるほど有名でも、本名すら明らかになっていない。

 それ故まことしやかに囁かれているもう一つの噂がある。

 本名を知った人間は誰であろうと殺される。

 そんな非現実的な、しかし信憑性がなくもない噂を持つのが、この男だ。

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